表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/177

27

よろしくお願いします。

 ダンスで火照った体にバルコニーの夜風が心地よい。


「何か飲み物を取ってきます。大人しく待っていてください」


 敬語に戻ってしまったオーウェンを少し睨み、繋いだままの手にきゅっと力を込める。


「まるでアカデミーに入学したての子供に言うみたいだわ」

「入学する年齢の子なら大人しく待てると思いますが」

「……それよりも幼いと言いたいわけね」

「待てるなら少しはお姉さんですね」


 打てば響く答えが返る。繋いだ手はそのままに。

 親指でそっと繋がる手を撫でれば、更に力が込められた。


「……飲み物を取ってきます。他の男に見つからないように、大人しく待っていてください」


 熱のこもった声で囁かれる。

 オーウェンが踵を返して手が離れようとする寸前、縋るように離れる手を握った。


「そんなに心配なら、早く戻ってきて」


 自分の口からこぼれた言葉はひどく甘く、切なく響いて。

 握った手のひらが大きな手で覆われて熱くなり、見上げれば柔らかくほころぶオーウェンの笑みが私だけに向けられていた。


「はい。すぐに」


 吐息の混じる甘い声で言われて、手から熱が離れていった。

 大きな背を見えなくなるまで見つめて、長く息を吐いた。


 バルコニーの手すりに背中を預ける。

 冷たい手すりに背中がすぐに冷えても、体の熱は治りそうもない。


 ……我ながら単純だと自嘲する思いだ。

 それでも、ほんの一瞬この世界に味方などいないのではと不安になった時のあの温かさに、敵うわけがない。

 ……これが恋なのかしら。

 前世を合わせればゆうに五十年近くを生きている私だが、恥ずかしながら恋を自覚するのは初めてだ。二次元を除いて。

 いや、ここも二次元と言えなくもないのかもしれないけど。


 オーウェンも同じように思っていてくれているのかしらと考えると、少し不安になる。

 選択肢を選んでいれば誰でも恋が出来る乙女ゲームと違って、オーウェンには私の言葉や行動がそのまま伝わるのだ。

 私が伝えるものに、彼から好意を持たれるものなどあっただろうか。


 ……もしかしてダンスを踊っていい雰囲気になるくらい、普通なこと、だったりする?


 ふと周りを見渡せば、寄り添う男女が何組もバルコニーに出ていて判断がつかない。

 それでも私はあの熱っぽい視線を向けられたら、目の奥が沁みるように潤んで涙が溢れそうだった。

 思い出せば体は燃えるほど熱くなるのに離れた手のひらはひどく冷たく寂しい。

 私のことをオーウェンはどう思ってくれているのか、戻ってきたら聞いてみてもいいのかしら。


「……早く、戻ってこないかな」


 小さな呟きに返事をするかのように、こつりとヒールの音が響く。


 オーウェンのものではない足音にびくりと肩が跳ねた。

 顔を上げれば目に入るパステルグリーンのドレスは私が選んだものだ。


「……ララ?」


 眉尻を下げたララが、物言いたげにこちらをじっと見つめていた。


「一人でいるの? ルーファスは?」


 今日は未婚の男女が集められたお見合い舞踏会で、一人でいれば声をかけてくださいと言っているようなものだ。以前に参加した別の舞踏会では断る女性をしつこく誘う男がいて思わず止めに入ったことがある。

 だから今日はルーファスと一緒にいるように言ってあったはずなのに。


「どうしてもエルザさんとお話がしたくて、ルーファスさんに断って来ちゃいました」


 言葉は軽いのに纏う空気が重苦しくて、思わず駆け寄った。


「私でよければ何でも聞くわよ。どうしたの?」

「その……エルザさんって、好きな人は、いますか……?」


 唇を引き結び、こちらを見上げるララの頰がわずかに赤い。

 これは……もしや、恋バナというやつでは!?


「ララ、もしかして好きな人ができたの!?」


 周りに憚り小声ながらも興奮は抑えきれない。大好きなゲームのヒロインに恋の相談をされるなんて!


「やっぱり相手はルーファス? ぶっきらぼうだけど、意外と優しいところがあるでしょう? いいわよね、ルーファス! オススメするわ!」

「ええ!? ち、違います! ルーファスさんじゃありません!」

「えっ、そ、そうなの……」


 ……ごめんね、ルーファス。

 大事な幼馴染が本人の知らぬところで振られてしまった。


 でも、それなら最近一緒にいるのをよく見るゼンかしら。それとも親しく君付けで呼んでいるノエル?

 どっちも元プレイヤーとしても幼馴染としてもオススメなんだけど。

 あまり城から出ないから、ハッターさんやハンプティ、双子達は違うわよね。

 でも、ハートの国の方達の可能性はあるかも。

 ピクニックではアレクシス様が意味深にララを見つめていたし、レスターはララを可愛いと絶賛していた。ショーンは…あの子は仲良くなる過程が楽しいのだ。ぜひあの可愛いショーンを見てほしい。


「あ、あの、さっきダンスを踊ってらっしゃいましたよね……?」

「ダンス……ああっ!」


 レスターか!

