22 補佐のプロローグ
よろしくお願いします。
城の廊下を歩いていると、一人の侍女に声をかけられた。
以前男に絡まれていたところをエルザ殿に助けられて以来、よく話すようになった侍女だ。
エルザ殿に憧れている彼女はクールな質なのか話していても落ち着いた印象だったが、今日はいささか興奮した様子で「今度の舞踏会で、エルザ様がエメラルドのネックレスを着けて行かれるんですよ」と耳打ちしてきた。
それを聞いた俺は「あの方ならエメラルドは当然ですが、ガーネットやサファイアもよくお似合いになるでしょうね」と答えた。
答えを聞いた侍女の何とも言えない表情をその時は不思議に思ったが、いざ舞踏会で目にしてみればひどく狼狽した。
顔や腕は日焼けしているものの、普段は隠されている白い首筋から胸元までを昂然と輝くエメラルドが飾っている。
瞬時にあの方の知り合いに該当する人を探したが、一人しか思い当たらずにまた内心慌てた。
しかしそれと同時に頭を振った。今までの経験から、あの人のことはそれなりにわかっているつもりだ。そんな可愛らしいことを考えるものか。
そうして頭の隅に動揺を追いやって、いつも通り離れていた。
あの方の近くにはいつもキングやクイーンがぴったりと付いていたし、たまには他国の方とも親しげに微笑みあっているのを見ていた。今もハートのクイーンと親しげに顔を寄せ合い、笑みを浮かべていてホッと安堵する。
先日の取り乱した様子には驚き、心配もしたが、人に話して気持ちが落ち着いたのか翌日からはいつも通りの彼女に戻っていた。
余裕ある笑顔も楽しげな笑顔も、あの人のそれはいつも暖かい気持ちにさせてくれる。
ぼうっと彼女を眺めていたらワルツが流れ出して一人の令嬢に声をかけられた。
それはダンスの申し込みだったが、受けることに躊躇していたらお話だけでもと気を利かせてくれた。話していても穏やかな女性で、自然と会話も弾んだ。
いずれ俺も相手を見つけて結婚するのだろうと漠然と考えてはいるが、今はどうしてもその気になれない。まだ仕事が落ち着かないことを理由に遠ざけているが、キングが成婚されればそのまま位持ち達は次々に結婚していくだろう。今までがそうだったし、俺もそのつもりだ。
あの方の幸せを見届ければ――。
ふと顔を上げるとエルザ殿がこちらをじっと見つめていて驚いた。
なぜ一人で? それもよりにもよって今日のこの舞踏会で。
今日の舞踏会は婚約者のいない未婚の男女が集められている。
普段よりも異性に声をかけやすい環境だ。だから女性も積極的に声をかけてきている。
混乱する頭を正気に戻したのは彼女の後ろに迫る見知らぬ男だ。彼女のむき出しの肌を品定めするように見つめていて頭が沸騰したように熱くなった。
令嬢に断り急ぎ足で近づくと、エルザ殿が今にも泣き出しそうな表情をしていることに気が付いた。
いったい何が、と中央に目を向ければそこには精悍な顔付きの我が国のキングと客人が手を取り踊っている。
そういうことかと舌打ちしそうになった。彼女とて彼らの間に何もないことは知っているだろうに、それでも抑えることの出来ない気持ちというのはよくわかる。……他ならぬこの人のお陰で。
見知らぬ男の手が彼女の肌に触れる寸前、ぐいと抱き寄せると同時に男を睨みつけた。
この人は、お前が触れていい人ではない。
※
「私を5の補佐に、ですか?」
突然の呼び出しに些か怯えていた俺は、初めて拝謁したキングにオウム返しに言った。
「ああ、この書類は君が作成したものだとクイーンから聞いている。他と比べて現地の様子もよくわかるし、最後に追記された君の考えには私も同意見だ。これを踏まえてこちらの問題は5に任せることで調整しているのだが、君にはそのまま彼の補佐についてもらいたいと考えている。どうかな?」
どうかなと言われても、というのが正直な感想だった。
キングが代替わりすればクイーン、ジャックと次々にキングからの信頼も厚い方に代替わりするのはどの国も共通のことで、継ぐ前には前任者の補佐に就くことがほとんどだ。
つまりこの若いキングは、俺を次の5にすると言っている、らしい。
スペードの国の出身ではない上に会話したこともない、ただの一事務官の俺をだ。
「そちらに関しましては偶然近くを通る用がありましたので、現地の村人に意見を聞くことが出来たにすぎません。その都度現地に赴くことは現実的ではありませんので、その他の書類は推測で報告したものがほとんどでございますが……」
「確かにその通りだ。ただ君は以前にも別の案件を任された際には侍従や一般兵に現地出身の者がいないか、兵舎を走り回っていたそうじゃないか。先代のキングから折を見て手懐……気を配っておけと言われていてな。それで声をかけた」
思わず言葉に詰まった。
その頃は、故郷から逃げるようにこちらに移ってきたばかりで、これまでの努力を取り戻さなければと奮起していた時期だった。躍起になっていたといってもいい。
それゆえの青臭い行動だったと反省していたのに、よりにもよって先代のキングに見られていたとは。
というか、手懐けてと言いかけたか?
