62番外編 あの男と残りの七人
よろしくお願いします。
あの流れではどれだけ堅い女でも間違いなくついていくだろう。
偶然であっても鬱陶しい男からは逃げられるし、故意であるなら水をかけた男は助けてくれたことになる。
ただしこれは二人組でナンパを成功させる常套手段でもあるが。
女を諦めきれない振りをして二人を追いかけた。
エルザの腰にさりげなく手を添えたピエロ男は彼女をエスコートして二階へと上がっていく。
見つからないように気を付けて後を追い、部屋に入ったのを確認して、周りに人がいなくなってから扉に近付き耳を当てた。
音がしない。
会話していないということはないだろうから、扉が厚いのかもしれない。
エルザのことだから相手が妙な動きをすればすぐに取り押さえるだろうが、うっかり酒を飲んで寝こける可能性は十分ある。
部屋を間違えた振りをして扉を開けた。
目に入ったのは床に突っ伏す男の姿だ。
もう張り倒されたのか、と思った瞬間に視界がぐらりと歪んだ。
「……っ!?」
慌てて扉を閉めて離れる。
すぐに視界は元に戻ったものの、内心に抑えきれない焦燥が湧き上がった。
倒れていたのは紛れもなくエルザを連れ出した男だ。部屋の中に怪しいものも臭いもなかったが、これは。
すぐに息を止めて部屋に入り、中を探すもエルザは見当たらない。仕方なく倒れている男を引きずって部屋から出した。
「っおい起きろ! 連れ出した女はどこだ!!」
意識が朦朧としている男を遠慮なく殴りつけて問いただすが、男はぼそりぼそりと脈略のないことを呟く。
「金は」
「つれてきたのに」
思わず舌打ちして近くの扉を片っ端から開くもエルザはいない。
被害者の証言に統一性がないとはこのことだったのか。
女に声をかけるのと犯人は別の人間だ。
「くそっ……エルザ……っ!」
わずかに逡巡し、会場にとって返した。
会場について不審に思われない速度で歩き、ルーファスに近付く。
「お兄さんをちょっと借りるよ」
笑顔になっているか不安だが囲む女共からルーファスを引っ張り出して端に連れ出す。
「どうし」
「エルザの現在地はどこだ!?」
一瞬で顔を険しくしたルーファスは何かを言いかけて止め、目を閉じた。
「二階、南側。階段手前から二つか三つ目の部屋だ」
聞いてすぐに走り出した。周りのことなどどうでもいい。
彼女の髪の一房でも触れられていたらと思うと腹わたが煮えくりかえった。
扉の鍵がかかっているなら魔法で強引に押し入ってやると考えていたが、杞憂だった。
着いてみればすでに扉はへしゃげていて、扉の意味をなしていなかった。
中を覗けば目を閉じる白いドレスの女を、給仕姿の男が横抱きにしてソファに寝かせている。
「……補佐殿……なんで……」
「あなたが慌てて会場に戻ってきたので」
「だからって……」
なんでルーファスに聞いた俺より先にたどり着けるんだ。
……もしかしてこいつ、エルザに鈴をつけてるのか?
補佐ならあり得なくはないか、と考えてエルザの言葉を思い出した。
『どうしてここにいるってわかったの?』
エルザは鈴をつけられていることを知らない。
「犯罪じゃねーの。それ」
エルザが無事だったことにほっと息をついて、軽口が零れだす。
そんな俺を補佐は射抜くように睨みつけた。
「許可は頂いています。徒労であれば良かったのですがね。……まさかここまで、お前が無能だとは思わなくてな」
刺し殺されそうなほどの、鋭い殺気の篭もった目を向けられてたじろぐ。
この誹りは受け入れなければならない。
「……悪かった」
「私に謝るのは筋違いでは。謝罪はキングとクイーンへどうぞ。お呼びしてきます」
扉前で立ち尽くす俺の横を通り際「すぐに押し入ったので、ご安心を」と言い、補佐は会場に向かっていった。
俺へのフォローも忘れないのか。
優秀すぎて涙が出るな。
エルザが眠るソファの肘掛に腰を下ろして息を吐いた。どっと疲れた。もうこんな役目はごめんだな。
小さく声を漏らしてエルザが目を覚ました。
緩慢な動きで体を起こし、部屋を見渡したエルザは体をびくりと震わせた。
その顔が見る間に血の気が引いていき、慌てて声をかける。
「エルザ、落ち着け」
「えっ……あ……わた、し……?」
俺は長く近くにいたくせに、この女のことをちゃんと理解していなかったのかもしれない。
いつも頼りになる強くて凛とした女性。
俺はこの、目の前で小さく震える女をずっとそう思ってきた。
「大丈夫だ。補佐殿がすぐに助けてくれたから、何もされてない」
「……オーウェン、が?」
補佐殿の名前を呼んだ途端に震えは収まり、荒くなった息も落ち着き始めた。
「ああ。俺は役に立たなかった。怖い思いをさせて、ごめんな」
「……そんなこと、ないわ。あなたのお陰で作戦がうまくいったんだから、気にしないで」
それも補佐の指示だ。俺は本当に何もできなかった。
「そういえば声をかけてくる男共を軒並み振ってたが、あれもまさか補佐殿の指示か?」
何か気を逸らせればと先ほど気になった疑問を問えば、やはりエルザは頷いた。
「ええ。調べたら今までの被害者も男性からの誘いは全て断っていたんですって。それも共通点だから、遠慮なく振っていいって言われたの」
「そうか。本当に、あの補佐殿に出来ないことはないな」
ため息混じりに言えば、エルザはまるで自分が褒められたかのように嬉しそうに笑った。
「でしょう? ゼンには宝の持ち腐れって言われてる。失礼よね」
「間違っちゃいねーな」
「あら、酷いわ。本人には言わないでね? 辞めるなんて言われたらさみしいもの」
さみしい、な。
「お前、補佐殿のこと、大好きだな」
頬を染めもせずに「当たり前でしょう」と答える彼女に降参の意味を込めて両手を上げてみせた。
意味のわからないらしいエルザは首を傾げているが、説明するつもりはない。
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