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鉄骨の蛮勇  作者: 肉無し皮無し
1.破戒の少女
3/7

妖精騎士は動き、骸兵は決意する

本作に付き合って頂き、誠に有り難うございます。


最後には主人公のプロフィール(?)があります。


どうぞ。



 シュートベルク直上の地。

 至高神を祀る聖殿が鎮座し、その膝下に世界有数の発展都市ソルレンティア。

 数々の迷宮と繋がる入口が在ることから、迷宮都市とも異称を付けられる。

 太陽光をエネルギーに変換し、それを利用する事で人々に豊かな暮らしを約束している。

 太陽自体を神体として崇める地上の人類からすれば、これは神から授かった平等な愛。何人たりとも翳りを生まぬよう慈しんだ神の御心である。



 勇者や聖女などが活動の支点とする本部も擁し、最強の武力を誇ることでも有名。神の寵愛を一身に受けた彼らのみならず、強力な部隊などがいた。

 特に、魔王さえも危険視するのは聖殿に仕える武力集団である。その活動を国家から認められて(まつりごと)にも関与し、周囲からの羨望すら集める一枚岩の組織。

 至高神を崇拝し、勇者が出動できぬ不祥事にも民を安心させるほどの威力を持つ。


 人は彼らを――聖殿騎士団と呼ぶ。


 魔物が追放された地上で、次なる敵は人。

 各地で諍う者たちを鎮圧する為に、地方で幾つも自警団が発足された。聖殿騎士団もまた、そこに起源がある。

 それでも、組織してから僅か数月で自身らが拠点を置く辺境のみならず、周辺諸国の騒乱も平らげてしまった。

 圧倒的な実行力と遂行力、これらを見込まれてソルレンティアに迎え入れられる今に至る。


 もはや現在ソルレンティア防衛の要を任命され、怠ることなく巡回し、民の日々の安寧を守る。

 だが、その活動範囲はときに地上のみに留まらない。

 魔物の侵攻を未然に潰したいと、迷宮内部の探索活動の意も表明し、人々からの支持を得て国の許可の下に地下世界でも動く。実力は折り紙付きであり、対敵が魔物であろうと変わらなかった。

 今や人類最高戦力の一つとして名が挙げられる。



 そんな彼らは、聖殿の中に設けられた会議室にて幹部を列席させていた。

 錚々(そうそう)たる面子、現代に名を馳せる聖殿騎士団の中でも最高位たる聖騎士を始めとした高位な存在の集会。

 余人が直視すら憚る風格を纏う騎士たちは、厳かな空気を保って、円卓の中心を睨んでいた。勇者の訃報を耳にした後とあって、その面持ちは極めて深刻、各々の目は異色ながらも同じ感情を湛える。

 会議室に全員が揃ったのを確認すると、部屋の隅に控えていた侍女が手元の書類を全員の前に配布した。

 受け取った者から紙面を直ぐ確認する。


 一人が書類を円卓の上に放り捨てた。

 この面子の中でも、一際異彩を放つ存在である。

 夕空の日を連想させる宍色の長髪を軽く結って左肩に流した青年だった。翡翠の瞳は伶俐な輝きを宿しており、美しい造形の顔立ちと相俟って誰をも本能的に跪かせてしまう神聖さを帯びる。

 純白の詰襟の服に身を包み、卓上で組んだ手に顎を乗せて微笑む。


「勇者を斃したスケルトン、ね」


 その一言に、一同が理解不能と唸った。


 勇者殺害を実行したのは三体の魔物。

 中でも強力とされるのは、全身の骨から武器を生成し、幾度勇者と相見えても互角の戦いを演じた黒い襤褸外套のスケルトン。

 下級魔物でありながら、卓越した戦闘術で敵を確実に殺傷する。

 出現から約数年が経過しており、その異質な存在感はソルレンティア中枢のみならず末端の部隊にまで隠然と知れ渡っている。


 魔物の危険度は、八つの位階(レート)で示されるが――このスケルトン、種族のみから判断すれば最下位として設定される。

 しかし、個体の有する戦闘能力の高さなどを鑑みるに、最上位の一つ手前たる『災厄級』に名を列ねる。

 これは魔王の分身とも称される『四天王』などと同じであり、明らかに不相応であった。それでも、部下たちの眼前で勇者は殺められたのだ。否応なく認めざるを得ぬ不動の事実。


