20 ある侍女の恋の顛末
よろしくお願いします。
翌日、またしても幸運の女神は私に嫣然と微笑みかけてくれたらしい。
「こ、こんにちは、オーウェン様。昨日は助けていただいて、本当にありがとうございました」
この広い城で幸運にも書類を抱えたオーウェン様とすれ違い、思わず声をかけてしまった。
「いいえ、お気になさらず。帰りは問題なく帰れましたか?」
「……教えていただいた言葉がさっそく役に立ちました」
実は帰りも浮かれた男どもに絡まれ、早々に教えていただいた文言を使ったのだ。
「お役に立てて良かった」と優しく微笑まれ、顔が熱くなる。
ふと声がしてオーウェン様は窓の外を見下ろすとそこにある空色を確認し、一瞬すぎてわからないほどの一瞬顔をしかめて、何事かを極めて小声で呟いた。
聞き間違えでなければ、「あんの女……」と言ったように聞こえたが、この優しいオーウェン様がそのような粗暴な言葉を憎々しげに呟くわけがない。
「所用が出来ましたので失礼しますね」
ほら、やはりいつも通りの優しげな笑顔でたかが侍女である私にも丁寧に礼をすると、足早に立ち去ろうとする。
「あ、あのっ……!」
その背中を思わず引き止めてしまった。
振り返って続きを無言で促す彼の表情には少し後悔してしまったが、それでもこの機会を逃すわけにはいかない。明日会えるとも限らないし、明後日には私の存在すら忘れられているかもしれないからだ。
この少ない時間でほんの少しでも自分の印象を彼の中に残さなければ。
「オ、オーウェン様は、恋人はいらっしゃるんでしょうか……?」
このような質問はあなたに好意がありますとの主張に他ならないだろう。
全身が燃えるように熱くなり手のひらには汗がにじむが、なんの売りもないただの侍女にはこれが精いっぱいだ。
しかしそんな精いっぱいの質問など、目の前の魅力溢れる男性にとっては聞かれ慣れた質問だったらしい。まるで決まり文句のような言葉が返ってきた。
「今の恋人は仕事ですね。人の恋人は作る時間も気もありません」
「あっ、そ、そうですよね……お引き止めして申し訳ございませんでした……」
深く頭を下げれば優しげな声で「お気になさらず」と返ってくる。
頭を上げた時にはすでにオーウェン様はどこにもおらず、ふと窓の外を覗けばくすんだ緑の男性が空色の女性に近付き、その手を取って歩き出すのが見えた。どことなく連行に見えた気もするが、あのオーウェン様のことだから完璧な所作でエスコートするに違いない。
見事玉砕したことを侍女達に報告すれば、賞賛と拍手に包まれた。
「頑張った!」
「その勇気に乾杯!」
などと人の傷口にべったりと塩を塗り込んでくる。
一人の先輩侍女からは「あんた馬鹿だねぇ」と呆れ調子に言われて、不本意にもそうそうこの反応が欲しかったのよと思ってしまった。
「悶々とするよりすっきりしたからいいの!」
「まぁねぇ。諦めた方が賢いと思うわよ、あたしは」
「……やっぱり、諦めなきゃだめよね」
飲んでいたお茶をそっと戻すと同時に呟くと、騒いでいた侍女達までがシンと静まり、なんとも言えない表情をしている。
そんな中、馬鹿だと言ってくれた先輩侍女だけは肩を強く叩き「よしわかった。いいこと教えてあげるよ」と言った。
「いいこと?」
「うん。いい? オーウェン様攻略のカギは、エルザ様よ」
さらに翌日、女神がフルタイムで見守っていてくれているのではないかと錯覚するほどの幸運でオーウェン様と会うことが出来た。
声をかければ、さすがに少し気まずい笑顔が返ってくる。二、三言会話を交わすとオーウェン様が立ち去ろうとしてしまったので、思わずその背中に昨晩先輩侍女から教わった言葉を投げつけていた。
「先日、助けてくださった時のエルザ様は本当に素敵でしたね……?」
途端、バッと振り返るオーウェン様の表情ったらもう。これでもかと瞳を輝かせ、鼻息は荒く、頬ははっきりと上気している。
その直後、幸運の女神は最初から見守ってくれてなどいなかったのだと知った。