 令嬢に声をかけられてためらっていたのを、私が背中を押したんだった。

 ああ、私のせいでララを不安にさせてしまったのね……責任を持って誤解を解かないと!


「あれは誘われて仕方なく付いて行っただけよ! 好きでも何でもない相手だから気にしなくて大丈夫!」


 曲はまだ続いているから、誘えばレスターと一緒に踊れるだろう。頼れるお兄さんだけど意外とヘタレなところが可愛いレスタールートも私は大好きだ。


「そうなんですか? 良かったぁ」


 不安げにしていたララにやっと笑顔が戻る。


 そうよね、好きな人が他の女の子といたら不安よね。わかるわぁ、私もさっきとても嫌な気持ちになったもの。

 ……私も相談してもいいかしら。ちょうどオーウェンの気持ちがわからなくて不安だったところだから。聞いてもらいたいな。


「あ、あのね、ララ。私も……」

「エルザさん」


 私の声に被せるように名前が呼ばれ、ララは真剣な眼差しで私の両手を握った。


「以前にも言いましたよね。エルザさんとお別れするのが寂しいって」

「え? ええ、そうね」


 白の国からの書簡が届いた時のことを思い出して首をひねる。急に話題が変わったな……?


「すぐに帰れないとわかってからは、家に帰れるのを楽しみに待つ気持ちと、エルザさんとお別れすることを寂しく思う気持ちの両方が心の中でぶつかって毎日苦しくて…でもエルザさんに会うととても楽しくて心が軽くなったんです。だからお仕事の邪魔だとわかっていても、毎日会いに行ってしまった私をあなたはいつも笑顔で出迎えてくれて、それが、とても嬉しくて……」


 確かにララは毎日会いに来てくれて、時間のあるときは一緒にいることが多かっ……なんだろう、今なにかひっかかったような……。

 私の手を握る力が強まり、ララの胸に引き寄せられた。自然と距離が近くなる。


「エルザさん。私はあなたが好きです」


 ララの声はまさに鈴を振るようなというのがぴったりなほど澄んだ声で、私の耳になんの引っ掛かりもなく届いた。

 だから、早く、言わないと。私もあなたが大好きよと。大好きな友達、なのだから。

 早く、早くと心は焦るのに口が全く働いてくれないのは、ララがこちらをまっすぐに見つめているからだ。


 この目が、ごまかすことを許してくれない。


 どうして忘れていたのだろう。

 いや、仕方ない。なにせもう二十四年も経っているのだ。


 この舞踏会は共通ルート最後のイベント。ここで踊るのは最も好感度の高い人物だ。

 先ほどララが言っていたじゃないか。

『エルザさんと踊りたかったです』と。


「……お返事はすぐにいただかなくて結構です。でももし、エルザさんも私と同じ気持ちを持ってくれるなら……私は元の世界に帰らなくてもいいとさえ思っています」


 ララは一息で言って頭を下げた。

 踵を返した姿に喉がチリチリと痛み、背中に冷や汗が伝った。


 この舞踏会から個別ルートに入り、好感度を上げてグッドエンドを目指すのがこのゲームのシステム、なのだけど。

 もしかして、まさか……?


 どうやら、ヒロインは私のルートを選択してしまったらしい。


「そ……そんなこと、ある……?」


 ララは攻略対象しか好きにならないと思っていた。

 でも、そんなはずがない。

 この世界は私達にとってまぎれもない現実で、選べないキャラなんていないのだ。


 今の状況って、幼馴染の彼女(予定)を横から奪っちゃった。みたいな感じになる、のかしらね……?


 どうしようと焦るほどに身体中から汗が吹き出し、喉がカラカラに渇いていく。


「エルザ殿、どうかされましたか?」


 やっと現れた待ち人は両手にそれぞれ違う綺麗な色の飲み物が入ったグラスを持って、こちらに向かって歩いてくる。

 私の様子がおかしいことに気付いたらしく、訝しげな瞳に心配の色を映して。

 ちょうどよかった。今、とても喉が渇いて……。


「どうし……あっ、おい!」


 私は片方の飲み物が入ったグラスを奪うように取ると、一気にそれを呷った。

 冷たい飲み物が喉を通って心地よいはずが、飲むほどに体が熱く火照り、眠気の混じる目眩に襲われる。

 ぐらりと体が揺れて、倒れる前に逞しい腕が支えてくれた。


 ああ、今日は星がとても綺麗。

 そう思いながら、私は意識を手放した。

やっとタイトルの回収ができました。

お付き合いくださる皆様のお陰です。

今回で、物語の折り返し地点……の少し手前辺りになります。良ければこれからも読んでいただけたら幸いです。

ブックマーク、評価、感想等いただけたら嬉しいです。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