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グレン視点
思わず首を傾げてしまった。
剣を扱うというのに細く長い指を持つ手が、甲を上にして伸ばされる。
手を取れということかと指を伸ばせば逃げられ、また同じ位置に添えられた。
一体これは、どういう……。
…………。
「…………っ!!」
行動の意味を悟り、口内で、声にならない呻きが漏れた。
顔全体が激しい熱を持つのを感じ、目の前の瞳に楽しげな色が浮かぶ。
分かってしまった。
この手は、詫びの要求だ。
頭を撫でさせろ、という。
だというのに手の高さは俺の背よりも低い位置を維持しており、頭を撫でさせるなら──自ら屈んで、手に頭を添えろというのか、この人は!
断れ。断ってもこの人は絶対に怒らない。あの女と違って。
ザックが言っていただろう。男の尊厳の問題だ、と。
一言、口にすればいい。
他のことにしてください、と。
なのに。
「グレン?」
悪戯に成功したような、それとも遊びに誘っている子供のようなといってもいい空色の瞳が、楽しげに俺を急かす。
俺は断りたいのか。この人に撫でられるのが、嫌なのか。
飲み込んだ唾液が、沸騰したように熱くなって喉を通り、酒を飲まされたように頭の中がグラグラと酩酊する。
ああ。
ダメだ。
俺はこの目に、すっかり躾けられてしまった。
心臓が大きく脈打ち、ゆっくりと腰をかがめ、手に向かって頭を下げる。
あの夜の細い指の感触が、待ち遠しいとすら思えてきて…………指が俺の、肩に垂らした髪へと伸びた。
「この髪を三つ編みにさせてもらってもいい? あなたにはずっと似合うと思ってたのよ」
…………。
「三つ編み……」
「そう。三つ編み。片手だけど、魔法を使えば簡単にできると思うわ」
楽しそうに微笑むスペードの10は、たくさん話したあの日のままで。
「お好きにどうぞ…………」
「ありがとう! ところでグレンも恋愛小説なんて読むのね」
ただの雑談が始まり、体から力が抜けるようだった。
これもまたこの人の素なのか?
すっかりあの時の悪戯な視線に魅入られてしまった俺は、これからどうすればいい。
視線の隅で、長く垂らした髪がどんどんと編まれていく。
「……姉さんが読んでたから借りただけだよ」
「姉さんって……グレンは弟なの!? やだ、天然物!! 最っ高!! ザックは? お兄ちゃんかお姉ちゃんはいる!?」
「食いつきが良すぎませんか……男の四人兄弟の三番目ですよ」
「そうなのね! なら姉が一人欲しくない?」
「姉は増えるもんじゃねぇよ!」
ザックの反応に歯を見せて笑っている。その姿があまりにも、綺麗で。
ああ、ちくしょう。
好きだなぁ。
観念したところで、失恋は決定事項だが、それでも構わない。この人の力になれれば。恋人と再会させてあげることができれば、俺はそれでいい。
ザックが何かに気付いたように、ちらりと時計を見た。その動作だけで分かった。そろそろ交代の兵が来る。
「いい? 必ず人目のある場所にいること。ソフィアの誘いは、はっきり断ってしまえばいいわ。人目があれば、その場で殺せるわけはないから。……グレン。もしもの時は、あなたがザックを守るのよ」
この人にいつまでも守られるわけにはいかない。大きく頷いた。
「機を見てスペードの人達に保護を求めなさい。ソフィアの犯行の証言をすると言えば、匿ってもらえるわ」
「それだと、あんたに情報を流せなくなるよ。ザックだけ匿ってもらえば……」
「ダメ。危ないから、あなたも保護してもらいなさい。私の現状を伝えてくれるだけで十分助かるから。これは上官命令よ」
同じ言葉でも、言う人が違えば胸に留まる温かさが全く違う。無言で頭を下げた。
だが、ザックは不安そうだった。
「俺達の言うことはスペードの皆様に信じていただけるでしょうか……」
俺達は未だ肩書き上はソフィアの部下だ。スペードの人達にとっては敵となる。
嘘をつけと跳ね除けられるかもしれない。
「……それもそうね。どうしようかしら」
「何か、あんたからの指示だとわかるものとか、合言葉みたいなのはないかな?」
合言葉。と呟いて、スペードの10は腕を組み目を閉じて──吹き出した。
「いいわね、合言葉。それでいきましょう。あの三人の、私しか知らない話をすればいいわけね」
そうして聞いた話はどれもこれも一国のキングやクイーン、ジャックにしていい話ではなくて。
「そんなこと言えるわけないだろ!! 他にないのか!?」
「ないわよー。それだけで十分伝わるわ。……ちょっと八つ当たりされるかもしれないけど」
「それが嫌なんだって!」
どれだけ言っても他に案は出してもらえなかった。こんな意地悪な姿ですら綺麗だと思えてしまう俺には、言わずに済むよう祈るしか出来ることはない……。
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