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25 補佐のプロローグ

よろしくお願いします。

 再び三者で円座を組んだ。

 苦い顔のダリア村に対し、アセビ村はむっつりと黙り込んでいる。先ほどエルザ殿に言われた言葉を考えているのかもしれない。


「まず、先ほどはダリア村の心情も考えずに失礼を申し上げましたこと、謝罪いたします」


 ダリア村の村人達に向かって深く頭を下げた。どことなく反発する空気を感じ、やはり謝罪では収まらなかっただろうと悟る。


「そして再びお願い申し上げたい。どうか町までの船を出していただけないでしょうか?」

「何度も言うがな。俺達に得のないことをする気はない」


 きっぱりとしたダリア村の言葉に力を得る。

 得がないというなら、得をさせてやればいいのだ。


「副業としてならいかがでしょうか?」

「……は?」


 思いがけない言葉だったのか、村を問わずその場にいた人達からざわめきが起こる。


「ここから町まで人を船で運ぶことに報酬を受け取ってはいかがかと」

「……俺達に金払えってのか?」


 先ほどとは打って変わって静かな調子になったアセビ村は声に苦さを滲ませる。

 しかしダリア村の返答も渋い。


「そもそもそんな人手はねぇよ」


 今度はこちらが言葉に詰まった。まさか人手が足りないとは考えていなかった。

 どうしようかと目まぐるしく頭を働かせて焦る俺を助けてくれたのは、ずっと後ろから見守ってくれていたジュノ様だった。


「わしのように若い者に後を任せて隠居しとる爺はおらんかな? 技術だけは若い者に負けんよって爺がどの村にもおるだろう?」

「……まぁ、いるにはいるが」


 ダリア村の答えを聞いて笑みを深めたジュノ様が俺に続きを笑顔で促す。

 心の中で感謝して言葉を続けた。


「それとお支払いの件ですが、それはアセビ村から出していただく必要はありません。医者の手配が遅れたのはこちらの不手際ですから、城の予算から出していただけるようキングに私から進言します」


 俺の報告に同意見だと言っていたから、これくらいは勝手に決めても文句は言われないはずだ。

 立ち上がり、ダリア村の村人達に心から頭を下げた。


「どうか、ダリア村の皆さんのお力を貸していただきたい。ご一考いただけないでしょうか?」


 場が静まり返り、恐ろしく長い時間が流れる。やはりダメかと拳を握りしめたその時「爺ぃが稼いでくれるなら無駄がなくていいな」と誰かが言った。

 顔を上げると面白そうに笑いながらダリア村の村人達がこちらを見つめている。


「それでは……」

「ああ。払いはしっかり頼むぜ? にいさん」


 ニヤリと笑う村人に、心が沸き立った。


「ありがとうございます!」


 その後、双方の村で話し合いを重ね、患者の状態を考慮して、数日後には早速創業することが決まった。




「それじゃあ、病院に行く時ぁ、ガキ連れてうちの村まで来てくれ。送ってってやるからよ」


 ダリア村の村人が、エルザ殿を殴ったアセビ村の大男の肩を軽く叩く。

 大男は顔を歪めながら「恩に着る…」と頭を下げた。

 無理矢理謝らせていればこうはいかなかっただろう。ほっと息をついた。


 その時だ。


 バシバシと不穏な音が響き、村人達の顔色が変わる。

 何事かと周りを見回していた俺の視界に、倒れてくる木が映った。男が手を回して両手が届くほどの太さの木だと緩慢に考えた。それが目前に迫っている。


 ああ、これは。

 死んだ。


 恐ろしいほどにのんびりと、そう思った。

 しかし木の色だけの視界は瞬時に清々しい空色に変わる。


 慌てた様子もなく俺の前に立ったエルザ殿は、片手で木の幹を押さえていた。

 言葉をなくし腰が抜けた男達をゆっくりと見下ろすと「申し訳ないのですが、重いので場所を空けていただけると…」と心底済まなそうに眉尻を下げて微笑んだ。




 空いた場所に木を流れるように落とすと、ドスンという低い音と地響きが起こった。

 ふぅと息を吐き、手首を回しているエルザ殿をその場にいる男達が呆然と見つめている。

 あんな、片手で持てるようなものだったか……?


