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よろしくお願いします。
うららかな昼下がり。
目の前のカップからは柔らかな湯気がふわりふわりと漂う。
持ち上げて一口含めばお気に入りの紅茶の香りが広がって、頰が緩んだ。
「大変でしたねぇ」
可愛らしい女性の声に内心びくりと震えるが、表情には出さないように笑顔を浮かべる。上手く誤魔化せたと思う。
「そうねぇ」
「エルザさんが熱を出して寝込んで」
誤魔化せてなかった。
「ご、ごめんなさい……」
素直に謝るが吉だ。
ここは和やかなお茶会を装った、お説教の場なのだから。
白の国から帰った後すぐに、私はひどい熱を出して倒れた。……らしい。
目を覚ましたのは、なんとお茶会から三日後だった。
「……もうすっかりよくなられたようですし、これ以上は言いませんけど。我慢したから悪化したってお医者さんが言ってたの、知ってますからね」
紅茶のカップ越しに睨まれて、神妙に頭を下げた。
「ご心配をおかけしました。次からはちゃんと言」
「次はないようにしてください!」
怒鳴られて亀のように首が縮こまる。しかし「もう!」と怒るララはなんとも可愛らしい。
「ええ。次はないように気を付けるわ。約束はできないけど」
以前のベッドでの言葉と同じ言葉を返す。
むぅと眉を寄せて睨まれるが、ララはため息を紅茶で飲み込んだようだった。
「白の国の湖に行く時の水着を私に選ばせてくれるなら許します。ううん、一から作らせてください! 費用はエルザさん持ちで」
話題を変えてくれたことに感謝して、楽しそうにはしゃぐララに笑顔を返す。
「いいわよ。あなたのも私が贈るわ」
水着のデザインなんて思いつかないけど、そこは優秀なデザイナーさんに任せよう。
私に着せる水着に想いを馳せるララをじっと見つめる。
さて、どうしたものかな。
「……そういえば、ここに残る理由に私に聞きたいとこがあるって言っていなかった?」
熱から回復してからの数日、私達はなんとも腹の探り合いのような状態になっていた。といっても深刻な探り合いではなく、例えるならあの人がどの程度の──なのか。くらいなものだ。
この界隈は広義だからね。
「言いました、けど……」
もごもごと口篭るララに笑顔を返す。
なんでも聞いていいのよ。私も聞きたいことが山ほどある。
うーんと唸るララの言葉を素直に待つ。
こっくりこっくりと紅茶を二度ほど口に含んだ時、ララが私の目を見て小さく笑いを漏らした。
「じゃあ、聞いてもいいですか?」
「ええ。なぁに?」
「……私はダイヤのキング単推しなんですけど、エルザさんはやっぱりショーン? スペードの箱推しではないですよね?」
「もちろんショーンよ。決まってるでしょ。でもノエルも白の女王も大好き! ああ、もちろんどのキャラのルートも楽しんだけどね。そもそも年下が好きなのよ」
「年齢的にみんな年下になりませんか?」
「……いつのまにかそうなっただけで、大人キャラは年上の扱いでいいの。いつの間にかみんな年下になってただけなの。いつの間にかね」
「言い張るなぁ。まぁショタコンならルーファス達は無しですよね」
「私はショタコンじゃない。年下キャラ好きなの。ここ大事なんだから間違えないで!」
「それほんっとーに、説得力ないですからね……」
「どういう意味よ」
睨みつければ呆れた瞳と視線がぶつかり、同時に吹き出した。
「もう……心配して損したわ。どんな子が来るかってずっと恐々としてたのに」
「こっちのセリフですよ! プロローグでルーファスもアレクシスも出てこなくて、必死にフェリクスから逃げたんですからね」
