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よろしくお願いします。
『何やってんだ、お前は!』と、いつもの調子で怒鳴られることを覚悟していたのに、ルーファスは難しい顔をして黙り込んでしまった。
腕を組み眉間にしわを寄せる仕草は何かを考えているのだろうが、ルーファスのその様子にはゼンやノエルも話しかけられないようだった。
白の女王陛下は、『予が勝てば、お前は今ここで処刑してやる!』と宣言した。
今ここで、ということは、いつもフェリクスがしているように逃がしてもらうことが出来ない。
文字通りここで、白の女王陛下の目の前で首を刎ねられてしまうだろう。
ゲームのバッドエンドにも処刑エンドがあったし、間違いなくそうなる。
しかしそれよりもっと悪いことがある。
私が白の女王陛下に勝った場合だ。
剣を持っての試合で勝つということは、怪我ひとつなくなどと甘いことは出来ない。
腕をひねるなり転ばせるなりして剣を手から離して負けを認めさせることは出来るだろうが、安全圏に戻ればきっとあの小さな暴君は私を許さない。
それをルーファスが庇えば、この問題は国同士の争いにまで発展してしまう。
ルーファスは今、どうすればこの問題を穏便に済ませることが出来るか、そしてどうすれば私を助けられるかを考えている。この人はきっと、一番簡単で被害が少なく済む方法が頭に浮かんでいながら、気付かぬふりをしているのだ。今ここにいる全ての人が考えた、一番簡単で被害が少なく済む方法を。
……私が大人しく負ける。そんなこと、私以外の口から言わせるわけには。
「あんた、馬鹿なこと考えてるだろ」
呆れた口調で言われて顔を上げると、同じく呆れに笑いを滲ませたエメラルドの瞳と真っ直ぐに目があった。
「まさか本当に白の女王陛下と喧嘩するとは思わなかったよ。仕事でもそのくらい有言実行でいてもらいたかったな」
「え、あ……ご、ごめん、なさい……?」
人のいる前でこんな話し方をされたのは初めてで狼狽する。それでも、目の色の優しさに体から力がゆっくりと抜けていった。
「約束通り一緒に謝りに行くから、とにかくとっとと勝ってこい。……どうしても許してもらえそうになければ一緒に逃げようか。後のことは全てキングに押し付けてしまおう」
「おいっ」
慌てたルーファスが突っ込むが、オーウェンは笑顔で交わしてしまった。
「そうだ、いっそ海を越えるのはどうだ? あんたとなら、他の大陸に渡るのも楽しそうだな」
本当に楽しそうに言うものだから、可笑しくて吹き出してしまった。
「いいわね、それ。ほとぼりが冷めるまで高飛びするのね」
「高飛びって初めて聞く言葉だな」
「ああ、そうね。えっと……犯罪者が遠くに逃げるってことよ」
「……まさに今のときのための言葉だな。うん、一緒に高飛びしようか。約束だ」
「ええ。ちょっと楽しみになってきたわね。約束よ」
頰をそっと撫でられて、キスしてくれるかとおもったが、さすがにルーファス達の前でそれはなかった。残念だ。
勝ってからのお楽しみにしてもらおうか。
「それじゃあ、さくっと勝ってこい。高飛び、楽しみにしてるから」
「ええ、任せて!」
くるりと体を反転し、中央に開かれたスペースへと足を進めた。
小さな暴君は剣を習い始めたところといった時期だから、きっと試合がしたくて仕方ないのだろうと思う。
勝つこと自体は決して難しいことではない。
※
『処刑』という単語はあまりにも耳馴染みがなく、度重なる衝撃に体が硬直し、唇は縫いとめられたように開かなかった。
空色の髪が翻って我に帰る。
今ではもういつも通りの勝気な色を映している髪と同じ空色の瞳に、先ほどまで仄暗い影が差していたことを思い返すと、心臓に重石を乗せられたようだった。
「助かった……今日ほどお前があれの恋人でいてくれてよかったと思ったことはないな」
「恐縮です……が、吐きそうです。口から心臓が飛び出そうで……」
そう言ったオーウェンさんは口元に手を当て、その顔色はどんどんと青白くなっていた。
「仕舞え。戻せ。……なんと言えばあのバカがわざと負けないよう説得できるか、全く思いつかなかったからな……本当に助かった」
そう言ったルーファスさんの手は震えていた。
わざと負けるって、なに?