「皆様、お怪我はありませ……えっ、どうかなさいました?」


 俺達の視線に気付いたエルザ殿が心底不思議そうに首を傾げる。

 後ろで彼女の部下達が堪えきれず吹き出す音が聞こえた。




「ち、違います! 力で押さえたのではなくて、風の魔法で抵抗して軽くしたんです! 馬鹿力じゃありません!」


 その後、必死に言い訳するエルザ殿に彼女の部下達は大爆笑だった。

 その笑いが周りに伝染していく。気付けば俺も笑っていた。


 凛々しいかと思えば可愛らしく、頼もしくもあれば面白い。こんな女性は初めてだった。




「ジュノ様、補佐様。お疲れ様でございました」


 無事に城に着き、馬車から降りると、すっかり気を取り直したエルザ殿が微笑んでいた。


「うん、ありがとうね、エルザ。ちゃんと頬は冷やすんだよ」

「ええ。おじいちゃんこそ、腰はちゃんとマッサージしないと明日辛いわよ」


 そっとジュノ様の腰に手を添えて言うと、エルザ殿が「あっ、まずい」と小声で漏らした。

 そして「それでは私はこれで失礼いたします」と慌てて言い、小走りに去っていってしまった。


 どうしたのだろうと疑問に思い、助けていただいた礼を伝えてないことに気が付いてジュノ様に断って後を追いかけた。

 もう少し彼女と話をしたいという下心もあった。

 しかし中庭をしばらく進んでも彼女は見つからない。




「なんだよ。この傷」


 どこかで道が分かれていたのかと戻ろうとした時、声が聞こえた。口調は違うがこの声は……。


「大した怪我ではございませんから、キングに気遣っていただくほどのことでは」

「やめろよその口調。喧嘩したのはゼンとだろ。俺関係ねぇし」

「……そうだったわね」


 思わず物陰に身を潜めて覗き込めば、予想通りキングとエルザ殿がいた。

 キングの手のひらはエルザ殿の腫れた頬に添えられている。


「……ったく、これ跡残んないだろうな」

「大丈夫でしょう。明日にはすっかり引いてるわ。あなたと喧嘩した時の方がよっぽどひどかったわよ」

「俺だけが悪いように言うなよ。あの時は俺だってしばらく痣だらけになってたんだぞ」


 人目をはばかるためか小声で身を寄せ合い話す二人の纏う空気は濃厚で、完成されていた。

 喧嘩しているような言葉の応酬ながら、声の調子は軽く、時々笑いが漏れる。


 ああ、良かったと、そう思った。

 芽生えたこの気持ちが育つ前で。

 今ならまだ憧れで済ませられる程度のものだ。

 あの二人の間に割って入るなど、考えることすら愚かしい。


「そういえば補佐のあいつ、どうだった?」


 補佐という言葉にびくりと肩が跳ねた。


「ああ……」


 心臓が痛いほど脈打つ。


「素敵な人ね。ちょっと真面目すぎるけど」

「そうか。お前がそう言うなら進めるかな。5にする話」

「無理に進めたら可哀想よ。嫌がってたらやめてあげて」

「そこはまぁ説得すれば。それに、なんで俺がって顔はしてたが嫌がってはなかったぞ」


 バレていたのかと少し可笑しく思った。


「それならいいけど……そろそろ執務室に着いてる頃じゃない? 早く行ってあげなさいよ」

「そうだな。それ、ちゃんと冷やせよ。夜に見に行くから」

「はいはい、それじゃあね」


 コツコツと歩く音が近付いて焦る。ここを曲がれば俺の姿は丸見えだ。

 角から覗いたのは赤ではなく空色だった。


 俺の姿に一瞬目を見開いた彼女だったが、そっと後ろを伺うと唇に人差し指を当て、イタズラっぽく微笑んだ。

 そのまま去っていく後ろ姿に腰が抜ける。


 とんでもない人だと、思った。




「報告は以上です」


 あの後大急ぎでキングの執務室に向かえば、何事もなかったようにキングは椅子に座り、俺を出迎えた。


「そうか。まぁ船賃に関しては問題ない。上手くやってくれて助かったよ」

「ありがとうございます」

「で、だ」


 ぐいと前のめりになりながらキングは「5に就く件は考えてくれたかな?」と期待のこもった眼差しで聞いてきた。

 嫌だと言ってもさせる気なくせにと少し可笑しく思う。

 しかし落ち着いて考えてみれば、答えはすでに出ていた。


「はい。精一杯務めさせていただきたく存じます」


 あの人はいずれきっとただの部隊長ではなくなるだろう。

 それなら俺も、彼女と同じ場所に立ちたい。




 そういえば彼女は言っていたなと思い出した。


『位持ちにならないならキングとクイーンのことを名前で呼ぶのも気安く話すのも禁止するって言われて喧嘩中なんです』


「……護衛のエルザ殿と、キングやクイーンは親しくていらっしゃるんですね。名前でお呼びになられてましたよ」


 にっこり笑ってそう言えば、キングが吹き出した口元を隠し、側に控えていたクイーンがこっそりとガッツポーズしていた。

 逃げ場をなくした彼女を精々追い立ててほしい。


「いい拾い物をしたもんだ」


 俺の意図に気付いたらしいキングがニヤリと笑ってそう言った。




 そのわずかひと月後、ジュノ様は退位を宣言し、俺はスペードの5を継いだ。

 ごねにごねられ長らく空席だった10が決まるのは、それからなんと一年も後になる。

ありがとうございました。

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