「お分かりになりましたか!? そうなんです! あの方は本当に強くて綺麗で素敵なんですよ!」
「は、はぁ……」
「あなたを見つけられたのもエルザ殿です! あの方はあなたに気付くや否や一も二もなく迷わずに駆け寄り、相手の気分を害することなく笑顔と言葉だけで場を収められてしまうのだから本当に素晴らしい! あなたも間近で見られたのだから当然お分かりですよね!?」
「あっ、は、はい!」
「かくいう私もあの方に命を救われたことがあるのですが、あの時の風の魔法を操るエルザ殿の背中は細いながらも頼もしく振り返り太陽を背にした姿からは神々しさまで感じられまして」
その後も延々と続くエルザ様素敵話に、私は先輩侍女をひどく恨んだ。
攻略したところで勝ち目なんてあるものか。
どうやら私はあの日からずっとついてなどいなかったらしい。
あれから半年が経つが、オーウェン様は今や廊下で会えばすぐさま駆け寄ってきてエルザ様のお話を延々としてくださる。ありがたい話である。
たまに他の侍女とも話されているのを見かけるが、その侍女もまたエルザ様フリークだ。そして私もそう思われているらしい。エルザ様は確かに素敵な方だと思うが、あれの仲間と思われるのは些か不本意だ。
宝飾品の保管室でエルザ様とララさんに合いそうなものをいくつか見繕いながらそっと嘆いた。
いかんいかん、仕事中だったと気を引き締め直し、宝飾品を選ぶ。
首飾りに腕輪。耳にも必要だ。
次々と引き出しを開けていると、一つの大振りなネックレスが目に入った。親指の爪よりも大きなエメラルドの周りを小ぶりのダイヤが上品に囲い、レース編みのようなチェーンにもダイヤとエメラルドが飾り付けられている。
それをそっと手に取り、見繕った他の宝飾品と共に箱にしまい込んだ。意趣返し、というわけではない。どちらかといえばララさんのドレスに合いそうなデザインのこれを、あの人がどう扱うのかが見たかった。
部屋に戻ってみればぐったりとソファにもたれかかるエルザ様が私に気付き、力なく手を振っていた。
「お飲み物をお持ちしましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。……それより、いいものはあった?」
もはや私が持ち出した宝飾品に合ったドレスを選ばせるが早いと判断したらしいエルザ様に急かされ、やや慌ててジュエリーボックスを開く。エルザ様はいくつかある宝飾品の中から一つに目を止め、そっと取り上げた。
私が言い訳しつつ選んだエメラルドのネックレスを真正面からじっと見つめるエルザ様は疲れの浮かんでいた顔をふわりと和らげると、照れの混じる、しかし優しげな笑みを浮かべていて。
こんなものを見せられては、失恋の悲しみなど毛ほどもなくなってしまった。
オーウェン様ったら、すごい。
「そちらを一度試してみられますか?」
「そう、ね。お願いするわ」
ソファの後ろに回り、そっとネックレスを着けて差し上げると、エルザ様は優しく指でエメラルドを撫でて、また何かを思い出したように柔らかく微笑む。
「とてもお似合いです」とお決まりのフレーズに心を込めて伝えると、振り返った空色の瞳の輝きに思わずカァッと顔が熱くなった。
「ありがとう! これに合わせて選んでもらうわね。他はお願いしてもいい?」
返事をする声が上擦ってしまったが、エルザ様は気にせず小走りに青い海の真っ只中のララさんの元へ弾むように歩いて行った。
その姿を見送り、誰にも気づかれぬようこっそりと込み上がる笑いをかみ殺した。
次に廊下で捕まったら今日のことをお話して差し上げようか。きっとあのネックレスのように瞳を輝かせて聞いてくださるだろう。
そして私も、いつものおざなりなものよりはいくらか良い相槌が打てそうな予感がするのだ。
番外編のようで本編。エルザ以外の視点の話を書くのも楽しいです。
ありがとうございました。
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