28 補佐が夜に見たのは白昼夢か
よろしくお願いします。
焦りを悟られないように気をつけながら、人に囲まれている我が国のキングにそっと話しかけた。
「キング、申し訳ございません。少々よろしいですか」
「どうした」
「その……エルザ殿が」
「……だれか殴ったか?」
「……前科はありますが違います」
以前、酔っ払いに絡まれた女性を助けたエルザ殿が「ならお前でいいや」とふざけたことを言われて体を触られたことがあった。
ものの数秒で地に伏した男に女性達の鋭い視線が刺さっていたあの時のことを仰っているのだろうが、今は違う。
「そうか……」
心底安堵したキングの声に、これまでのさまざまな苦労が滲む。
「その……アルコールを飲んで眠られてしまって……」
「……なに?」
不思議そうに眉をひそめたキングをバルコニーに誘導すると、他にも二人、クイーンとジャックが付いてくるのがわかった。
バルコニーに備え付けのベンチにエルザ殿を寝かせておいたのだが、戻ってみればララさんがエルザ殿の頭を自らの膝の上に乗せて、その空色の髪を優しく梳いていた。
「悪いな、ララさん。重いだろう」
「いいえ、まったく」
気遣うキングに笑顔を返すララさんの視線がほんの一瞬こちらに合い、逸らされた。思わず首をかしげる。なんだか妙な視線だった。
「おい起きろ。何やってるんだお前は」
「……んぅ」
キングが手の甲で頰を叩いて声をかけると、エルザ殿はわずかに身じろいで薄眼を開けた。
「……ルゥ…」
「おう。立てるか? もうお前は先に帰って」
「……ルーファスっ!」
「うわっ!」
いきなりカッと目を見開いたエルザ殿はキングの首に抱きつき、その勢いでキングが尻餅をついた。
「ごめんなさああい! 私が悪かったわああ!」
「何がだっ! この酔っ払い!」
キングが痛みに顔を歪ませ怒鳴るがそれどころではない。
この人は何に謝罪を…?
まさか、あなたというものがありながら他の男と。などと叫びださないだろうな!?
刑の執行を待つ囚人のような気持ちでキングを窺い見るも、首を傾げている様子にこっそりと息をついた。
「何に対する謝罪でしょうね?」
クイーンも首を傾げている。
「さてな。心当たりが多すぎてわからん」
キングの声にはまたしても苦労が滲み出ている。
「ゼン! ノエル! ごめんねぇぇ」
キングから離れて今度はクイーンとジャックにしがみついて謝罪するエルザ殿に、全員で首をひねった。
「私達にもですか…どの件のことでしょうか」
「心当たりが増えただけだな」
「そういえば先日も書類の送り先を間違えていましたね」
「オーウェンさんが取り戻しに他国にまで行った時の?」
「それか、こいつが書類整理した後にオーウェンが整理し直してたやつか?」
「あっ、あの件では? オーウェン殿が」
「あの……」
たまらず口を挟んだ。
「私に謝罪がありませんので、仕事の件ではないのではないかと……」
場の空気がピシリと音を立てて固まり焦る。
じょ、冗談なんだけどな……。
「本当に申し訳ない、オーウェン殿……まさかここまで役に立たないとは私も予想しておらず」
「い、いえ、そんな役立たずとまでは……」
『ここまで』にものすごく力がこもっている。
「オーウェンさん疲れてない? 美味しいもの取ってきてあげるね」
「ありがとうございます、ジャック……お気持ちだけで……」
それより、そこで肩を震わせているあなたの兄上をどうにかしてください。
「こいつ、頭は悪くないのに妙に抜けてるからな」
「ええ、忘れもしませんよ……アカデミーの試験で解答欄をずらして0点になるところを、字が綺麗だという理由で点数をいただいていましたからね」
「ああ、字はお綺麗ですよね……」
未だ声に笑いの滲むキングが、眉間のシワを伸ばすクイーンにエルザ殿を託した。
「とにかくこいつを連れて先に帰ってろ。ララさんとオーウェンも一緒に帰ってくれて構わない。ノエルは俺と残れよ」
「仕方ありませんね、まったく……」
ため息をついたクイーンが、再び眠ってしまったエルザ殿を横抱きにして歩き出す。
「承知しました。先に失礼いたします」
挨拶すると、キングは笑顔を少し苦くした。
「ああ。……悪いな、補佐というより世話係になっているだろう」
「えっ、い、いえ、そのようなことは……」
真っ直ぐに視線が合って、思わず目を逸らしてしまった。
この人の大切にしている女性に懸想しているという事実が、先ほど浮上した心をひどく重くし、地につけた。
抱きつかれて自然に彼女の腰に添えられたキングの手や、なんの気負いなく彼女を抱きかかえたクイーンの姿が思い出される。
ダンスですら触れることに緊張する俺と違って、この人達は容易く彼女に触れられるのだ。
「もし負担があれば言ってくれて構わないが……エルザも君を気に入っているから、出来れば世話係は続けてもらえればこちらも助かる」
「は、はい。それは、もちろん……」
それでは失礼いたします、と頭を下げて逃げるようにその場を辞去した。
城の自室に戻るとハンガーにかけるのも面倒でコートをその辺に放り出した。
心身が力尽きてベッドにドサリと倒れこむ。
仰向けになり、自らの両手を見つめて長く息を吐いた。
時間が経ってしまえば、あの幸福な時間がまるで夢だったように感じていた。
俺の欲望が見せた、自分にとって都合の良い幸せな夢だったのでは、と。
「夜に見るのでも白昼夢って言うのか?」
おかしな独り言を言って寝てしまえば、翌朝には本当に夢だったのか現実だったのかがわからなくなった。
挿し入れたい番外編ができたので、少し更新に間が空いてしまいました。
準備できましたので、また更新再開していきます。
この後、数シーン後に挿入予定です。少しシリアスな話ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
ブックマーク、評価、感想等いただけたら嬉しいです。
ありがとうございました。




