19 ある侍女の恋の顛末
よろしくお願いします。
本当についてない。
せっかくの休日だから城下のお祭りを楽しもうと出てきたというのに。
「ねぇねぇ、キミ地元の子でしょ? 俺達ここらは初めてなんだよ。案内してよ」
まったくもってついてない。
軽薄な話し口調と雰囲気で執拗に話しかける二人の男達を見て、そう思った。
お茶会シーズンは白の国で大きなお祭りが開催されるが、それに便乗してスペードの国でも軽くお祭り騒ぎになる。
このお祭り期間が男女の出会いの場になっていることは知っていたし、自分の年を考えてそろそろ相手を探さなければならないこともわかっているが、この人達はないなとはっきり断言する。
しかし腕を掴まれてしまっている今の状況で、ただの侍女の私には声を上げることしかできない。
「やめてください! 離してってば!」
これだけはっきりと拒絶を露わにしているというのに男達は「まぁまぁ」や「いいじゃん別に」となだめすかしてきて、あまりの言葉の通じなさに泣きたくなってきた。
周りを見てもお祭りの喧騒で気付いてくれる人はおらず、気付いても痴話喧嘩とでも思われているのか誰も助けてなどくれない。
いつまでもごねる私に苛立ったのか、腕を掴まれる力が強くなり、とうとう痛みに涙が滲んだ。
「いいから付き合えって……!」
「……まったくもう。女の子に対してなんて雑な誘い方なのかしらね」
キッパリとしたハリのある女性の声がしたかと思えば、私と男達の間に空色の髪の女性が割って入っている。
いつの間にか男の手から解放されていて、くすんだ緑の髪の男性が私を男達から離れたところに誘導してくれた。
「お怪我はありませんか?」
丁寧な口調で話しかけられ、助けられたのだとわかって慌ててしまう。
「は、はい。あの……」
おまけによくよく男性を見てみれば知っている方だったので、焦りは二重になった。
スペードの5のオーウェン様。とするとあちらの空色の女性は……。
「いい? 女性に声をかけるときは、優しく! 丁寧に! そして誠実に、ね! 断られたら諦めも肝心よ!」
空色の女性に目を移せば、先ほどまであんなにも乱暴だった男達が笑顔で「はいはい」と頷き、去っていくところだった。あれだけ執拗だったのに、驚くほどにあっさりと……。
「やっぱりお祭り期間中は羽目をはずす輩が増えるわね。今日の警備担当は誰だったかしら?」
「今日はパンジー殿のところの部隊が担当していますが、もう少し気を配るよう伝えておきます」
「お願いね。さてと。どこへ行くつもりだったの?」
お二人の会話を呆然と聞いていたら、急に矛先がこちらに向いてまた慌てる。
「あっあの、助けていただいてありがとうございました。えっと、中央通りの雑貨屋さんに行こうかと……」
「ああ、あのお店なら私もよく行くわ。オーウェン、送ってきてあげてくれる?」
「いえそんな! お手を煩わせるわけには!」
空色の女性、エルザ様の言葉に遠慮しようとするも、笑顔で躱されてしまった。
「すぐに戻りますから、エルザ殿はこの近くでお待ちください」
「大丈夫よ。用事が済んだら一人で帰るから」
「この、近くで、お待ちください、ね?」
「……わかったわよ」
では行きましょうか、と笑顔のオーウェン様に促されて、エルザ様にお辞儀してその場から歩き出した。
正直、位持ちの方と二人で歩くなんて、一侍女の私には荷が重すぎる。
オーウェン様にとっては余計な仕事を増やしただけなので申し訳なさが募る上に、私は最近城に勤め始めたばかりで、まだ仕事ですら会話したことがなかったのだ。
しかし、早く着いてくれないかなと失礼なことばかり考える私にも、オーウェン様は優しかった。
「今日は買い物に出てこられたのですか?」
「いい天気の日にお休みがもらえて良かったですね」
「そういえば、あちらのスイーツ店。エルザ殿が美味しいと絶賛されていましたよ。お時間があれば是非寄ってみてください。あの方の舌は信用できますから」
気の利いた受け答えの出来ない私にも色々と話を振ってくださる。
数分後にはそれなりに打ち解けてきて、思い切って質問してみた。
「今日はエルザ様とお出かけですか?」
「ああ、いえいえ。仕事中に買いたいものがあると言い出し……仰るので、見張……お供しただけですよ」
先ほどよりも笑みを深めて言うオーウェン様は楽しそうだ。エルザ様とのお出かけが嬉しいのかもしれない。目の奥が黒く淀んでいるような気がしたのはきっと気のせいだろう。なにせ真正面からお顔を拝見したのはこれが初めてだから。
雑貨屋にはすぐに辿り着き、再度お礼を伝えると笑顔が返ってくる。
「では失礼しますね」とオーウェン様は少し急ぎ気味に踵を返したが、数歩で止まると戻ってきた。
首を傾げているとオーウェン様は内緒話をするかのように口元に片手を当てて――。
「先ほどのように声をかけられたら、主人があちらで待っていますので、と言いなさい。人の物に手を出せるほど度胸のある者はそうそうおりませんから」
そう言って、悪戯めいた笑みをエメラルドグリーンの瞳に浮かべて今度こそ急ぎ足で戻っていった。
そっと胸元を抑えると心臓が今までの人生ではなかったほど忙しなく脈打ちはじめ、去り行く緑の髪を見つめる目が離せなかったことに、姿が見えなくなってから気が付いた。
どうやら私は、とても手の届かない人に恋をしてしまったらしい。
城に帰り同室の侍女達にお菓子のお土産と頼まれた買い物を渡すと、自然とお茶会になる。
その中で私が今日会ったお二人について話すと、侍女達が黄色い歓声を上げて羨ましがった。
「いいわよね、オーウェン様。いつも優しくて私達にも丁寧だし、私も実はちょっと憧れてるのよ」
「あら、オーウェン様は競争相手が多いのよ。よくやるわね」
先輩侍女の言葉は私には寝耳に水で、思わず聞き返した。
「位持ちの方が侍女なんて相手にしてくださるの?」
「キングやクイーン、ジャックはさすがに高嶺の花だけど、10からエースなら私達だって接点はあるし、結婚まで漕ぎ着ける猛者もいるわよ」
「そうそう。前の5だって奥様は元々城の侍女だったらしいじゃない?」
5と聞いて胸がドキンと高鳴った。
「そ、そうなの……?」
「もちろん貴族のご令嬢の婿養子になる方もいるけど、城だって十分出会いの場よね」
「侍従とか兵隊さん達にもいい人はたくさんいるしね」
きゃあきゃあ笑いながら侍女達は止まらないお喋りを楽しんでいたが、私の耳にはもう何も入ってこなかった。
手の届かないと思っていた夜空で綺麗に瞬く星が、流れ星になって落ちてきたようだった。
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