55 補佐は頑張りました
よろしくお願いします。
クイーンを吹っ飛ばしてそのままだと言うエルザは慌てて救出に向かい、キングと二人で残された。
大の字で横になっていたキングは、くつくつと肩を揺らしながら体を起こす。
「いやー、完敗だ」
「エルザに手伝っていただきましたから、私の負けになるのでは」
「いや、もうそのくだりいいって。っつかわかってて言ってるだろ」
笑いの滲む目で見られて、肩の力が抜ける。
「少しは……。ですが本当に俺の勝ちでいいのでしょうか」
「いいんだって。そもそも最初からお前の一人勝ちだし。エルザが……いや、なんでもない。まぁ、悪ふざけが過ぎたことは悪かったと思ってるよ」
キングは俺の勝ちだと認めてくださっているらしいが、どうしても俺は一対一で歯が立たなかったことが心に引っかかったままになっている。
そんな俺の様子を見かねたらしいキングは呆れた表情で指を二つ立てて「納得出来ねぇなら根拠を示してやろう」と言った。
「まず一つ。エルザは今まで俺が誰と戦ってても割って入ったことはない。レグなんざ『また何かやらかしたの? 馬鹿ね』って言われて放置されてたぐらいだしな」
キングの声真似に口元がひきつる。軽薄なあの男でもそれは少し気の毒だと思う。
「だが、エルザは今日お前を庇っただろ? 俺にいじめられてると思ってトサカに来たんじゃねぇかな」
「それは少し複雑です……」
「ああ、弱い者いじめは笑え……酷いよなぁ」
キングは唇を噛んで笑いを堪えているが、肩の震えは隠せていない。
いじめはともかく弱いのは事実だが、さすがに好きな人に言われると少し堪える。
「二つ目は……これは俺とゼンにとっては反省材料だがな。エルザはな、俺が前にいる時はスルーしたことがないんだ」
「……一度もですか?」
「一度もだ。どれだけ作戦を立てて後衛からやるって決めても俺と目が合うと駄目らしい。理由を聞いてみたが、俺が相手だとスルーは勿体無くてつい応戦しちまうんだとよ。相方がどれだけ言い聞かせても無駄だったくらいだから、俺達もエルザは俺のところで止まるもんだと決めつけてた。まさかここにきてスルーされるとはな……正直反応できなかった」
確かにエルザがキングを通り越した時、こちらが驚くほどお二人の動揺は深かった。
エルザをよく知る分、彼女の予想外の動きに咄嗟に反応できなかったということか。
キングはのそりと立ち上がり、俺の肩を叩いた。
その表情には一片の曇りもない。清々しく晴れやかだった。
「よほどお前を勝たせてやりたかったんだろうなぁ。……だからな、オーウェン。お前の勝ちなんだよ」
勝ちという言葉がじわりじわりと胸に染み込み、嬉しさが湧き上がる。
この人にここまで言っていただいて、もうぐずぐずと言うつもりはなかった。
「キング。俺は、エルザを愛しています」
「おう。エルザも……いや、これは俺が言うことじゃねぇな」
キングは顔を上げ、その目線を追うとそこにはクイーンとともに駆けてくる愛しい人がいる。
「ほら、いってこい」
背中を強く押されて、たたらを踏む。
それでももう、俺の目は彼女しか映さなかった。
「ね、勝てたでしょう? 今夜は焼肉よ!」
目の前で立ち止まったエルザは焼肉に想いを馳せ、得意げに胸を張る。
「エルザ」
そんな彼女にかける声は些か震えてしまい、首を傾げられた。
「……なに?」
「あなたに、伝えたいことがあるんです」
俺の真剣な様子に、エルザは居住まいを正して目で続きを促した。
「俺は、あなたの補佐として側にいられればそれでいいのだとずっと思ってきました。ですが先日の舞踏会ではダンスを踊っていただいて、俺にとってもそれはとても嬉しくて楽しくて、幸せな時間でした。あなたのもっと近くにありたいと湧き上がる欲は抑えられず、あなたの気持ちが知りたくなった。それでもあなたはキングやクイーンの大切な方で、あなた方の間に割って入ることなど、決してしてはいけないと思ったんです」
「……そんなこと、ないのに」
拗ねたように言われた言葉に意識せず頰が綻ぶ。もう分かっていると、伝わればいい。
「俺はあなたが好きです。この気持ちはもう抑えたくありません。キングとクイーン、他にも多くの大切な人がいるあなたを心から愛しています。きっと死ぬまで。死んでも、生まれ変わっても好きでいつづけます」
拗ねた表情は俺の想いを受けて柔らかくとろけ、エルザは幸せそうに微笑んだ。
「私も……」
「だから、エルザ。私と恋人になっていただけませんか?」
この言葉を伝えた途端、エルザの表情は一変した。
怪訝。それが相応しい表情で、眉根を寄せるエルザの頭の上には疑問符が浮いている。
内心の焦りは冷や汗となり、首筋を伝った。
なんだ、この表情は。
今の流れでなぜこの顔になる?
