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鉄骨の蛮勇  作者: 肉無し皮無し
1.破戒の少女
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勇者殺し

ほのぼの、目指します。


文章はほのぼの(長い)としていないので、休憩を挟みながら読んで頂ければ幸いです。

下級魔物たちが異常にカッコいいです。


どうぞ。



 約二千年前。


 四人の大英雄によって、地上に安寧がもたらされた。

 すべての魔物は地下最深層へと追いやられ、地下と繋がる古代の遺跡――迷宮(ダンジョン)を通じ、未だ地上への帰還を望んで衝突する。

 無論、彼等を迎撃する為に神々は『勇者』、『聖女』……などの特殊な加護を有する者を産み、それらを筆頭に強力な冒険者を名乗る戦士が魔物と鎬を削った。

 未だに互いを滅ぼすまでには至らぬ均衡が、二千年後たる現代まで続く。

 変わらぬ平穏はあるが、各地では反旗を翻した魔物が迷宮外まで侵攻の手を伸ばすこともあって油断はならない。故に冒険者という猛者が名を挙げる最盛期の時代だった。


 その中で、数ある迷宮でも最も強力とされる個体――魔王が潜伏する場所には、主に先述の勇者などが派遣され、その撃破を目指して日々迷宮探索が行われた。

 冒険者を束ね、自身もまた凄まじい戦闘力と潜在能力を秘める特殊な存在は、確かに魔王の所在を突き止めつつある。


 しかし、強力無比とされる彼らだが、思わぬ敵に魔王討伐の行く手を阻まれていた。

 魔王が自身の力を分け与えた直属の部下たる『魔界四天王』と呼ばれる存在でもなければ、魔王本人でさえない。

 それは、魔王が擁する組織の中でも、斥候として放たれる少数部隊の魔物であった。

 各々が秀でた能力を持ち、それらを絶妙な組織力(チームワーク)で遺憾なく(ふる)う。

 組織の中でも評価されるその精鋭たちによって、勇者たちは妨害を受けていた。




  *******






 迷宮第十二層――。



 天井を支える列柱が林立する広間で、黄金の鎧を纏う戦士が立っていた。中段に構えられた剣もまた、柄元から剣身の半ばまで意匠のある逸品である。

 空間の中心に佇み、全域まで重たい威圧感を満遍なく届かせる風格は、並々ならぬ実力者だからこそのものだった。

 金色の目と髪、作りの整った顔で広間を睨む。

 彼こそが地上では『勇者』と呼び称えられる存在である。

 今も、魔王が潜伏する迷宮の中層まで進撃していた。広間の入口には、彼の勇姿を遠目に見守る冒険者たちがいる。


「出てこい。――正々堂々、勝負しろ!」


 勇者の一声が放たれる。

 列柱の表面を一陣の風が奔ったかのように空気へと強い音圧が伝播し、空間一帯を強く震動させた。並の魔物であろうと冒険者であろうと、その気迫には竦み上がって動けなくなる。

 勇者の威圧によって支配された場所に姿を見せる者などいない。


 そう思われていた処へ、黒い影が躍り出る。


 裾の擦り切れている痛んだ外套(ローブ)を身にし、付属した頭巾の下から髑髏(しゃれこうべ)の顔が覗く。皮膚も無く、皮もない――正真正銘の白骨。

 眼窩の奥から発する奇妙な微光こそ、その魔物の瞳。

 文字通りの眼光を勇者へと差し向け、柱の影から歩み出たのはスケルトンと呼ばれる下級の魔物だった。

 しかし、その個体から発せられる気配は、明らかにそれに似つかわしくない重圧を相手に感じさせる。


 勇者の眼差しが冷たさを帯びる。

 このスケルトンと対峙するのは、これで幾度目か。


「出たな、名も無き骸兵。今度こそ討ち果たす!」


 勇者が地面を蹴って飛び出した。

 気合いを込めた踏み込みからの跳躍は、その挙動だけで周囲に吹き荒れる暴風を伴う。豪快且つ巻き込んだ魔を確実に滅する者の一足だった。

 一瞬で間隙を殺し、携えた黄金の剣を横薙ぎに振るう。光が閃くような剣速は、比類無き剣の技量を持つ彼だからこそ為し得るのである。


 正面から放たれる必殺の一閃。

 そのスケルトンは、それを更に凌駕する速度で下へと滑り込み、頭上を薙ぎ払う剣の輝きを掻い潜って詰め寄った。

 捌かれた外套の袂から、白く骨ばった――否、骨の手腕が突き出される。

 筋肉もない腕力での拳打など、神に選ばれた勇者に僅かな痛痒すら与えれないだろう。寧ろ、衝撃で骨が崩壊するほどである。

 そんな無意味な攻撃を実行し、腕は勇者へと向かう。


 しかし、後は自ら砕け散るだけの運命を予想された腕の尺骨の中程から鎌の様に湾曲した刃が形成された。外側に弧を描き、切っ先は手よりも更に長く先へと伸びる。

 外套の袂から突然武器が射出したかの様に見紛うその形状変化で敵対者へと襲い掛かった。

 相手の意表を衝く奇襲、これに既知であった勇者は武器を振り抜いた姿勢から、無理やり上体を横へ煽って凶刃を(かわ)す。髪の一房を、骨から生成された白刃の光が切断する。


