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よろしくお願いします。

 室内にいる全員の視線を集めた大きな扉が左右に開かれる。


 入ってきたのは予想通りの小さな姿だった。

 血の双眸がこちらにチラリと視線を向けたので、頭を下げる。


 試合の最後の方はあまり記憶に残っていないが、確認した限りでは大きな怪我は負わせていないようで安堵した。

 小さな姿の後ろからひょろ長い男が進み出て、ベッドの前に立った。


「スペードの10のお加減はいかがでございましょうか」


 深い隈の視線の先にいたのはルーファスだ。


「出血量に対して傷は大したことはない。が、親善試合とはいえ、私の10がこれほどまで叩きのめされるとは、さすがは白の女王陛下だと話していたところだ」


 親善試合だと言ったのは向こうだから、ルーファスは乗ることにしたらしい。しっかりと嫌味も付け加えている。しかし、私が手を払ったのは事実な上に、あくまで試合での怪我だから、こちらを被害者にするのは難しいでしょうね。


 二言三言の掛け合いで今回の件を有耶無耶にしようとしてくれているらしい二人の横から、小さな姿がこちらに歩み寄る。

 動きに気付いたフェリクスが慌てて静止の声をかけるも一瞬遅かった。


「余が斬った傷を見せよ」


 些か勢いのない高い声が、私に向けられた。


 左手は私が女王陛下の剣を掴んだ時に出来た傷だから、と左の太ももを露わにして見せる。


 こちらも何度か強く踏ん張ったせいか傷が広がっていて、今も包帯に血が滲んでしまっていた。


「痛いか」


 ちらりと傷を確認してすぐに視線を逸らした女王陛下に問われる。


「全く、とは申しませんが、私も剣を扱いますから、このくらいは慣れております。陛下も痛むところなどはございませんか」

「ない」


 不機嫌そうな返事だが、どこか気まずいのを誤魔化しているようにも見える。

 すっと手を差し出されて首を傾げる。

 白く小さな手だ。剣と魔法を操り、私に大怪我を負わせたとは思えないほどに。


「ぼ……余も、痛くはない」


 今、『ぼ……』って言った? 言ったわよね?

 湧き上がった内心の興奮を必死に抑える。

 まさかまさか、あり得ないわ。落ち着いて。この子は私の命を握っているのよ。


 しかしその心配は無用だった。


「だから、処刑は許してやっても、いい」


 頰をリンゴのように赤くしてボソリと言われた言葉に、室内が安堵の空気に包まれる。

 どうなることかと思ったけど、もしかしたら私が血だらけで倒れたことが、この幼い少年には堪えたのかもしれない。


 気まずいながらもこちらに視線を送る白の女王陛下の目には気遣う色があった。

 剣で斬られれば血が出る。という当たり前のことを、この子は知らなかったのかも。


 フェリクスの目は柔らかく弧を描いて女王陛下を見つめていた。我儘な主に振り回されていた彼も、その成長を喜んでいるのかもしれない。

 ふと視線がぶつかり、目礼された。

 白の女王陛下の成長は私も嬉しいから笑顔を返す。


 怪我はしたけど、なんとか丸く収まりそうだとほっと息を吐き……。


「それじゃあララは連れて行くぞ。こっちに部屋を用意させておるのだ!」

「お待ちください」


 思わず頭を抱えそうになった。

 いや、抱えた。でもそれも仕方ないことだと思う。

 問題が何も解決していないのだから。


「まだ何かあるのか?」


 こっくりと首を傾げる白の女王陛下に向き合おうとした時、後ろから体を引かれた。


 倒れるかと思いきや、しっかりと抱きとめられる。

 嗅ぎ慣れた匂いと背中に触れる暖かさに、そういえば押し倒した恋人がまだ後ろにいたのだと思い出す。

 進み出たルーファスの目が一瞬こちらに向かい、『余計なことは言うなよ』と語っているように見えた。


「女王陛下」


 ルーファスは膝をつき、女王陛下に目線を合わせた。


「ララは、陛下がこちらにお連れになった者です。ならば、貴方が元の世界に帰してやらなければなりません。王とて無理の通らぬことも多くあるのです。まして人の人生を他人が勝手に決めてしまうなど、たとえ白の女王陛下であっても許されることではありませんよ」


 出来る限り優しい声を出そうとしているのはわかる。しかし年嵩のキングの言葉でも、我儘に育てられた白の女王陛下には納得がいかないらしい。「でも……」と零した。


「好きだと思ったのだ。好きなら一緒に暮らすものではないのか?」

「それならば尚のこと、帰してやらねばなりませんよ。好きな相手の願いを叶えることは、自らにとってこの上ない喜びともなります」


 いつも簡単に折れるフェリクスを相手にしている女王陛下には、ルーファスを言い負かすことが難しいらしい。

 それでもララをこちらに留めるために、必死に頭を巡らせているのが顔色でわかる。

 チラチラとフェリクスに視線を送って助けを求めているが、骨張った顔は無情にも横に振られた。


「す、好きな相手とは一緒にいたいものだ。貴方は好きな人がいないからわからないんだ」


 女王陛下は食い下がる。

 ノーマルエンドでは白の女王陛下の執着はなく、なんの障害もなしに帰ることが出来ていたが、この状況まで来てしまっては女王陛下を納得させるのは難しいかも……。


 しかしルーファスは、平然と言葉を返した。


「好いた相手はおります。だからこそ、こうして陛下にお願い申し上げているのではありませんか」

ありがとうございました。

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