 仲間と(おぼ)しき二体もまた下級魔物でありながら強大。

 勇者殺害を為したのがそれら。

 そうなると、魔王軍の中にはあれらが最下位であり、勇者ですら末端の部下には敵わぬという噂が流れ、怖気を震って誰も迷宮に踏み入れられなくなってしまう。

 事実は、恐らくこのスケルトンが異常なのだ。

 所属は魔王軍で相違無いが、暗部を担う特殊な部隊。だからこそ、何度も勇者達の前に飄然と姿を見せるのだ。


 蔓延した恐怖心を払拭する為にも、早急にこのスケルトンを討伐する他に無い。


 聖殿騎士の一人が書類を卓上に叩きつけた。

 続けざまに短剣を突き立て、忌々しげに紙面を睨め下ろす。

 荒々しいその様子に、会議室の空気がさらに緊張した。膚の表面を電気が這ったように、ぴりぴりとした感覚が奔る。


「魔王の眷族か不明。個体名を有するか否かは兎も角、冒険者の界隈では【死神】、と」


 命を狩るその風采――正しく死神。

 痛んだ黒衣と、首を刎ねる凶刃と髑髏……どれもがその異名の正鵠を射ている。

 対峙した者に必ず死を与え、無惨に葬り去った。無類の戦士でさえも、彼には敵わなかったのである。

 スケルトンにしては不遜、しかし実績が相応と自他共に認めさせた。


「恐らく眷族じゃない。そうならば、勇者様がその能力で既に暴いている」


 宍色の麗人が興味深げに目を眇めて言った。

 対敵した魔物が魔王より名を授かった眷族ならば、勇者はその能力で名を暴くことが可能。幾度も遭遇を経ても、彼から支部への報告書には全くその内容が記載されていない。

 つまり、“名無し”――本当の雑兵なのだ。


「なら、僕らで命名してしまおう。そして、僕らの手で確実に殺すんだ」


「御意のままに」


 (うけが)った騎士の声に頷く。

 麗人は艶かしい動きで紙面を指で撫でながら、その場の全員を本能的に揺さぶる凄惨な微笑を浮かべる。

 その声音は、表情とは一致せぬほど恍惚の色を含んでいた。


「『ヴァニタス』。――僕らが狩るまで、勇者殺しという偉業に縋るといい」


 それは北西の辺境にて、“空虚”、“虚栄”を示す言葉。

 ヴァニタスと名付けられた魔物(スケルトン)を、聖殿騎士団の幹部達は目標に定めた。人々を脅かす存在に対しては獰猛無比な兵器となる彼らの敵意が束ねられる。

 それは死の宣告と同意義であった。


 ヴァニタスに対する本格的な対策を練らんと、全員が詮議を始めようとして。


 その時、会議室の扉が叩かれた。

 麗人が一声で促すと、慌てた様子で一兵が室内に転がり込む。


「どうしたんだい?」


「はっ!つい先刻、『破戒の少女』処分の命を受けていた部隊からの報告です!」


「へえ……何だい?」


「部隊の九割が壊滅、生存者は僅か二名です!その内の片方は意識不明の重傷で……」


 簡潔に伝えられたその内容に、会議室が(ざわ)めいた。

 現在、百名余を投じて過剰とも思えるほど慎重に行っている任務があった。それ自体を把握していた会議室の幹部達は、ほぼ全滅に近い犠牲者の数に動揺を禁じ得ない。

 数任せといえど、聖殿騎士団は末端でさえも堅固な組織力を有する。簡単な妨害や襲撃では崩れない筈なのだ。


「誰にやられたんだい?」


「唯一事情聴取が可能な兵を相手に行ったところ、まだ混乱している所為で要領を得られず。ただ……」


「ただ?」


 やや焦らすような物言いに麗人がその柳眉を顰める。

 兵士は面を上げて、自信が無さそうに告げた。


「【死神】が、出現した……と」


 会議室の空間に亀裂が走ったように、全員の顔色が一変する。

 これまでは(ばく)として認知するだけだった対象の危険性を、いよいよ強く身近に感じて騎士団幹部は険相になった。

 下っ端(したっぱ)と雖も、百以上もの聖殿騎士を屠る事件などなかった。


 円卓に頬杖を突いていた一人が席を蹴って立ち上がる。

 磨かれた金糸で編まれたかの如く美しい艶を纏った長い銀髪の女性。頭髪と同色の装備の胸元には、聖殿騎士団の証とされる首飾りがあり、交差点に太陽の模様をあしらった十字架だった。

