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鉄骨の蛮勇  作者: 肉無し皮無し
1.破戒の少女
2/7

骨身に沁みる同情

次々回にて、ヒロインの容姿について細かく語ります。




 その出会いは唐突だった。



 先日の一件があり、シュートベルクの喧騒は益々大きくなっていた。

 人類の最高戦力と称えられる『勇者』を魔王軍が撃破した噂は、音よりも早く伝播する。

 地下世界の暮らしに不満を抱かぬ者は少なく、太陽の光を感じぬ不如意に堪える魔物は相応に血気盛んだった。

 魔王の統制で幾分かの平和を維持しているが、路地裏の治安は最悪であり、凶悪な与太者がうろつく界隈も各所に点在している。


 街路灯の照明のみを恃みにした街衢(がいく)の明るさは、()()が見える程に設定されていた。

 人工的な光といえど、陽射しに餓えた魔物の気分を和らげる機能を備える。

 光も差し込まぬ本当の暗黒に住む者は、それこそ魔王軍ですら処遇を考え(あぐ)ねる凶暴性に変化してしまう。

 地上から追いやられた憎悪の他に、自らの理性が失われてしまうという恐怖もまた、人類の防備を破って太陽を目指す彼らの根幹である。


 そんな彼らの胸中に、日の光に似た明るい希望の兆しを与える一報。

 騒々しい巷の中に紛れて、スケルトンは自分達を報じた新聞紙の一面を見て嘆息した。

 やはり、秘密諜報機関の一隊とあって《火鼠》の名が記載される事はない。手柄はいつだって表立つ正規の魔王軍ばかり。

 影で生きる者にのみ知れ渡るだけで、世間の表が把握する事はない。

 逆に危険視されるだけで、余計に敵の注目を受けてしまう。仕事に励むほど、自らの身辺を憂いてしまう日々。


 正規魔王軍の隊員は、殆どが魔王から名を与えられ、眷族(けんぞく)となった者たち。記事に乗せるなら、栄誉ある固有名を主から賜った彼等の方が利得があるだろう。

 名も無き有象無象に過ぎぬ《火鼠》にはあり得ぬ話だった。


 しかし、それを不幸には思わない。

 スケルトンは迷宮で白骨化した兵士の亡骸から生まれた。

 化け物として狩られるだけと右往左往していたところを魔王本人に保護されたのだ。

 紆余曲折とした、如何にも特殊な経緯を辿って彼に鍛えられ、魔界最強のスケルトンの自負を得るほどに成長した。

 その大恩に報いるため、一つの骨片になるまで、いつか踏み荒らされる戦塵の一部となるまで魔王に尽くす所存である。

 名も無き魔物に勇者が敗れた――ともなれば、魔王軍は雑兵の類いに勇者すら凌ぐ実力者を擁するという風聞が流れるだろう。

 その方が牽制となるし、好都合である。


「これで人間様も少しは落ち着くか」


 スケルトンは新聞を道端に捨てて歩く。

 そう、別段不満はない……はずだった。

 幾ら功績を挙げても、報酬金が回るだけで魔王から誉められた事はない。

王と一兵の関係とはいえど、自分を育成した師も同然の存在に自身の労を自慢できない現状に複雑な想いがあった。

 いや、特別目をかけて貰っていたのは自覚しているから、師弟よりも深い関係だった。どういう関係か……。


 それを言語化することができず、吐き出せぬまま蓄積した感情が骨髄に渦巻いて苦悶を催す。





 スケルトンは都市南東に建つ昇降機に乗り込んだ。

 これは第三層までを除き、迷宮全階層へと通じ、ここから地上へ向けて魔物は進軍する。居住区で鋭気を養った後、再び人間との格闘を求めて獣が放たれるのだ。

 その一人として揺れる昇降機に搭乗し、屈強な魔物たちの影に黒い襤褸外套の姿で隠れ潜む。


 今回は任務ではなく、日課の『訓練』として出動する。

 スケルトン自身は、駆け出しの冒険者でも討伐可能な下級の魔物。その種族に類する己を鍛え上げ続けることが、勇者殺しほどの実力を備える必須条件である。

 怠れば次の仕事で死ぬかもしれない。

 修練を欠かずとも返り討ちに遭うことはままあるが、無いよりはマシである。


「今日は……第三層まで上がるか」


 昇降機で移動可能な最前線の第四層に到着する。ここまで深く踏み込んで来る者は少なく、既に中にはスケルトンともう一体のみ。

 矮躯の所為で隠れていたが、そこには《火鼠》の僚友ゴブリンがいた。新調したとは言い難い色褪せた眼帯、粗末な矢を贅沢に蓄えた矢筒を背負い、弓を手に欠伸をする。

 スケルトンが気配を消していたので、彼も後になって気付いたときは驚いた。


「何でぇ。お前も居たんかい」


「何処まで行くんだ?」


「三だな」


「好都合だな。ならば同行しよう」


 二人で第四層の階層を歩く。

 地上に近い最前線とあって、そこに望むだけの意気と実力を有する魔物が跋扈し、また屠られたばかりの新しい死骸などが散乱する。

 死臭の絶えぬ迷宮では、最も血腥い領域。

 スケルトンが索敵を行いながら先導し、その第三層までの足取りは倦まず弛まず進む。


 難なく第三層の中心部まで到達し、二人は漸う足を止めた。ここならば、ある程度は地上に名を馳せる実力者が散策気分で往来する。

 丁度良い訓練の相手を拾うには格好の場所であった。

 鍛える目的で階層を上がるスケルトンとは違い、ゴブリンの場合は敵を強襲して武具を奪う。上等な弓矢ならば己で使用し、その他は商店に売り付ける。

 底意は違えど、道の(とも)とするには頼もしい仲間だった。


「じゃあ、お前さんが殺った死体(ブツ)も検分させて貰うかねぇ」


「人使いが上手いな、お前は」


 ゴブリンが同行の意を改めて示し、二体は第二層への傾斜路付近を彷徨いた。遭遇した人間は抹殺し、牽制と鍛練を両立させる。

 強力な魔導師を複数束ねた部隊に苦慮した場合は、ゴブリンの桁違いな弓の一射が確実に一人を滅ぼして隙を作った。


 なぜ盲目のゴブリンが、こうも正確に敵を狙撃するに能う力を持つのか。

 それは、彼の耳である。

 人間では聴き取れない音すら拾う可聴域の持ち主であり、脳内で数字に変換して識別する。その数もまた夥しいほどに認識可能であり、下級魔物ゴブリンの中でも異質に秀でた彼の能力の基部。

