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23 補佐のプロローグ

よろしくお願いします。

「おはよう、オーウェン殿。今日はよろしく頼むね」


 のそりと登場したジュノ様にこちらも挨拶を返していると、女性の声がかかった。


「おはようございます、ジュノ様。本日はクイーン直属第二部隊が護衛を務めます。よろしくお願い致します」


 ハリのある落ち着いた声だ。その髪のように晴れ晴れとした青空のような澄んだ声でもある。騎士の礼を執り一息に言った彼女にジュノ様は眉根を寄せた。


「ふん。知らんぞ私は。第二部隊長のエルザ殿なんぞ、これっぽっちも知らん」


 知っているのでは……?

 怒っているというより拗ねた表情のジュノ様に訝しんで、思わず女性と目を見合わせた。

 俺の視線に気付いた彼女は困ったように眉尻を下げて肩をすくめる。


「もう、おじいちゃんったら。補佐様の前なんだから格好つけさせてよ」

「……お孫様でいらっしゃいますか?」


 全く似ていない二人を思わず見比べると女性は手を横に振り「違うんです」と否定した。


「ジュノ様のお孫様がアカデミーからの私の友人なんです。それで幼い頃から可愛がっていただいていて」

「そうだよ。昔からこの子達は本当に可愛くて可愛くて仕方なかったのに、ルー坊もゼン坊も最近では絶対におじいちゃんなどと呼ばなくなって。寂しいものよなぁ」

「……それ絶対にあの二人の前で言っちゃだめよ」


 やれやれと首を振り嘆くジュノ様にかかる女性の声が苦い。

 そんな彼女にもジュノ様は「ノエ坊は変わらず今も可愛い」とあっけらかんと言っている。

 昔をよく知られている「おじいちゃん」に辟易しているキングとクイーンの姿を想像すると少し可笑しかった。


「すみません、お恥ずかしいところを」


 拗ねる老人を微笑ましく見ていると、女性が申し訳なさそうに話しかけてきて慌てた。


「いえ、とんでもない!」

「本日護衛を務めます、第二部隊長のエルザと申します。よろしくお願い致します、補佐様」


 差し伸べられた手を握るのに一瞬躊躇した。なにせあの巧みな魔法を操る手だ。手汗は大丈夫か。


「そうだ、エルザ。お前さんはまだルー坊と結婚しないのかい?」


 手を握る寸前にかかった声に思わず手を引いた。


「もう。そんなんじゃないって言ってるでしょ。私は結婚なんてしません」

「まったく。孫と同じことを言いよるのだから」


 嘆きながらこちらを見たジュノ様は良いものを見つけたとばかりに目を輝かせた。


「オーウェン殿には決まった人はおるのかな? うちの孫はなかなか見目も良いし気立ての良い子だよ。君の嫁にどうかな?」


 唐突すぎないか!?