……まさか、俺は昨日から夢でも見ていたのか?
「……おい、エルザ、どうした? 早く返事しろ!」
「あ、あまりお待たせするのは失礼ですよ!」
固まる俺達を見かねたキングとクイーンがエルザを急かす。
「お前も、オーウェンのこと好きなんだろ!?」
肩を揺すって叫ぶキングにエルザは「好きよ。もちろん」と当然のように言い返した。
「や、やはり補佐として、でしたか!?」
平然とするエルザに、俺の足は生まれたての子鹿のように震え、彼女から距離を取り後ずさる。
こんなことが……いや、この人ならありえる。ありえてしまう……。
「ええっ!? 違うって昨日言ったでしょう! そ、そういう、やつだって!」
「それは確かに言われましたが……ではどうして……」
そんな、なに言ってるのかしらこの人。みたいな顔を……。
「えっ、だ、だって……」
エルザは顔を赤く染めてモジモジと指を弄び、視線は彷徨い、唇を震わせている。
一度ぎゅうと目を閉じたかと思えば、すぐに見開き、意を決してといった調子で視線を合わせられた。
「私達、恋人じゃなかったの……?」
………………。
「ああっ……!!」
咄嗟に口を手で押さえた。
「その……恋人じゃなかったなら、私、結構恥ずかしいことをあなたに……」
「い、いえ! あなたは悪くありません!!」
キングの雰囲気に飲まれて本来の目的を忘れていた。何を素直に告白してるんだ。俺は。
昨日あれだけのことをしておきながら、恋人ではないという方がおかしいだろう。
エルザはまったく悪くない。それはもうまったくもって。
だが、いまこの流れはまずい!!
「へぇ」
「ほう」
肩にズシリと重みがかかり喉の奥から声にならない悲鳴が漏れる。
「そいつが勘違いするだけのことは、すでにしてあるわけだ」
「想定外に手が早いですねぇ……これは人柄を見誤ったか」
「も、ももも申し訳……ございません……」
油の切れたブリキ人形のようなぎこちなさで振り返るも、満面の笑みのキングとクイーンの目は笑っていない。
これは、まさか交際を認めていただけないか!?
「かっ……」
「「……か?」」
「可愛かったんです!!」
渾身の叫びだった。
今更、やはり交際はなしにしろと言われてももう無理だ。俺はもう可愛いエルザを知ってしまった。もうただの補佐には戻れない。
「赤らんだ頰も潤んだ瞳もとてつもない可愛らしさで! あれを前にしてはどんな男でも手を出さずにいられません!」
必死に訴える。エルザの可愛さを伝えて仕方なかったのだとわかっていただかなくては!
「想いが通じて舞い上がったことは事実です! ですが、それがなくともあの上ずる声や不慣れな仕草の可愛らしさは抗いきれるものではありません! それはもう、どんな男でもです! キングやクイーンもご覧になればお分かりいただけるはずです!」
「………………いや、俺達は手は出さねぇぞ」
「やはり私は人柄を見誤ったのでしょうか……」
「エルザさん、本当にこの人でいい……エルザさん?」
なおも言い募ろうとする俺の後頭部に衝撃が走った。手をやればびっしょりと濡れている。水?
そっと振り返ると同時にぎくりと体が強張った。
顔中を真っ赤に染め、全身の毛が逆立ったように髪がなびき、背中には炎を背負っているような気迫を漂わせた愛しい人は全身でみなぎらせていた。俺に対する怒りを。
「うるさい!!!!」
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