 両者は弾かれるように軽く後ろへと飛び退(すさ)ってから、再び前方の相手へと迫撃を開始した。

 繰り返される凶悪な剣戟、スケルトンが受け太刀せぬ故に空振りと網膜を焼く剣の照り返しの応酬である。どちらも外套の裾や鎧を掠めるばかりで、有効な一撃を命中させられない。

 入口に控える後衛の部隊は、勇者を相手に互角の戦いを演じる異様なスケルトンの立回りに引き込まれていた。

 下級の魔物が魔王すら討ち(たお)す力を神から授かった勇者に拮抗するという怪異が続く。


 それでも、さすがは魔を討つことに特化した勇者。

 互いに一瞬の間に連撃を叩き込む刃の交わし合いにて、無いはずの隙を作り、黒の襤褸外套を蹴り付けた。スケルトンは体勢を崩し、床を跳ねながら後方へと転がる。

 いま決着の刻と、勇者は床面を滑走しながら大上段に掲げた剣をスケルトンめがけて振り下ろす。

 転倒した直後を狙った一撃、今度こそ必中不可避。

 その確信を持った勇者の剣撃が実行された。


 しかし、その寸前で剣を持つ右腕を三本の矢が撃ち抜く。

 鎧の隙間を的確に衝いて、上腕の骨、関節、手首を鈍色の鏃が貫通していた。

 驚いた勇者が足を止め、腕を確認した次の瞬間、矢が閃光を放って爆発する。至近で炸裂した熱と爆風に、後ろへと仰け反って倒れた。床を強打した鎧の金属音に、後衛たちが驚いて広間へと駆け込む。

 ところが、今度はその進路を阻むように、次々と矢が足下に突き立った。整然とそれらが一文字に並び、後衛を制止する無言の忠告を放つ。


 勇者は苦痛に呻き、視線を投げ遣った先に右肩から失われた腕の肉片が飛び散った様を見て歯噛みする。

 鎧もろとも爆破した矢の攻撃は、矢自体に時限式の魔法が付加されていた。高位の魔導師でなければ不可能な芸当であり、また勇者の鎧の隙間を射抜くなど高度な技巧が求められる。

 一体誰が――?

 勇者はスケルトンとは別に現れた複数の気配を感知する。


 そちらを見ると、一枚の布で目隠しをした全身薄緑色の皮膚をした小人がいた。布は顔の前面に合わせ、二重の円の模様をあしらった物であり、露出した顔貌は人に似気ない醜悪な様相である。

 諸肌脱ぎにした袷一着に、袈裟懸けに矢筒を紐で背負った緑の小人は――これもまた下級の魔物であるゴブリン。


 更に、その脇から姿を見せたのも下級の魔物。

 また茶色に褪せた襤褸の法衣を身にし、(ひし)げた樫の杖を手にしている。顔は飛び出た眼球と、豊かな顎髭のように伸びる八本の触手を持つ蛸魔(オクトニオン)


 勇者は我知らず震え上がった。

 もしや、あの正確な矢はゴブリンが……矢に付加した高度な魔法はオクトニオンが……。

 幾度も剣戟を演じたスケルトンと違い、初見だった両名の魔物に慄然とする。勇者という神の兵士を倒せる可能性など一切ない筈である弱小種が、皆の前で甚大な深傷を負わせた。