「いえ、私はまだ結婚は……」

「一度な、会ってみるだけでも」

「いえ、その……」


 一度だけ! と拝まれて困っているとエルザ殿が助け船を出してくれた。


「そうですね、ミアが好きそうな方だわ」


 助け船じゃなかった。

 くすくすと笑うエルザ殿に少し恨みのこもった目を向けてしまう。


「聞き流してください。おじいちゃんったら若い男性を見るとすぐに孫を売り込むんです」


 興味があれば別ですがと言い添えて、やってきた馬車にジュノ様を促した。


「エルザ、お前さんもこちらにおいで」


 馬車の中で手招きするジュノ様にエルザ殿はにっこり笑って「護衛だって言ってるでしょ。補佐様、よろしくお願いしますね」と無情にも扉を閉めた。


「まったく。孫の成長とは喜ばしいことであり寂しくもあるのだから。オーウェン殿の御祖父母はご健勝かな?」


 馬車の中の話題は俺の祖父母の話から巧みに若い人の結婚に変わり、揺れる馬車の中でお孫様を売り込まれ続ける羽目になった。




「ジュノ様」


 孫の話題を楽しげに話すジュノ様に馬車の外から緊迫した声がかかった。


「……なんだい?」


 先ほど話していた時よりもトーンの落とした低い声でジュノ様が応じる。


「もうじきに村に着くあたりなのですが、該当の村人と思われる男達が予定のない伐採を行っております。止めても?」

「止めなさい。手荒にはせずにね」


 返事なく馬が遠ざかる音だけがする。

 どうやら穏やかにはいかなさそうな雰囲気に、気を引き締めた。




「今更何しに来やがった!」


 男の怒号に慌てて馬車を降りると、エルザ殿が頭一つ分も背の高い大柄な男と対峙していた。


「伺うのが遅れたことは謝罪いたします。ですが、来たからには話し合いを」

「話し合いはとっくに決裂してる! 今更城の人間が間に入ってどうなるってんだ!」


 男の周りでは同じく屈強な村人達がエルザ殿を睨んでいる。間に入ろうとする俺の腕をジュノ様が止めた。


「今は興奮しているから待ちなさい。落ち着かせる方法があるというなら別だがね」


 先ほどとはまるで別人のような声音のジュノ様に反発しそうになるのを堪える。

 しかし男たちは木を切るために大きな伐採用の斧を片手に下げているのだ。

 あんなものを振り下ろされては、いくらジャックの候補だったとはいえ大怪我は免れない。


「ダリア村の方からも話し合いに応じるとの返事をいただいております。必ず双方の納得のいく提案もさせていただきますから、どうか落ち着いて話し合いをさせてください」


 懇々と宥めるエルザ殿だが相手の男の苛立ちは治まらないようで、とうとう片手の斧を地面に放り出し、拳を握ってエルザ殿ににじり寄った。


「いいからすっこんでろ!」


 危ないと思った時には遅かった。ジュノ様の腕を振り切り駆け出したが、当然男の拳のほうが速い。鈍い音がして男が「あっ……」と気まずげな声を漏らした。


 しかし当の殴られた本人は男の拳を受けても一歩もよろめかずに、まっすぐ男を見据えていた。


「遅くなったことは如何様にも謝罪いたします。どうかお心を鎮めて、話を聞いていただけませんか」


 そう言って頭を下げたエルザ殿に男は舌打ちして、ドカッとその場に座り込んだ。


「……俺はここから一歩も動かねぇぞ」

「構いません。ご協力に感謝いたします」


 踵を返したエルザ殿がまっすぐにジュノ様の元に駆けてくる。


「お待たせいたしました。よろしくお願い致します」

「……うん」


 ちらりとエルザ殿を見ながら、ジュノ様は男達の元へと歩き出した。


「補佐様も」

「そ、それより手当を……!」


 赤くなった頬に血の気が引く。女性が殴られるところを見たのは初めてだ。


「問題ありません。このくらいよくありますから」


 いたって普通な様子のエルザ殿だが、俺が食い下がるからか、わざとらしい明るい調子で続けた。


「本当にこのくらい大したことないんですよ。ルーファスと喧嘩した時なんて全身痣だらけになったこともありますし、ゼンなんて自業自得ですって治療させてくれなくて……あっ」


 言葉の途中でエルザ殿は両手で口を塞ぎ、周りをキョロキョロと焦った様子で見回し始めた。

 訝しんでいると慌てた様子で口元に手を当てて、小声で「い、今のは内緒にしてくださいませ」と言ってきた。


「はい?」

「クイーンにね、位持ちにならないならキングとクイーンのことを名前で呼ぶのも気安く話すのも禁止するって言われて喧嘩中なんです」

「そうなんですか」

「ええ。意地の張り合いですわ」


 先ほどは焦っていたのに一転してプリプリと怒りながら言うエルザ殿が可笑しくて、吹き出してしまった。


「ああっ、笑いましたね!? ゼンは本当に手強いんですから、少しの油断も出来な……あっ」


 またしても名前を呼び捨ててしまい慌てるエルザ殿に笑いが堪えきれない。笑い続ける俺に拗ねた表情のエルザ殿がそっぽ向いてしまったが、どうにも止まらなかった。


 先ほどはどうしてこの人を冷然などと感じたのだろう。

 こちらを睨む瞳ですら、まるで春の青空を映す小川のような清らかな温かみを備えているのに。


「もう! ほら、村人達がお待ちですよ。さっさと行く!」


 背中をバシッと叩かれて痛い。痛みに唸る俺を見たエルザ殿が仕返しだとばかりに笑っていて。

 なんと可愛らしい、素敵な人だろうかと思った。

ありがとうございました。

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