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よろしくお願いします。

 ノエルを守るように抱きしめてこちらを睨むレスターを置いてその場から高笑いしつつ離れると、そっと近づいて来る人がいる。


「こんにちは、アレクシス様」

「やぁ、エルザさん。今日は声をかけてくれてありがとう」


 後半は耳元で囁くように言われ、美しい顔が至近距離まで迫る。眼福眼福。


「いいえ。タイミングもばっちりでしたわ。もう少し早ければ場所を移動すると言い出しかねませんから」

「ふふ。嬉しいな。ああ、もちろん貴方に会えるのも楽しみにしていたんだよ?」


 とろける極上の微笑みの破壊力には、ゲームをしていなければとうに陥落していただろう。

 乙女ゲームをしていて良かった。

 簡単に転ばないからこそ、この人は惜しみなく私に笑顔を振りまいてくれるのかもしれないけど。

 光栄ですと答えようとした私の腰が少々強引に引かれる。


「うちの10に何か用かな。ハートの」


 親しみの中に鋭さを混ぜてルーファスはアレクシス様に問う。用があるのは私にじゃないってのに。


「お話をしていただけだよ、ルーファス。久しぶりに会ったものだから」

「この間の茶会で会ったばかりでは? いつもいつも、うちの10を気遣ってもらって悪いな」


「いつもいつも」と「うちの」を強調して話すルーファスだが、アレクシス様の表情をきちんと見るべきだ。私と話していた時も当然その微笑みは輝くばかりだったが、今ルーファスの前で見せるそれは比べ物にならない。


 瞳は潤み、胸は緩やかに、しかし大きく上下している。喜んでもらえてなによりだ。

 敬愛しているルーファスが絡んできてくれるからこそ、この人は私に話しかけてくれるのだ。いい加減気付いてあげてほしい。私はエビだ。


 レスターが病的な可愛い物好きならアレクシス様は病的なルーファス好きだ。心根が優しいアレクシス様はキングとしての自分に自信が持てずに長年苦しんでいる苦労人だ。そんな彼には年下なのに立派にキングとして立ち振る舞うルーファスが眩しいらしい。というのはもちろんゲームの知識だが、私は私の目的のためにルーファスを売り、稀にこうして示し合わせて会う機会を設けている。


 しかしルーファスときたら、アレクシス様に会った後の私に対して「あの顔にだまされるな」だの「冷静になれ」だの口うるさく言ってくるのだから、バカだなぁという感想しか持てない。おまけに「あいつ、お前と話している時、俺にちらちらと視線を送ってくるんだよ! お前に話しかけるのなんて俺への当てつけに決まってる!」と叫んでいた。違う。


 まるで閨で愛する人に睦言を語る麗人と戦場で敵に口上を述べる将のような二人からそっと離れて、私は私のお楽しみの時間を過ごそうと用意したバスケットに向かって足を進めた。



「こんにちは、ショーン。相変わらず甘いものが好きね」


 人を避けるように離れたところで黙々とフルーツケーキを食べている青年に話しかけると、目だけがこちらに向けられた。


 ハートのジャック、ショーンはノエルと同じ二十歳。墨を落としたような真っ黒な髪は肩のところで切られていて、いつも半分しか開かれていない眠たげな瞳も同じ黒。この世界では珍しいが、私には落ち着く色だ。


「……別に、甘いもの以外も食べるよ」


 知ってますとも。でも甘いものが大好きなのよね。


「そうなの? なら、これはいらないかしら」


 先ほどバスケットから回収した半月型のパイを差し出すと、ショーンはまじまじと見つめながら受け取ってくれた。


 甘酸っぱさにバニラとシナモンの香りをまとったアップルパイだ。生地を畳む形で焼いて、手で持って食べられるようにしてある。


「キングと日程合わせてたよね。……わざわざ作ってきたの?」

「ええ、アップルパイ好きでしょう?」


 ふぅんと言いながらもわずかに口角が上がるのを確認して、こちらも胸が温かくなる

 ああ、耐えられるかしら。


「もらう。……ありがと」


 わずかに頬を染め、ちらりと向けられた瞳に「どうぞ召し上がれ」という声が上ずった気がする。動悸がおさまらない。


 サクリと一口かじり、珍しくも目一杯に瞼を開いて次々に食べ進める姿はなんだかハムスターみたいだ。気に入ってもらえたようでなにより。

 そっとオレンジジュースを差し出すと、これまた嬉しそうに受け取ってくれる。


 ああ、ここまで来るのに苦労したから達成感がある。

 ショーンはノエルと違ってかなりの人見知りだ。ゲームの知識で白の国のケーキ屋に通っているのを知っていた私は店を特定して通いつめ、今では同じテーブルに座っても許されるほど親しくなることが出来た。言葉では嫌そうにされるが、それもまたいい。