「ああ、そうよね。捕まったらゲームどころじゃないものね。……あれ、私のせいだと思うわ」
「でしょうね。あのルーファスが女の人にベッタリで驚きました」
「ただの女避けにされてるだけだけどね」
二人でクスリと笑いを漏らす。
どの程度か、なんて心配することではなかったな。
この三ヶ月でララがどんな子なのか、よく分かっているのだから。
「改めて、よろしくね」
「こちらこそ。お世話になります」
頭を下げ合うとまた笑いが溢れた。
ここが乙女ゲームの世界だと分かってからプロローグが始まるまではヒロインが転生者なら敵対するんじゃないかとずっと不安だったけど、同時に仲の良い友達になれたらとも思っていた。
あの願いが叶うなんて、夢みたいだ。
そうだ。
「ララはいつ私が転生者だって気付いたの?」
気になっていたことを尋ねるとララは口元を引きつらせた。
「えーっと……」
「……言いにくいことなの?」
ララと違ってモブの私が転生者だなんて、普通に気付くものではないと思う。
思い当たるとすれば、白の女王陛下への行動……なんだけど。
「エルザさんが白の女王の手を払ってくれた時に『あれ?』とは思ったんですよ。でもそれから処刑だとか不穏な話が続いて、それに関しては頭からすっぽり抜け落ちてて……」
「ああ、私が怪我をしたこともあるしね」
オーウェンに心配かけたこともそうだけど、ララに泣かれたことは未だに思い出しては胸が苦しくなる。
この国で生きてきたオーウェンにすら、あれだけ心配をかけてしまったのだから、剣も魔法もない世界から来たララにとって、どれほど恐ろしいことだったか。
おまけに解決したと思って帰れば、私が倒れたのだから。
「ご、ごめんね……?」
「もういいですって。元気になったんだから。それよりも気付いた理由、ですよね……」
ララはぶつぶつと「言っていいのかな」や「エルザさんが傷付くかも」と気になることを呟いている。
そこまで言うなら教えてほしい。
「えっと、ですね」
ララは視線を彷徨わせ、決して目を合わせずに口を開いた。
「私も、白の女王の『僕呼びイベント』は、結構好き、です、よ」
「そうでしょ! そうよね! あのストーリーはなんだか警戒心丸出しの子ウサギに懐かれたような達成感があるのよね! …………ん?」
あれ。
私、いつララと白の女王の『僕呼びイベント』について話した……っけ……?
記憶を辿り、サァァと顔から血の気が引いた。
「まっまさか……っ!!」
「あ、はい。エルザさん、全部声に出てましたよ。好感度爆上げとか、成長した白の女王エンディングがどうとか。それで気付きました」
「ルーファスやゼン、ノエルも……オーウェンもいたのに!?」
「部屋にいた全員、しっかりと聞いてました」
「隠し通してきたのに!!」
まさかこの歳になってオタバレするなんて!
それでオーウェンが急に『愛してる』だの言ってきたのか……不安にさせちゃったのね。オーウェンへの愛と二次元は別物なのに……。
ああっリセットボタンがないことが悔やまれる……っ!
「隠し……てきたんですか……? だってルーファスさん達が」
「ルーファス達がどうしたの!?」
食いつくとララがのけぞったまま口を開いた。
「お、俺達がガキの頃からも時々あったなぁって」
「な、なん……と、ときどき!?」
「ゼンさんも、大人になってからは随分と落ち着きましたけどねぇって」
「バ、バレてたってこと!?」
「むしろ隠してたんですね……その方が驚きなんだけど」
「そりゃあ隠すわよ! ルーファスもゼンもノエルも百点満点の美少年だったのよ……バレて逃げられたらもったいない!」
「この人にしてあの人あり、なのかなぁ……」
どうしよう! 年下を愛でる趣味がバレたなんて、もう四人と顔も合わせられない!!