 勇者を見詰める後衛も、戦々恐々として思わず後退る。


 慄然と固まる一同の前にて、緩慢な動作で立ち上がったスケルトンが勇者の首に右腕の凶刃を突き付ける。


「――任務完了」


 広間に絶命の紅い華が咲く。

 ()ねられた勇者の首が無造作に転がった。金色の髪が床に広がり、それを上塗りするように(くび)の断面から血溜まりが形成される。

 勇者を仕留めたスケルトンは、右腕の刃を元に戻し、黒衣の裾を翻して撤退した。広間から更に地下へと続く傾斜路の闇へと飛び込んで消える。

 目隠しのゴブリンと法衣のオクトニオンも続いて暗中へ気配を(くら)ませた。


 広間には静寂と、始終戦いに参加できず無力感に打たれる後衛たち、そして勇者の無惨な最期が取り残された。




 傾斜路を駆け降りていたスケルトンは、後続する二名を顧みる。淡々と自分の後を追う顔には、全く興奮の色などが見受けられない。

 スケルトンは足を止めると二人の前に立ち塞がった。

 それこそ顔色なんて見えない骸骨の彼は、腕を組んで無い胸を張り昂然とする。


「ちょっと君ら、クール過ぎるぞ」


 スケルトンの言葉に、二人は顔を見合わせる。

 どちらも表情が読み難いが、一瞬呆れの色を滲ませた。彼の言葉の真意に気付いた上での反応だった。

 目敏く見咎めたスケルトンが地団駄を踏む。


「勇者、討ち獲ったんだぞ?もう少し無いのか、手応えとか……よっしゃー!とか」


「心臓()ぇヤツが胸躍らせてどうすんでぇ」


 ゴブリンの冷たい声にスケルトンが固まる。

 法衣のオクトニオンが肩を竦めると、悄然とその場に膝を抱えて蹲った。骨が黒衣に匿れた所為(せい)で、闇の中に溶け込んでしまう。

 無い胸を貫かれた想いのスケルトンは打ち拉がれていたが、やがて顔を上げて戦闘をゆらゆらと歩き始めた。

 そんな情けない仲間の姿に、ゴブリンとオクトニオンは何度目かの嘆息を吐く。


 彼等が傾斜路を経て、何度も階層を降りながら深層へと向かうと、途中で柱に凭れる白髪の少女が三人を見咎めて駆け寄って来た。

 黒褐色の肌に、鋭角を作る長い耳は闇妖精(ダークエルフ)の彼女特有のもの。薄布の装束に身を包んだ風体で闇の中を動く。

 走れば揺れる薄着の下の豊満な肢体に、しかし骨しかないスケルトン、盲目のゴブリン、そもそも人型に興味のないオクトニオンは、全く興奮の色を示さない。

 つり目がちな目元を柔かくし、その美容に笑みの花を咲かせた彼女は、スケルトンの胴に飛び付いた。


「やったわよ!勇者、勇者斃したのよ!凄くない、私達!?」


「だよな、だよな!そう思うよな!?」


 開口一番に歓声の彼女に、同志の存在を認めたスケルトンが同調して再び興奮の熱を上げる。

 目前でハイタッチをしたり、踊ったりする二人の騒がしい様子に、共感できず首を横に振って外野の二名は横を通過した。

 無言で過ぎ去るゴブリンたちに小首を傾げたダークエルフも、その後を追った。

 取り残されたスケルトンは、彼等の後ろ姿を見ながら、ふと尺骨に着いた血に気付く。

 それを裾で拭って、再び深層への道を歩む。


 彼等に互いを呼ぶ固有名はない。

 幸か不幸か、同種族がいないからこそ仲間の中では種族名で呼称する。

 だから、勇者殺しの勲を挙げようとも、その名が知れ渡ることはない。

 何を興奮しているのか、結局何もいつもと変わらない。

 漸く高揚の熱が冷めて、スケルトンは静かに口を(つぐ)んだ。


 迷宮最下層の更に奥には、地下都市が広がっている。

 そこには魔物達の居住区があり、また人類とは違った特有の繁栄を見せた。

 地上から逐われた魔物は、それぞれの迷宮の最下層の最奥に都市を築き、地中に隧道(トンネル)を掘って通した鉄道を利用し、別の場所と繋がることで孤立化を防いでいる。


 いつしか、細々とした鉄道で繋がって創られた地下世界を《魔界(まかい)》と呼ぶようになった。


 その中でも最大の都市面積を誇るシュートベルク。

 魔王が直々に支配する都市である。

 そして、ここへの侵攻を防ぐべく最前線で戦い、今しがた勇者を屠ったのがスケルトン、ゴブリン、ダークエルフ、オクトニオンで構成された彼等――《火鼠(かと)》である。

 魔王の組織した諜報機関の実行部隊であり、少数精鋭で群を抜くと評価される四名。

 これまでも、これからも王に忠義を誓い、無欲に王の手先として、ただ戦い続ける誇り高き戦士たち。


 その中の、少しばかり歪なスケルトン。


 そんな彼の運命が動き出す。


 この時、自分が相反する人と魔の世を覆す鍵を手にするとは――まだ知らなかった。




ここまでお付き合い頂き、本当に有り難うございます。


次回ヒロイン登場です。

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