表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/177

56 補佐は頑張りました

よろしくお願いします。

 あまりの怒号に身を竦ませる。

 だが怒りの主が背中を向けてしまったことで我に返った。


「エルザ! 待ってください!」

「知らない。待たない!」


 前に立って歩みを止めたはいいが、触れていいのかわからない。赤い顔で鋭く睨まれて言葉に詰まる。


「なに」

「え、えっと、ですね……」


 返事を。もらっていない。

 恋人になっていただけるのかどうかの。


 それでも、こんなにも怒らせてしまってはもう……。


「もう、あなたに触れることは、許していただけないのでしょうか……」


 呆れた空色の瞳から逃げるように目をそらし、俯いた。


「言うに事欠いて……」


 声音にも呆れが滲むエルザの声に気分が沈んでいく。


 ああ、どうしよう。もうこの人のいない生活になど戻りたくないのに。


 ドスリと胸に鈍い衝撃があり、甘い香りが鼻に届く。俯く顔の目の前には、肩を揺らす空色の頭があった。


「……ふっ、ふふ……」

「エ、エルザ……?」

「今のあなた、なんだか捨てられた犬みたいね」


 笑いの混じる声で言われて、心臓が跳ねる。

 見上げた顔には面白くて仕方ないとばかりの笑顔が浮かんでいた。


「怒っていらっしゃるんじゃ……」

「もういいわよ。……昨日散々いじめてくれたから、そのお返し」

「い、いじめてなんていませんよ」


 心外だ。ただこの人があまりにも可愛すぎただけなのに。


「そうなの? 恋人としてあれが適切な距離感なのかしら……あ、まだ恋人ではなかったんだっけ?」

「いえ、それは……」

「恋人にしてくれるの?」


 上目遣いで微笑まれ、心臓がうるさく脈打つ。


「それは、こちらから土下座して頼まなくてはならないところです」

「あら、いいわねそれ。お願いしようかしら」


 くすくすと楽しそうに笑うエルザに全身の緊張が解け、恐る恐る赤らむ頰に指を伸ばした。


「あなたが望むなら、いくらでもしますが」

「冗談よ。……あなたは本当にしそうで怖いわね」


 俺の伸ばした手を取り、エルザは手のひらに頬ずりする。

 暖かく柔らかな感触は、これがまぎれもない現実なのだと俺に教えてくれた。

 ふわりとした微笑みと熱のこもる空色の瞳が真っ直ぐに俺に向けられて。


「オーウェン。あなたの恋人にしてくれる?」


 これほど幸せにしてくれる言葉など、かつてない。


「喜んで」




「さて……焼肉でいいのか」


 たまらず唇を寄せようと身をかがめると、静止するかのようにキングの声がして慌てて体を離した。


「墓穴を掘りましたね。飲み放題付きでお願いします」

「あー、くっそ。損したなぁ。ほら、お前らも行くぞ。どこの店にする?」


 話しながら歩いていくキング達に急かされ、ついていこうと一歩踏み出すと、エルザは俺の手を引いた。


 はにかむ表情は今朝から何度も見たもので。

 小さく吹き出し、そっと肩に触れて、口付けを落とす。


 秘め事のようなキスに胸が幸せに疼いた。




「こいつに飲み放題は勿体ないよな」

「まったく……夜中にお腹を空かせないといいのですが」


 肩に乗る重みに対する意見に苦笑を返す。

 店に入り、開口一番「この店にあるお肉の高いものから五つ持ってきてちょうだい」とやってのけた恋人は、その五つを食べきる前にアルコールに負けた。


「オーウェン、食ってるか? 遠慮するなよ」

「はい。いただいています」


 以前なら間違いなく喉を通らなかっただろうキングの前での食事も、今日はリラックスして味わえている。それもあの手合わせのおかげかもしれない。


「すみませーん! 特上全種類持ってきてくださーい!」

「いただいてるってのはこういうのを言うんだぞ」


 笑顔で注文するララさんを親指で指して言うキングに、笑ってもいいものか悩む。


「あー、人のお金で食べるお肉最高! 酒がうまいっ!」

「ララさん、性格変わりました……?」

「そっとしといてやれ」


 ボトルを向けられ、慌ててグラスを滑らせる。

 濃紫のワインだ。甘いものが苦手なキングだからかやはり赤で、スパイシーさが癖になった。


 キングは肘をついて一口含み、グラスを傾けて中のワインを無表情で見つめている。


 一体どうされたのか。クイーンを伺い見ても静かに食事をされているだけで、お二人とも感情が読み取れない。

 もしや、今になってエルザが他の男のものとなってしまったことを惜しく思われているのでは。そう考えると胸がざわついた。


 キングが大きく息を吐き、肩がびくりとはねた。

 肘をついた手に顎を乗せたキングとまっすぐに目が合う。心臓が騒がしくなり、ひどく恐ろしい気持ちになった。この人が本気で取り戻そうとすれば、俺などひとたまりも。


「こういうのが、娘を嫁にやる父親の気持ちか……なぁ、母さん」

「不本意ながら、同じ気持ちです」


 手元のグラスを一気に煽った。

 紛らわしい両親だ。本当に。


「おお。いい飲みっぷりだな、婿殿」

「その茶番、続くんですか……」


 またしてもボトルを向けられ、本音が漏れる。


 肩にもたれかかるエルザが身じろぎ、声を漏らした。

 目を覚ましたらしいエルザに水を差し出すと、肩に頭を預けたまま受け取りもせずに口をつける。


「……零しますよ」


 ささやかに注意しつつも飲みやすいようにグラスを傾けるのだから、俺も甘い。


 コクコクと喉が動き、一雫、赤くなった首筋をつるりと流れた。

 雫は首よりも更に下へと流れ、グラスから口を外したエルザは雫をそのままに俺を見上げ、形の良い濡れた唇から「ねぇ」と零した。


「駄目です!!!」


 たまらず叫んでいた。


 キングとクイーンの目の前で何を言いだすんだ!!

 しかし焦る俺の前でエルザは目をパチリと見開き、逡巡の末、爆笑した。


 腹を抱えて。


「ちっ、違うのよ……っふふ……お肉が食べたいから、取ってって言おうと思って……あははははっ!」


 盛大な勘違いを把握し、全身が燃えるように熱くなる。キングとクイーンの方が見られない。


「なんだぁ? 何と勘違いしたんだよ?」

「詳しく聞かせていただきたいですねぇ」

「男ってそんなことばっかり考えてるの?」


 耐えきれず机に突っ伏した。


 今朝散々悩まされた声音で言われれば、誰だって勘違いするに決まってる。俺は悪くない! 断じて!!

 今後しばらくの間、このネタでからかわれることになった。

ありがとうございました。

ようやく大手を振って、オーウェンがエルザの恋人として振る舞えるようになりました。

気が付けば十万字をとうに超えて、ようやくですね。長くかかりました。

これも読んでくださる皆様のお陰です。

ありがとうございます。


もうしばらくお話は続きますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