「スペードの国に新しくできたパティスリーが美味しいって評判なの。今度一緒に行かない?」

「……行かない。遠いし」

「なら、ハートの国でショーンがオススメするお店に案内してくれるっていうのはどう?」

「それなら、いいけど」

「嬉しい! 楽しみね」


 行かないといいつつスペードの国にも来てくれる人だけど、一度もハートの国に遊びに行っていないララを連れて行くのもいいかもしれない。ララとショーンのフラグが立つかもしれないし!


「そういえば、この間からうちにお客様が来ててね、ララっていう女の子なんだけど――」

「エルザ」


 話の途中、不自然に名前を呼ばれて言葉を切ると、ショーンは取り出したケーキナイフで目の前のフルーツケーキを不慣れな手つきで分厚く切ると、もたつきながらそれをお皿に乗せてこちらに差し出した。右手にぎゅうとフォークを握りしめてこちらも渡してくるが、決して目を合わせようとしない。


「……これ、あげる」


 普段よりも更に小声でぶっきらぼうに言うショーンには首を傾げてしまうが、ケーキ大好きな彼がお裾分けしてくれるのは初めてだ。嬉しい。


「ありがとう。いただくわね。――んっ、これすごく美味しい!」


 鼻を抜けるバターの香りと、小さく切られたドライフルーツはレーズンにオレンジピール、チェリーやクランべりーなどがぎっしりと入っていて、噛めばよく効いたブランデーとフルーツの酸味が私の好みど真ん中だ。砕いたクルミやナッツも入ってる! 五センチほどの分厚さがあったものの、あっという間に食べきってしまった。もう一切れもらっていいかな。


「これ、ハートの国のお店で買ったの? それともお城の料理人が作ったもの?」


 ハートの国のお店なら是非通わねば。お城のシェフなら引き抜きも辞さない!

 私が食べている姿を横目に見ていたショーンに問いかけるも、目が合うとサッと逸らしてしまい、手に持ったフォークで食べかけのケーキを弄んでいる。


「ショーン?」

「み、店のじゃない」

「そうなの。なら作った人を紹介してくれない? レシピを聞きたいの」


 レシピを聞くという口実で引き抜きをさりげなく打診してみよう。ああでも、ショーンに悪いかしら。


「そう言うと思って、レシピ、書いてきた」


 準備がいい。お礼を言って受け取ると、ショーンの特徴的な癖字でレシピが書かれていて……ん? 書いてきた?


「レシピを聞いてショーンが書いてきてくれたの?」

「…………うん」


 この長い沈黙は、悩んで嘘をついた時の癖だ。ゲームでヒロインが気付いて指摘していたから間違いない。


 そういえば、と思い出した。以前相変わらず白の国のお決まりの店でショーンに会って「アップルパイが好きなのよね」と今日のために確認した時のことだ。


「エルザは、どんな、ケーキが、好き?」


 思い返せば妙にたどたどしい質問だったが、私は疑問にも思わず素直に答えたのだ。


 ブランデーの効いたフルーツケーキが好きだと。

 フルーツはごろっとしたものより小さく切ったものが好きだとも言ったし、ナッツは欠かせないわねとも言った。

 そして目の前には私の理想形フルーツケーキが堂々と鎮座している。


「もしかして……」


 気づかないふりをするのが正解かもしれない。しかし確かめずにはいられなかった。


「これ、ショーンが作ったの?」

「……そんなの、全然美味しくない。あんたの味覚おかしいよ。甘さも足りないし、お酒の味がきつすぎだし」


 早口でまくし立ててフンッと真っ赤になった顔をそっぽ向けたショーンに、私は思った。

 あっ、限界。と。

ありがとうございました。

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