39 補佐は資格を失った
よろしくお願いします。
エルザ殿が部屋から出て行って、長く息をついた。
昨日、ショーン様から言われた言葉が耳にこびりついて離れない。
『泣かせたら、呪うから』
どういう意味かと考えて、キングやクイーンと穏やかに過ごす彼女を惑わせるな、という忠告だと悟った。
抱きついたことを、責められたのだ。
抱きついたことに関しては、本当に言い訳のしようもない。雲の上の人と思っていたハートのジャックとお会いできた上に、直々に魔法の使用についての講義もしてくださった嬉しさで周りが見えなくなってしまった。だからといって抱きつくなど……反省しなくては……。
だが謝罪した俺にエルザ殿は、ダンスが嬉しかったと言ってくれた。
俺だって、あれがどれほど幸せな時間だったか。
それでもハートのジャックですら立ち入らない彼らの間に、割って入れるわけがない。
それにどうせエルザ殿のことだ。嬉しかったという言葉に大した意味はないだろう。楽しかったと同義の可能性が高い。
どれだけそう自分に言い聞かせても、別れ際の彼女が頭から離れてくれない。
諦観とも取れる表情の意味が、どれだけ考えてもわからなかった。
「オーウェン殿」
廊下を暗然と歩いていると、声がかけられた。
振り返ればクイーンに呼ばれたのだと分かり、瞬時に居住まいを正す。
「キングがお呼びですよ。執務室へ来ていただけますか」
「かしこまりました」
頭を下げつつ何の用事かと考えるも、エルザ殿絡みのことだろうとしか思えなかった。
重い扉を開くと、机に両ひじを付いたキングが「よく来たな、オーウェン」と出迎えた。
「まぁ、座ってくれ」
手で示されたのはソファで、そこには先客がいた。
客人ということになっているララさんは、穏やかに微笑みながらお茶を頂いていた。
「こんにちは、オーウェンさん」
「……こんにちは」
俺が挨拶を返すと、ララさんは焼き菓子を口に放る。キングの執務室だと言うのに、何の気負いもない姿が、なんだか異様に見えた。
「忙しくはなかったか?」
キングから気遣うように言われて「午後から休みにしましたので」と馬鹿正直に答えてしまった。
しかし「そういえば、エルザは外におりますね。二人ともお休みにしたのですね」とクイーンに言われて、ドキリと心臓が跳ねる。
危ないところだった。嘘をつけばバレていただろう。
俺がエルザ殿に無断で付けていた鈴だが、キングやクイーン、ジャック、それにエルザ殿は相互で鈴をつけているはずだ。
相手の体に自らの魔力を通すことで永続的に発動する魔法、通称〝鈴〟は、今現在相手がどこにいるのかがわかる魔法だ。
エルザ殿に鈴をつける件は、クイーンを通してキングから許可を得ている。決して犯罪ではない。
「ん……なんだ、えらく早いな……」
ぼそりと呟かれたキングの言葉の意味は分からない。
しかしキングはクイーンに目配せすると、にっこりと笑みをこちらに向けた。
「せっかくだから楽しくお喋りでもと思ったが、あまり時間もなさそうだ。本題に入ろうか。君達に伝えておきたいことがあってな」
仕事のことと思うには妙に気安く、しかし砕けた話でもなさそうな雰囲気を纏い、まるで幼い子を微笑ましく見るような、かと思えば小動物をいたぶるような悪戯めいた色が、その燃えるような赤い瞳に写っている。
知らず、体が硬くなった。
「俺と、それにゼンもな。エルザを恋人にも嫁にもする気はないぞ」
どれほど恐ろしいことを言われるかと身震いしていたにも関わらず、キングの口から発せられた言葉はあまりにも突拍子なさすぎた。
固まる俺の横からは、手を叩き、弾んだ声がする。
「それは良かった。なら私がいただいても構わないということですね」
「ああ、もちろん構わない。もらえるものならな」
ピシリと二人の間に深い亀裂が入ったように見えたのは、気のせいではないだろう。
キングはどうしてこんな話を俺に……?
もしや俺の気持ちはとうに知られていて、その上で悩む俺に対して、気にすることはないのだと親切にも教えてくださったのでは。
気にせず、想いを伝えてもいいのだと。
あの人のことだから、言わなければ一生涯伝わらないだろうことは想像に難くない。
ただ伝えたところで脈があるかどうかは別の話になるが……それに、想いを知られて離れられるくらいなら、補佐として側にいる方を選びたい気持ちの方が、実のところやや大きい。
意識されてしまい、仕事に差し支えて補佐を下されれば元も子もない。
どうすれば、と悩む俺の耳に、キングの口から「ただし」と不穏な言葉が届いた。
顔を上げれば、キングは中身の見えない笑みを深めていて。
「俺達も、あれを手放す気はないがな」
……どういうことだろうか。
たっぷり時間をかけて考えても、まったくもって言葉の真意がわからない。
恋人にも奥方にもせず、しかし手放さないとはどういうことか。
度重なる混乱で、訝しむ表情を隠せなかった。
「アカデミーの学生だった頃にな。いたんだ。エルザに告白するから、うまくいったらエルザとはもう仲良くするなと言う……馬鹿が」
最後に言われた言葉は、笑い混じりにも関わらず地の底から響いたような低く冷たい声音で、肌が残らず粟立ち、心臓の鼓動すらも止まったように錯覚するほどの静かな怒りだった。
「残らず黙らせてやったがな」
「そんなこともありましたね」
まるで楽しかった思い出を語るように、幼馴染二人は笑い合う。
黙らせてやったとは、心臓をではなかろうな……。
「まぁ、それでも良ければ好きなだけあれを口説き落としてくれ。俺達に邪魔するつもりはない」
にんまりとした余裕のある笑みには、『無駄なことだろうが』とありありと書いてあるように思えてならなかった。
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