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よろしくお願いします。
仕事中、ぐううと腕を上に伸ばす。
しばらく動かないでいると、体がそわそわして駄目だ。
机に肘をつき不満を表すために音を立てて息をつくも、大好きな恋人は素知らぬ顔で侍従と話をしている。私の様子に気付いた侍従はおろおろとしながらオーウェンに何かを伝えようとしてくれているのに気付かぬ振りだ。
「エルザ殿。先日から進めている案件ですが」
くるりと振り返り営業スマイルで話しかけられて、じっとりと睨み返す。
「目処が立ちましたので、明日はお休みに致しましょうか」
「お休み!?」
久しぶりな響きに思わず勢いよく立ち上がると、オーウェンは小さく吹き出したのをごまかすように咳をした。
「買い物に行きたかったの。嬉しい!」
嬉しくてオーウェンに駆け寄るも、笑顔で制止された。
営業スマイルの恋人を前に、嬉しい気持ちが沈んでいく。
オーウェンの言いたいことはわかる。
恋人になってから、一つの約束をさせられた。
誰かが近くにいる時は、恋人のように振舞うことは控えましょう、と。
それでもあの告白から数日、一切恋人らしいことをしないというのは、どうなんだろう。
キスはもちろん、手さえ繋いでいない。
これじゃあ、いつも通りの補佐のオーウェンだ。
不満を伝えるために睨むも、余裕の笑みでかわされる。
落ち込む気持ちをそのままに机に戻る。
今日もまた、ここでお別れになるのかしら。
「エルザ」
唐突に降ってきた言葉に心臓が跳ねる。
見上げればいつのまにか隣に立っていたオーウェンは、この上なく優しく微笑み、片手を私の頭に乗せた。優しく撫でられて心臓が騒がしくなる。
「買い物に行くということは、明日は街に出るんですか?」
心臓がどんどんと早く脈打ち、思わず綺麗なエメラルドの瞳から目をそらしてしまう。
「え、ええ……その、つもりだけど……」
こんな目を向けられるのは久しぶりで、恥ずかしさと嬉しさで言葉が震える。
笑う気配がしてそっと見上げるとオーウェンの表情に目の奥が熱くなった。
営業用じゃない、あの恋人になった日の私に向けられた笑顔。私だけの。
「それなら、明日は一緒に出かけませんか? デートしよう」
デート。
嬉しくて立ち上がり、我に返る。
侍従達は……。部屋を見回すといつのまにかみんな退出していたようで、オーウェンと二人きりだった。
これは、抱きついていいかしら。
じっとオーウェンを見つめると、分かっているとばかりに両手が広げられる。
嬉しくて飛び込むと、すぐに暖かく包まれた。
「嬉しい! どこに行く? 何がしたい?」
「落ち着いて。何か欲しいものがあるなら、まずはそれを済ませよう」
「そうね! じゃあ、買い物に付き合ってくれる?」
「もちろん」
ぎゅうと抱きつくと力強く抱きしめ返される。
本当に嬉しい。補佐のオーウェンとなら何度も街に出たことがあるけど、恋人としてなんて初めてだ。
「待ち合わせはどうしましょうか?」
「デートだから街中で待ち合わせがいいわ。デートには『待った?』『ううん、今来たとこ』って定番の台詞があるもの!」
「ならそうしましょう」
オーウェンは肩を震わせて声に笑いを混じらせるが、了承してくれる。
コツンと額と額がぶつかって、合わさる視線に幸せが満ちる。
「楽しみだ」
「ええ、とっても」
浮かれた気分のまま廊下を歩く。何をしよう、どこに行こうと頭の中が忙しい。スキップしてしまいそうだ。
買い物がメインだから、先にあの雑貨屋に行って、それからハンプティのお店に向かいましょう。
その後はアクセサリーショップに行って、目的のものを買わなきゃ。
それから、それから。
頭の中で明日の計画を立てていたら前からベルとネビルが歩いてくる。
ベルはいつもオシャレで、今日もふんわりとしたシフォンのジャンパースカートに花柄のトップスが可愛らしい。高いヒールでカツカツと歩く姿がいつも格好良くて好きだ。
そういえば、デートなんだから服装も大事よね。
いつものシャツとパンツ姿は動きやすくて好きだけど、やっぱり少しは私もオシャレすべきかしら……。
「エルザ! エルザったら! 一体どうしましたの。わたくしをじっと見つめて」
目の前で手を振られて我に返る。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと考え事してたわ。ベルはいつもオシャレだなって」
「あら! お分かりになりまして? マダム・エイブリーの新作ですのよ!」
服装を褒められてベルは嬉しそうにくるりとターンする。
ふわりとスカートが広がって、後ろで見ていたネビルが慌てていた。
「マダム・エイブリーね……」
マダムの作る服は可愛らしい女の子向けで、フリルやリボンを使ったファンシーなものや、可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えたものを取り扱っている。
ネビルは黙る私に気を使ったのか「エルザもこういうの着てみたら? 似合うと思うよ」と言ってくれたが、正直私には合わない。
こういうのはベルやララみたいなふんわりとした可愛らしい子に合うのだ。
「エルザにマダムのデザインは合いませんわ」
同姓のベルはバッサリだ。
「分かってるわよ……」
思わず唇が尖る。
でもデートでは、こういう服を着るイメージがある。着てみるべきか……?
「なぁに? やぁっと自分の服装を気遣うようになりましたの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
言葉を濁すと何かを察したらしいベルに詰問され、明日デートに行くのだと白状した。
「それで、服装をどうしようかなと思ってたのよ」
やっぱりいつもの格好で行けばいいかしらね。
そう言うとベルはばっさりと「あり得ませんわね」と斬り捨てた。
「私の格好ってそんなにひどい……?」
「そんなことないよ! すごく格好いいと思う!」
ネビルは慌てて取りなし、ベルは鷹揚に頷いた。
「ええ。とても格好良いわ。オーウェンさんならどんな服装でも喜んでくださるでしょうけれど」
「そうだね。オーウェン君はエルザとのデートなら服装なんて気にしないよ」
「そうね、オーウェンなら……ってどうしてオーウェンとだってわかったの!?」
相手はまだ言っていないのに当たり前のように言われて顔が熱くなる。まだ交際してから数日しか経ってないのに!
「オーウェンさん以外にいないでしょう。あなたがデートする、なんて言うのは」
「他の人なら服装も気にしないよね、エルザは。むしろそういう服を選んで行くくらいでしょ」
「だ、だって動きづらい服装で出掛けたくないんだもの。何があるか分からないし」
スペードの10の私は、トラブルがあれば介入することが義務付けられていると言っていい。
そんな時に戦えないので助けられません、なんて言うわけにいかないのだ。
「あら、わたくしはこの格好でも戦えてよ。お試しになる?」
「いいわね、それ。一戦だけなら時間あるわよね」
不敵に笑うベルに受けて立つと二人で修練場に向けて一歩踏み出した。
「デートは明日なのに、そんなことしてていいの?」
項垂れて戻る羽目になった。
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