 音の種類や高低などから相手の体格・位置・行動……その他諸々を把握するのだ。

 これこそ、彼が精鋭部隊《火鼠》の一員たる所以。

 仲間への誤射など断じて無く、狙えば確実な命中が望める。

 魔界一の射手として、スケルトンは安心して背中を任せられた。


 遭遇戦を繰り返して半時近く経過した。

 普段なら魔物も人もまだ活気づいている頃だが生命反応が少ない。

 この異常を機敏に察知した二体は、再び第三層を巡りながら戻って来た傾斜路の前で立ち止まる。


「なぁ、やけに静かだな」


「先日の勇者殺しが効いてるんじゃないのか?」


「いやさ、人間(奴ら)の性分は単純でぇ。殺られたら獣になって雪崩れ込むのが連中よ。勇者が集める人望ってのぁ、周りから合理性っつーモンを失わせちまう」


「つまり、(みな)が復讐で躍起になる筈と」


「それが、どうでぃ?この静けさ、焦臭(きなくせ)ぇな」


 先日の勇者殺しを成した部隊の二名が面を揃えて、周囲に視線を奔らせる。

 些細な環境の異常も、己の生死に関与する。

 戦闘の手練(てだれ)たる彼らだからこそ、油断なく原因を調べんとした。

 迂闊に出ればそれこそ冥府直行だが、魔王軍諜報部の一隊《火鼠》としては看過の能わぬ案件。


 ゴブリンは屈み込むと、両手を耳に添える。

 スケルトンはその挙動を察して、音を立てぬように努めた。彼が耳を澄ませて調査している間、余計な雑音を省く為である。

 少し経ってから姿勢を正し、ゴブリンは傾斜路の上を指差した。


「異様に騒がしいでぃ」


「仔細な様子までは判るか?」


「……何かを追ってる感じだねぃ。(えれ)ぇ数の甲冑が駆け回ってらぁ」


「魔物か?」


「あー……第二層に、追い立てる程の強ぇヤツは居なかった筈だがよ」


 スケルトンは傾斜路の先に蟠る闇を見据えた。

 騒々しい追走、標的は不明だが、仮に貴重な戦力または地上の情報を入手した魔物ならば重要である。

 ゴブリンは頭の後ろで堅く結んだ眼帯を、もう一度強く縛り直した。矢を一本手にし、弓を肩に引っ掛けてスケルトンの黒衣の裾を叩く。


「行くか」


「了解、たぶん先導しなくても連中の居場所は判らぁ」


 外套の裾を捌いて、スケルトンは傾斜路を駆け上がる。ゴブリンもまた、臨戦態勢を整えながら追従した。

 ここより上層となれば、如何にこの二体とて危うい階層である。原因を究明し、必要ならば追跡される標的の救出、或いは見殺しにして即離脱。

 どちらにしても、なかなか危険な行動だった。


 第二層に着くと、確かに道々に絶え間なく甲冑の音が反響していた。

 どうやら、警戒網で(にじ)り寄ってまで標的を追い詰めているらしい。下級魔物ならば、彼等がそんな作戦を講じるわけがない。

 ますます標的の重要性が垣間見える。

 駆け抜けた二体は、ふと灯籠を手にした兵隊が壁際に団塊を作る現場を発見した。

 ちょうど右折した先、右手に伸びていく通廊の突き当たりで、こちらに正面を向けるようにし、何やら口々に罵詈雑言を吐き散らしている。

 遂に標的を壁際に追い詰めたのだろうか。

 少し手遅れだったと悔いるスケルトンは、そこへ眼光()を凝らした。


 壁際に小さな影が踞っている。

 強力な魔物には見えない、やはり地上関連の情報を所有する故に追われた個体か。


 そう推測していたスケルトンは、その正体が何であるかをよく調べようとして。


 ――頭蓋(あたま)の中が真っ白になった。


「悪魔の末裔が、死に晒せ!」


「地上の汚点も、遂にこれまでだな」


「皆がお前の死を望んでいる。神がそう告げているのだ!!」


 兵隊が謗る矛先には、子供がいた。