「まぁ、とにかくだ。この問題に最も詳しいのは君だからな。これに関しては5のジュノに従ってもらいたい。補佐の話はまた戻ってから話そうか」
なおも食い下がろうとするも、キングの有無を言わせぬ締めくくりで部屋から追い出された。
当代スペードの5のジュノ様はいかにもな好々爺で、笑うと長い眉で目が見えなくなるような愛嬌のある方だった。
「娘がねぇ、いつまでもお城の厄介になってないで一緒に住もうと言ってくれてるんだよ」
その口調とジュノ様の表情から、口うるさいものの人当たりの良い小母さんの姿が浮かぶ。
「それは良うございますね」と答えれば弧を描く唇が髭で隠れた。
見た目通りの穏やかで優しそうな方で安心した。
しかし補佐といえば長年その人の下で働いてきた方がすることで、こんな急ごしらえの補佐があるものかと疑問に思う。ジュノ様にもいずれ自分の後を継がせたいと思う者もいたのではないか。
優しげな空気に後押しされてそっと疑問を投げかけてみれば、鷹揚に頷いたジュノ様が説明してくださった。
「それがねぇ、私はもうのぉんびりとやっとったもんだから、補佐に誰を据えるかなんぞまったく考えておらんかったんでな。キングに相談したらお主を紹介してもらったというわけだよ」
これで一安心だと頷いているジュノ様に、のんびりとしていて5が務まるのか? と新しい疑問が増えただけだった。
問題の村へ向かう当日、広場で待機していたら、同僚で今日も帯同する予定のリドが興奮した様子で駆け寄ってきた。
「なぁ、聞いたか!? 今日の護衛にあのエルザがいるらしいぞ!」
「エルザって?」
「お前、とぼけんなよ! あのエルザだ! ノエル様とジャックを競った!」
リドの言葉に一人の女性の姿が浮かんだ。
「ああ、あの魔法の使い方が上手かった人か!」
「……お前、ほんと魔法バカだな……そこじゃねぇだろ見るとこは」
リドは呆れているがとんでもない。
ほんの数日前のことだ。
キング主催の元、キングの弟のノエル様と、幼馴染の女性でジャックの位を決める試合が執り行われた。
ジャックの位はこの国最高の騎士の証だ。当然野次馬が集まり、俺はかなり遠くから観戦することになった。
ノエル様は魔法を使えないからか、女性は魔法を主体にノエル様と対峙していた。
風で動きを制限し、相手には向かい風を自分には追い風を起こすなんと繊細な魔法の使い分けか。
更に風に水を含ませて暴風雨の最中にいるような使い方には身震いした。
俺は生まれつき火風闇の三属性を持っているが、とても剣を振り回しながら複数の属性を同時に発動させるなどできない。火をどう使うかを考えながら剣を振り、風をどう起こすかを考えながら相手の剣を避けるなど、出来の悪い操り人形のようになってしまう。
これがこの国の最高峰の魔法の使い手かと感動したのだが、まさかその方が護衛してくださるとは!
「わかったわかった! お前ほんと興奮するとうるさい!」
「わかってないだろ! あれだけ緻密に魔法を発動させることがどれだけ難し……いだっ」
「黙れ、この魔法オタク。ったく、だから見るとこちげぇって」
「……どこだよ、見るとこって」
殴られた側頭部をさすりながらリドを睨む。どうしてあの高等技術がわからないんだ。
「男なら見るとこは一つだろ! あの顔! 剣を振って引き締まった体つき!」
「二つあるぞ」
「ジャックなら高嶺の花だけど、部隊長なら俺でもチャンスあるかも!? ちょっと声かけてくるわ!」
今にも走り出しそうなリドの襟首を掴む。
「やめとけって。キングとクイーンの幼馴染だろ? 相手にされるわけない」
と言った時にはすでにリドはジャケットを脱ぎ捨てて投げられた枝を追う犬のごとく速度で走り去ったあとだった。
彼女を見てみれば確かに目鼻立ちの整ったかなりの美人だが、部下に指示を出すアイスブルーの瞳は冷然としていて、どうせ手酷く振られて帰ってくるだろうと思われた。慰める準備をしておくか。
しかし、予想に反してリドはなかなか戻らなかった。
視線を向けてみれば、なかなか話が弾んでいるようで時々同時に笑い出す様子が見える。リドは話が上手く、人見知りとは無縁の男だから当然かもしれないが、キングとクイーンが大切にしている幼馴染を横から掻っ攫うことになっては問題だ。後で釘を刺しておこう。
ありがとうございました。
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