 甲冑を着込んだ外観も、しかしその浮世離れした美貌を蔑ろにせず、その雰囲気は騎士然とした厳格さを絶妙に混在させていた。

 何よりも、人目惹くのは鋭角を作る長い耳。

 希少な妖精種(エルフ)の特徴である。

 妖精の騎士は無造作に椅子に立て掛けていた鞘ぐるみの剣の柄を手にすると、報告を聞いていた麗人の背中へと視線を向ける。

 それを察知した彼も振り返った。


「ヴァニタスの案件、私の隊で調査を担当する」


「いいのかい?」


「構わん。都合良く担当区域が該当するからな」


「【死神】を侮るべからず」


「わかっている。私の方で手を打つとなると、この円卓も無用だ。早速取り掛かる事にする」


 会議室を颯爽と去っていく彼女を見送り、麗人は肩を竦める。

 開始早々、僅かな時間で三々五々解散していくことになった。





 はてさて。


 ヴァニタスと名付けられたと知らぬスケルトンは、殺戮の限りを尽くし、迷宮の通廊を水路が如く足元を血で浸すほどの惨たらしい景色に変えた。

 最後の一人の胸面から骨の刃を引き抜き、血を払って横へ蹴り退ける。仕留めたと遠目に確認したゴブリンは、戦闘中に彼から受け取った子供を抱えながら近くに寄った。

 血染めの黒外套は、いつになく凶々しい。

 味方ですら畏怖を隠せず、盲目のゴブリンは視覚以外から感じる気配から同じ感覚を得ていた。

 ゴブリンの方へと体を巡らせ、彼はその場に膝を突く。疲労ではなく、足元の死体を検めていた。

 胸元にある首飾りを見咎めて手に取り、掌の上で矯めつ眇めつし、再び死体の懐中へと戻す。


「聖殿騎士団の連中だ。地上の都防衛も担ってる奴等だ」


「慈愛の権化だとか神の使徒と言われる連中が、人間のガキを追い立てるたぁ随分と険難。凶兆も凶兆、いけ好かねぇ……」


 ゴブリンは腕の中の少女を見遣る。

 戦闘中に止血を済ませた――唯一、腰帯に括り付けた雑嚢(サブバック)の中にある清潔な包帯などで処置したので、傷口からの感染や出血以外の後遺症の心配はない。

 後衛とあって、その手際は素早く正確。

 スケルトンは礼を言って彼女を受け取ろうとするが、ゴブリンは血に濡れた黒衣で包むのはよくないと避けた。


「んで、どうすんでぃ。人間の娘なんざ救うなんつう酔狂の後始末」


「……この娘は地上で追われていたんだ。親も居ないとなれば、地上都市では何処へ行こうとも後ろ指を指される」


「忽ち騎士団が嗅ぎ付けて再処分、てな訳か。人間様は質悪ぃな」


 スケルトンは暫し黙考した。

 地上に居場所がないからといって、地下には天敵なる魔物が跳梁跋扈する総本山がある。魔王の膝下に憎き人間を連れ込むのは、どう考えても(まず)いことだ。

 しかし、今や庇護する者もいなければ、人魔の双方から疎まれる始末。


 ゴブリンは彼の返答を待った。

 表情は見えない、そもそも顔はわからない。

 けれど、気配からその返答などとうに先読みできた。


「私が育てよう、せめて独りでも生き抜ける力を身に付けるまでは」


「自分が何言ってんか了知してんのかぃ。俺が密告すりゃ、お前ぇも訪ね(モン)だぁ」


「それでも」


 ゴブリンは嘆息した後、先に迷宮下層に向けて歩き出した。

 肩越しに顔を向けて、スケルトンを見る。


「コイツぁ女だ。種族が違うたぁいえど、闇妖精の方が判ることも多いだろぃ」


「お前……」


「説き伏せる。悪ぃが俺ぁ武器獲りと任務以外の無駄な殺生は後免。武力もねぇガキを殺すなんざぁ気乗りしねぇ」


 遠ざかるゴブリンの後ろ姿に謝意の黙礼をして、スケルトンは後を追った。







・魔物の調査報告書


 留意すべき基準点。


 危険度


1.天災級

2.災厄級

3.災害級

4.特悪級

5.大悪級

6.中悪級

7.小悪級

8.無害級


 ステータス表情


HP=生命力(ヒットポイント)

MP=魔操力(マジックポイント)

AP=攻撃力(アサルトポイント)

GP=防御力(ガードポイント)

SP=敏捷性(スピードポイント)

SA=特殊能力(ユニークアビリティ)


*ステータス横の()内は、SAを加算した上での最低値。


 単位


 長さ=w(ウィール)

  例.cw=センチウィール、kw(キロウィール)

 重さ=g(グラム)

  例.mg(ミリグラム)kg(キログラム)



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 個体名:ヴァニタス(本部)/死神


 種族:骸兵(スケルトン)

 危険:災厄級

 階層:20~7、2層

 眷族:無名

 体長:179cw/体重:?kg


  勇者殺し、迷宮探索妨害、地上潜入疑惑。


 ステータス


  HP:4022

  MP:540

  AP:2425(6940)

  GP:202(804)

  SP:3152(8024)


 特徴

  外見……黒の襤褸外套。

  戦術……骨を自在に操る、高度な近接戦闘技術。



  

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