「私のせいでエルザさんが死ぬところだったの……?」
縫いとめられていた唇から溢れた私の言葉も、同じくらいにひどく震えていた。
「私を庇って……」
「お前のせいじゃない。あれはどう見てもエルザのやり方がまずかった。女王陛下の言い分ではどうやらお前を帰す気はないらしいが、それだってやり様は他にいくらでもあったんだよ。相手はあんなガキなんだからな。なんだって手を払ったりしたかな……ったく手ぐらい握らせてやってもいいだろうに」
ルーファスさんは強い口調に呆れを滲ませて、深くため息をつく。
それは違う、と思った。
あの白い手に捕まれば、私はバッドエンドまっしぐらだった。他にやり様はあった、なんてこの人は言うけど、あのエンディングでは誰も助けてはくれなかったのだから。
エルザさんが手を払ってくれなければ、私は二度と……。
「……手を取られたらダメなんです。二度と家に帰れなくなっちゃう」
この人はエルザさんのことは助けても、絶対に私のことは助けてくれない。
エルザさんだけだ。動いてくれたのは。
「そんなこと、許すわけないだろ」
「どうせ見てるだけですよ。あなたは」
怪訝な様子で燃えるような赤い目が私を見下ろす。
不毛だと思う。ゲームを知らない人にこんなこと言ったって。
「……エルザは助けても、私のことはどうせ助けてくれないのよ、ってか?」
「……はぁ!?」
奇しくも先ほど頭に浮かんだことを言い当てられて頭に血がのぼる。
睨みつければ、こんなときなのに面白げに目を細められた。
「なるほどなぁ。こいつ、ヤキモチ妬いたらしいぞ、オーウェン」
「はぁ。良かったですね」
「違う!!」
否定するも、更に面白げに笑われて腹が立つ。
「必死に否定するところが怪しいよなぁ。なぁ、オーウェン」
「はぁ。良かったですね」
「違うったら! 自惚れんな!!」
「いやぁ、なかなかこの歳になって発見することが多いもんだ。なぁ、オーウェン」
「はぁ……良かったですね」
「もうオーウェンさん、ため息になってるし! ふざけてる場合じゃないでしょ!」
ふざけてばかりのこんな男の近くにいたくなくて離れようとすると、腰を引かれた。
思わず「この人、痴漢です!」の声を飲み込む。楽しげな目は一転して鋭くなり、私を刺していた。
「俺達から離れるなっての。……ゼン、ノエル。エルザが勝ったらすぐに会場から出られるよう準備しておいてくれ。オーウェンはエルザから離れるなよ。それが一番安全だ」
頷いたゼンさんとノエル君が離れていく。
「ララ」
鋭い語調で名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
「悪いが、今日帰してやるとは約束できない。けど、必ず帰られるよう白の国とは話をつけるから、今日は一緒にスペードの国に帰ってほしい」
聞いたことがないほどの真剣な声音は、耳にすんなりと入ってきた。小さく頷くと、満足げに微笑まれる。
「……帰れる日まで楽しく過ごせるように努力する、とは約束しよう。泣かせたりしない、とも。だから、今日だけでいいから俺の側から絶対に離れるな。いいな?」
言われながら、早速目の奥がじんと熱くなった。
助けてくれるつもりなのか。この人は。
「そんな約束、してくれなくていいです。……スペードの国に連れて帰ってください。白の国は嫌です」
「……光栄なことで」
ポンと頭に手を置かれて俯く。
私は、ゲームの知識に固執しすぎていたのかもしれない。
エルザさんは白い手から私を庇ってくれたけど、もし連れていかれていたとしても、この人は助けてくれた、のかも。
そう思い始め、違和感に首を傾げた。
ルーファスさんが言う通り、手を取られたらダメだなんて、まだ誰にも分からなかったはず。
どうしてエルザさんは白の女王陛下の手から私を庇ったりしたんだろう。
側から見れば、ただ子供が駆け寄ってきただけなのに。
あれではまるで、手を取られたら私がどうなるか、わかってるみたいだった。
まるで、このエンディングを知っているみたいな……。
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