 壁際に踞り、肩に矢の突き立った姿が佇む。


 ゴブリンは耳を澄ませ、内容から概ねの事情を察した。

 追跡対象は人間の子供。

 震えて漏らす小さな声や布擦れ音から判る体格からして――まだ幼い女児だ。

 地上の情報云々ではなく、恐らく血に由来する事情で排斥され、遂には殺処分を受けている最中なのだ。

 こちらが期待した物を持つ可能性が消えた。


 スケルトンの背後で、ゴブリンは踵を返す。同族でも追い立てて殺す人間の浅ましさ、そして醜さを嘲りながら帰途に着こうとする。

 しかし、角から様子を窺うスケルトンが未だに動かなかった。訝って見上げると、凝然とそちらに注目している。


「どうしたんでぃ」


「……あの人間の子は、なぜ追われている?」


「知らねぇ。ま、あんくらいのガキが罪犯せる筈も無ぇから、十中八九親の罪を引責したって所か。その親もとうに御陀仏した後だろうやぃ」


「親……親、か」


 その単語を反芻する。

 ゴブリンが腕を摑んで揺すっても気に留めぬほど沈思に耽っていた。


 スケルトンは、ずっと骨髄を疼かせる不快感の正体をようやく理解した。

 魔王に名も無き一兵として忠義を尽くしながら、この功績に主からの称賛も無いことへの隠しきれない感情。


 そうだ――自分は、魔王に誉めて貰いたかったのだ。

 師弟としてではなく、父子の様な関係に憧れていた。即ち、親子なのだと思いたかった、憧れていた。


 そんな親からの救いはなく、淡々とした報酬金のみ。無機質な硬貨の艶が、心の不安を掻き立てる。

 あれは親に目を向けて貰えぬ子の不満から派生した感情なのだ。


 スケルトンはそれを理解して、再び子供を見る。

 恐らく、あの少女の親は死んでいる。

 もう助けてくれる親もいない。

 同族にすら追い詰められる孤独。





 スケルトンは角から躍り出た。

 ゴブリンが瞠目し、慌てて裾を引っ張って止めようとするも、道の奥手にて罵声を響かせる集団へと風の如く疾駆する彼を捕らえられない。

 手が虚空を摑み、道の先へと黒い影が滑って行く。

 子供に面罵を浴びせていた一兵が、唐突な鮮紅の散華。驚く取り巻き達も、次々と血を噴いて頽れる。


 事の異常を知って後退した兵士たちの前で、壁に凭れていた弱々しい女児を抱える黒衣が悠然と直立している。

 外套の頭巾が落ちて、悍ましき眼光を放つ頭蓋骨が露になった。

 狼狽える兵隊と、意識を失って腕の中に眠る子供、そして堂々と参上した彼――それらを見て長嘆の息を吐いたゴブリンは、弓矢を構える。


「やれやれ、酒一杯で手ぇ打つしかねぇかぃ」


 鏃を兵士に定めて、援護の体勢に入った。


「こいつ……まさか、勇者殺しの骸兵(スケルトン)か」


 襤褸(らんる)も同然の外套に身を包み、一瞬にして複数名を殺傷したスケルトンに、その場の一同が戦慄する。

 袖で包んだ子供を抱えながら、片手の腕から湾曲した白刃を突き出す魔物の姿に、じりじりと後ろに体が引き下がる。それは無意識であり、スケルトンが微かに顎を動かした挙動だけで一人の肩が驚怖で跳ねた。


 スケルトンは子供を強く抱き寄せる。

 まだ温かい、しかし矢傷の出血もある。早く止血の処置を施さねばならない。


 子供を一瞥した後、刃を軽く一振りした。


「安心しろ、お前は一人じゃない」


 スケルトンの影が迷宮の通廊を疾走し、同時にそこに存在していた数多の命が散った。






読んで頂き、誠に有り難うございます。


次回も宜しくお願い致します。

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