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52 補佐は頑張りました

よろしくお願いします。

 夕刻になり、仕事もひと段落ついたところでうるさく騒ぐ心臓を抑えて「これからお時間ありますか」と訊ねると、エルザはララさんに会いに行くと答えた。


「昨日呼び出しを無視しちゃったし……といっても仕組まれてたような気がするんだけど……」


 よくわからないことを言っていたが、用事があるなら仕方ない。


「俺も所用があるので今日はここでお別れですね」

「そうね。……夜に部屋に行ってもいい?」


 恥ずかしげに言われた言葉に迷いなく頷いて、軽く口付けた。

 必ず、交際を認めていただく。

 そう決意を示すように。




 立派な装飾の施された両開きの扉の前で深呼吸する。

 幾度となくこの扉をくぐってきて、そのどれも緊張なくして通れるものではなかったが、今日ほど体が震えたことはない。


 大丈夫。俺はエルザを愛しているし、エルザも同じ気持ちでいてくれる。


 意を決して扉を叩くと、低い声が入室を促した。


 いつもよりも重く感じる扉を開くと、キングは俺を見て目を大きく見開く。

 しかしそんなキングの周りにはまだクイーンはもちろん侍従達が多く残っていて、仕事中であることは明らかだった。


 考えていなかった事態に焦りが出る。


「お取り込み中に申し訳ございません! 出直して参ります」


 頭を下げて扉を閉めようとする俺に待ったがかかった。


「待てっオーウェン! 早く入れ! 今日はここまでにしよう。下がってくれ」


 慌てて発せられた言葉の後半は、侍従達に向けられた。


 どうして仕事を終わらせてまで呼び止められるのか分からないが、もしかするとエルザのことで緊急の用件かと思われたのかもしれない。


「いえ! 私事ですので、私が後ほど改めて伺わせていただきます!」

「馬鹿野郎! お前の用事以上に大切なものがあるか!!」


 ……この言葉はのちに城中を駆け巡り、あらぬ噂の元となるのだが今は置いておこう。


 侍従達は追い出され、俺はソファに座るよう言いつけられた。


 いつもキングの側に控えているはずのクイーンは腕を組み、なぜか入口の扉にもたれかかるように立っている。


「どうした。何の用事だ? エルザのことか? そうだよな!?」


 向かいに座ったキングに必死の形相でまくしたてられ、言葉に詰まる。

 やはり交際には反対なのか……?


「あれは確かに仕事面では抜けていてミスも多い上に書類を見せただけで逃げ出すようなどうしようもない奴だが、女としては綺麗で優しいし……そうだ! 飯も美味いぞ! なぁ、ゼン! お前からも言ってやってくれ!!」


 ……ん?


「……女性として申し分のない人だということは確かですよ。仕事でもルーファスの言う通りミスは多いわ逃げるわ怒れば開き直るわで散々ですが、それもまた愛嬌だと私は考えます。ええ、愛嬌ですよ、愛嬌」


 ……えっと。


「お、おっしゃる通りで……怒れば誤魔化してこられますが、しょんぼりと謝罪されるとまるで犬猫に対するような庇護欲が掻き立てられるといいますか、つい許してしまえるような可愛らしさがあり……あっ! もちろん女性としては最上の方でございます! 心根はこの上なく優しく、向き合い言葉を交わすだけで穏やかな心持ちにさせてくださいますし、それに意外なほどに純粋でいらっしゃって、泣きがっいえ! なんでもありません!!」


