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からかいすぎた俺が悪いのか。
こちらを睨みつける女に対して舌打ちするのを心の内に留めるのには、ひどく苦労した。
睨む瞳は小動物のようだが、その強さは愛玩されるものではなく野生のそれだ。
壁についた腕の下、目に広がる金色と桃色のほか、爽やかな薄い青にもその気の強さがよく現れている。
「ドレスくらいは受け取ってくれてもいいだろうに」
「お断りします。いただく謂れはありませんから。受け取ったその日にお持ち帰りいただいたはずですが、ご存知ありませんでしたか?」
知らん。
恐らくは直前まで説得してくれようとゼンが手を回したのだろう。
が、無駄だったらしい。
贈った桃色のドレスを手に立ち尽くす副官のなんとも言えぬ表情を思い出し、とうとう口からため息が漏れた。
「ダンスも断りやがるし……」
「疲れた、と申し上げました。スペードのキング。私以外にも女性はいますよ。ほら、あそこの赤いドレスの方も。ちらちらとこちらを窺って、きっとあなたが戻るのを待ってるんです」
ほら、行った行った。とでも言いたげな動きの細い手が憎ったらしい。
「待ったところで無駄だ。こっちにはお前以外と踊る気ねえんだよ」
「……エルザさんとは踊るくせに」
「今日はエルザとも踊らねえよ。もう女避けにならないからな」
「私を代わりにしないでください!」
憤然と叫ぶ女に以前までの俺なら『なんだ、ヤキモチか?』とからかえたものも、最近では怪しく思えてきた。
これだけ拒絶されれば、さすがに駆け引きをしてるわけではなく、本当に俺に興味がないのだと思い知らされる。
「……俺の何がそんなに気に食わないんだ」
言ってはなんだが、これでも女にはモテてきたほうだ。それもまた長年忌々しく思ってきたというのに、惚れた女にはそれが適用されないのだから世の中はままならない。
「…………」
無言で目を逸らされる。
理由はないのか、言う気がないのか。
どことなく後者だと思われた。
※
ノックを二回。一拍置いてから、返事も待たずに扉は開かれる。
「ルーファス。あなた、またララをからかったわね」
声を聞く前から入ってきた者が誰かはわかっていたものの、話の内容は予想外だ。顔を上げると呆れた表情を向けられていた。
「なんだよ、突然」
「こっちのセリフよ。何をしたらあの子をあんなに怒らせられるのか教えて欲しいくらいだわ。毛を逆立てる猫みたいになってたわよ。可愛かったけど」
「へぇ。それは可愛いだろうなぁ。呼び出してみるか」
やめなさい。と窘められた。
しかし実のところ怒らせた原因は分かっている。
ほんの数分前、廊下を歩いていると女の高いはしゃぎ声が聞こえてきた。普段ならうんざりするものだが、その時のものは違う。どこか浮き足立つ思いで顔を出せば、階段の陰で談笑している侍女に混じった桃色を見つけて口角がにやりと上がるのを感じた。
「それでね、エルザさんがね」
どうやら話題は彼女の大好きな俺の親友らしい。またどうせなにかやらかしたのだろう。
しかしそれも楽しげに話す女を見ていると嬉しいやら羨ましいやら複雑な心境になる。
「えらく楽しげだな」
思わず声をかければ侍女達の悲鳴にも近い歓声が上がる。それらに目を向けず、一点に振り返る金色の瞳を見つめればうんざりした表情が向けられて可笑しくなった。
「私も混ざれる話かな」
声に笑いが滲み、目元が和らぐのを感じる。蔑む目を向けられて喜ぶような性癖を持ってはいないのだが。
「……キングにお聞かせ出来る話ではありませんので。失礼します」
すぐさま逃げようとする手を取るも、侍女達の前だからか振り払われはしない。払えば俺が恥をかくと分かっているのだろう。……可哀想に。その優しさに付け込まれて。
「お前は今日も可愛らしいな、ララ」
顔を酷く歪ませる女に、喉の奥から笑いが込み上がる。
可愛いと言ってくる相手をまるで蛆虫のように見るのだから面白くて仕方ない。
残念なことに無言で手は外され、ララは丁寧に頭を下げた後に背中に燃え盛る炎を背負って去っていってしまったが。
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