「逃げ……っいや、ダメよ。話し合いよ。私の二次元への愛が邪なものじゃなく純粋なものであると分かってもらえばいいんだわ! ちょっと、オーウェンのところに行ってくるわね!!」
気合十分に一歩を踏み出し、鈴を頼りに走り抜けた。
※
「待っていて、オーウェン! 私は三次元の少年に手を出したりしないわー!!」
凛々しい背中とは裏腹な台詞を叫びながら、綺麗な空色を靡かせた美人なお姉さんは、一直線に目的地へと向かっていった。
いいのかなぁ。横を侍女さん達がすれ違っていたけど。
振り返る彼女達を物ともせずにエルザさんは豪華な装飾の両扉をノックもせずに開け放った。
「オーウェン!!」
この部屋にいたのは書類片手に話すオーウェンさんと、座って頬杖をつくルーファスさん、壁の本棚から本を取り出すゼンさんだ。
三者三様の綺麗な色の瞳が、どこか諦めたようにこちらを見つめている。
「……ここは私の私室ではありませんので、せめてノックはしてください……」
「ごめんなさい! でも緊急なのよ!」
「っ何かありましたか!?」
緊急の言葉に六つの瞳が無駄に真剣味を帯びる。ダメだ、笑っちゃう。
「あのね、オーウェン。私が好きなのはあなただけなのよ! 信じて!!」
「………………ありがとうございます。お帰りはあちらですよ」
一瞬で目の色が消えたオーウェンさんは扉を手で指す。
「ああっその言い方は信じてないわね!? 本当に、本当に大好きなのよ! あなたは厳しいしよく怒るけど、私をいつも支えてくれたわ。不安なときに安心する言葉をかけてくれたのもとても嬉しかったのよ」
「そっ、お、俺も……じゃなくて、わかりましたから場所を考えてくれませんか! ……その、へ、部屋で聞きますから……!」
部屋でなら聞くんだ。
エルザさんの剣幕に、オーウェンさんはタジタジになっている。
「……どうしたんだ、あれは」
そっと近付いて来たルーファスさんが面白がるように聞いてきた。
「先日の白の女王陛下への暴走が声に出てたってバラしてしまって」
「ああ……それで……」
口元を手で押さえていても震える肩は隠し切れてない。
「愛してるのはあなただけなのよ!」
「わかったから! 後で聞くから!! ……なんなんだ、一体! 急にどうしたんですか!?」
「白の国でのことを聞いたらしいぞー」
顔を真っ赤にして叫ぶオーウェンさんへ、ルーファスさんの野次が飛ぶ。
その瞬間にオーウェンさんの顔はいつもの落ち着きを取り戻し……いや、表情を無くした。
「ああ、あれですか。年下がお好きなんですよね」
「違うの! いや確かに好きなんだけど……じゃなくて私が大好きなのは」
「幼い男の子?」
「もう! 違うったら!!」
すっかりからかいモードになったオーウェンさんにエルザさんは言い募り、胸板をペシペシと叩いている。そんなエルザさんを見つめるオーウェンさんの目の柔らかさを見れば、エルザさんの心配なんてただの杞憂だとすぐにわかるのに。
「あれはもう、どこにいるのか忘れてるな」
「二人の世界って感じですね」
未だ必死な様子のエルザさんは、見た目だけなら凛々しく綺麗で完璧なお姉様だ。
なのに、なぁ。
「ふふっ」
「どうした?」
思わず笑ってしまう。
「いえ……エルザさんは可愛いなぁって」
一度思ってしまうと止まらず、口を塞ぐ指の隙間から笑いが漏れる。
「あー……そう、だな。可愛いわ、ほんと」
じっと見つめて言われ、一瞬で笑いが止まる。本当にこの男ときたら……。
「……どこ見て言ってるんですか」
「俺は俺の可愛いと思うものを見てるだけだ」
「うるさい」
「ったく、どうしたら落ちるんだろうなぁ」
「そういうことを言わなければ一考の余地ありだったのに、もう手遅れです。お断りします」
「へぇ。考えてはくれるのか。良いこと聞いた」
「断ってるんですけど!!」
ニヤけた顔を睨んだところで、効きやしない。
エルザさんの鋭い視線ならきっと違うんだろうな。
「エルザさんに、しつこい男がいるって言いつけますからね」
「いいな、それ。外堀から埋めてくか」
「エルザさんは私の味方してくれるに決まってます!」
「甘いな。あいつのことだ。俺とお前がくっついたらいいのになぁくらい考えてるぞ」
思わず言葉に詰まる。
ゲーム好きのエルザさんならメインヒーローとヒロインが恋人になるのは確かに喜ぶ、かも。
私が顔を歪めれば歪めるほど、目の前の人の赤い瞳は楽しげに光る。
「絶対にあなたはあり得ませんから!」
捨て台詞と共に、私は憤然と部屋を後にした。
やっと私の推しが攻略対象になる2のストーリーが幕を開けるというのに。
あの男にかまけている暇なんてないのだ。
「絶対絶対、あの男だけは、ない!」
エルザさんを回収し忘れたことに気付くまで、悪態は尽きることがなかった。
長らく書いてきましたが、ようやく一区切りつけることができました。
お付き合いくださった皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
一応ここで一章完結としまして、次回からは二章をのんびり更新していこうと思います。
二章はこちらに残ったあの人と、あの人が気になる人のお話です。
ちょっとした事件も起きます。
こちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。