 すんでのところで言葉を止めた。

 危うく『泣き顔も呼吸できずに喘ぐ表情も途方もなく愛しい』と言いかけた。

 これは絶対に今言ったら駄目なやつだ。


「そうだよな!? そう思うだろ!?」

「はい! 思います!」

「二人とも落ち着きなさい!」


 前のめりになって詰問するキングと姿勢を正す俺をクイーンが一喝した。

 俺は何を言われて、何を言わされているのか。


 自問自答する俺の前に、扉から背中を離したクイーンも腰掛けた。

 クイーンは神妙に眉根を寄せていて、心臓がまた痛いほど脈打つ。


「……話というのは、まさかエルザの補佐を辞めたいなどということではありませんよね?」

「まさか! 違います!」


 俺は首を大きく振って、否定の意を表した。もしかしたらここ数日彼女を避けていたことが知られているのかもしれない。


 そういえばあまりの喜びで忘れていたが、エルザに謝らなくてはいけない。俺が彼女を避けていたのもきっと泣かせてしまった要因の一つだ。

 ショーン様にも謝罪しなくては……命を取られるような呪いでなければいいが……。


「なんだ、違うのかよ……じゃあ話ってのは?」


 大きく息をついて言われたキングの言葉に心臓が跳ねる。

 あまりの剣幕に押されていたが、ここからが本題だ。拳を強く握りしめて、意を決して口を開いた。


「先日、キングからお話を伺って、その、私は逃げました。エルザ殿とお二人の間に割り入ることなど出来ないと。また割って入ったところでエルザ殿と今の関係を続けることが出来なくなることの方が私にはとても恐ろしくもありました。ただ近くで見つめていられればそれで、キングとクイーンと三人で笑っている彼女を見ていられれば俺は幸せだとずっと思っていたのです。ですが、俺は」


 いつのまにか俺はソファから立ち上がっていた。


「それ以上を望んでしまいました。俺はエルザを愛しています! 分不相応だということは承知の上です。それでもエルザのそばに、お二人とともにありたいのです! どうか、交際を認めていただけないでしょうか!」


 手も声も震えて仕方ない。

 それでも目だけは絶対に逸らさずに、キングとクイーンを見つめ続けた。


 ほんの数秒とも数分とも思える時間が過ぎたのち、音が聞こえるほどキングは深く息を吐いて、天を仰いだ。


「………………良かった……」


 良かった?

 俺の耳はキングの小さい呟きをきちんと拾い上げたが、意味がわからず首を傾げる。


「一生恨まれるところだった……」

「恨まれるで済めば良いですがね」

「他人事みたいに言いやがって……お前も共犯だからな」


 二人の会話は要領を得ない。

 これは、認めていただけるということなのか、やはり駄目なのか。


「座ってください、オーウェン殿」

「……前にも言っただろ。俺達に遠慮することはない。好きなら構わず口説き落とせってな」


 言われて腰掛け、どうやら許しは得られたらしいと悟る。


「よろしいのでしょうか」

「ああ。あっ、もちろん俺達から離れるようなことは言うなよ」


 念を押すように言われて慌てる。


「当然のことです! そのようなことをお伝えすればエルザはきっと困り果てるでしょうから……」


 そう伝えるとキングとクイーンの目は柔らかさを帯び、一気に肩の力が抜けた。


「……あいつはいいのを見つけたもんだな。いや、5にした俺の手柄か?」

「それを言うなら補佐に指名したのは私です」


 和やかに話すお二人にほっと息をついた。

 良かった、本当に。


「……いや、しかしこれではあいつらに不公平かな?」


 優しげな声は唐突に面白げなものに変わり、思わず顔を上げるとキングの赤い目はあの日のように俺を写す。

 ツウっと背筋に汗が流れたのがわかった。


「また馬鹿なことを」


 呆れた様子のクイーンに助けを求める目を向けるも、決して視線は合わなかった。


「な、なんの話でしょう……?」


 恐る恐る問いかければ、キングはにやける口を重苦しく開いた。


「いやぁ、レグ達にエルザに告白するなら俺とゼンを倒してからにしろって言ったことがあってな。お前にそれを言わないのは、やっぱり不公平だよなぁ?」


 告白……?

 言葉をなくす俺に、キングは面白い玩具を見つけたように笑って言った。


「よし、オーウェン。修練場に行くぞ。エルザに告白したければ、俺を倒してからにしろ!」


 さっさとマントを翻して扉に向かうキングと「もう知りませんからね」とため息交じりながらも後に続くクイーンは、幸いにも俺の様子に気付かなかった。


 頭の中にはどうしようという五文字だけが延々と流れ続けている。


 どうしよう。もうすでに想いを交わし、キスまで済ませた挙句、昨日エルザは俺の部屋に泊まりました。

 などと。


 意気揚々と歩いていくキングとクイーンに、言えるはずもなかった。

ありがとうございました。

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