13
よろしくお願いします。
澄んだ青空が広がる川辺に、一人では両手が届かないほど大きなシートをみんなで広げる。
ゲームのイベントで何度も来るここは、色とりどりの小花が暖かな太陽の光を浴びて背伸びするように元気に咲いていて、穏やかに流れる風が気持ちいい。今日は絶好のピクニック日和だ。
これは残念ながらイベントで来たわけではない。ララと三人の仲がいまひとつ進展しないことがどうしても気になる私が、皆を誘って連れ出したのだ。
大の大人が五人もいるから、大きなバスケットは二つもある。その中には私と、ゼンにも手伝ってもらってこれでもかと軽食やデザート、それに現地で絞って飲めるようにたくさんのオレンジを詰め込んできた。
ララはノエルと一緒に辺りを散策していて、この間の一件のお陰か打ち解けた様子で笑いあっている姿が見える。
二人の姿を微笑ましく思いながら、手早く準備を進める。
持参したフライパンの取っ手を差し出すとルーファスが渋々それを受け取り、手のひらを上にしてフライパンの下に入れる。しばらくもしないうちにフライパンからはかすかに熱気が立ち昇り、その上に用意した生地を流し込めば、表面がふつふつと泡立ち始めた。
火の魔法が使えるルーファスはコンロ代わりだ。
あっという間にほかほかのパンケーキが出来上がった。
「氷の属性があれば冷えたジュースが飲めるのにね」
「あー、いいなそれ」
あいにく氷の属性は存在しない。ゲームや漫画によっては水属性が氷も使えるというものもあったのに、この世界の水属性は氷が出せない。この暖かな日差しの下の冷たいジュース以上に素晴らしいものはないというのに。
「手伝い料な」と言ってスライスベーコンに伸ばされるルーファスの手を叩きつつ、ささっとパンケーキを焼いていると、ララ達が帰ってきた。
シートに広げた様々な料理達を眺めれば、頑張って準備したかいがあったというものだ。手を叩いて歓声をあげるララに頬が緩む。
「はい、ララさん。こぼさないよう気を付けて」
「あ、ありがとうございます!」
ジュースを絞っていたゼンがララに一つ差し出した。すぐに人数分が揃い、各々が好きに食事と会話を楽しむ。
「仕事にはもう慣れましたか?」
「はい。とても親切に教えていただいているのでありがたいです」
「侍女ちゃん達のお茶会にも呼ばれたんだよね。どうだった?」
「とても楽しかったです。話題はほとんど皆さんの話ばかりでしたよ」
「俺達の話の何が面白いんだ?」
「そりゃあ、誰が好きなの~とかでしょう? ララはなんて答えたの?」
からかうように尋ねると、ララは微かに頬を赤らめる。
「え、えっと、その話題は確かに出たんですけど、私はエルザさんの話ばかりしていて呆れられちゃいました」
「なら、今日のことで少しは話題を提供できたかしらね」
誰の好感度が一番高いのか気になるなぁ。今度こっそり聞いてみよう。
ガタガタポクポクと音がして皆で顔を上げると、私達が来た逆の方向から一台の箱馬車がこちらに向かって緩やかに近づいてくる。
「ゲッ」というキングらしからぬ声が聞こえて、心の中で謝罪した。
ごめんね、私の仕込みだ。
私たちのすぐ近くで止まった馬車から降りてきたのは絶世の美丈夫だ。
さらりと流れる長髪は太陽の光で煌めく黄金で、こちらを見る瞳は思慮深い紫。滑らかな肌の美しさは女性的だが、均整の取れた体躯は男性的な逞しさだ。しかしこちらに目を向けてわずかに上気した頬と瞳には男すらぐらつかせる色香がある。
馬車が見えたと同時にすでに全員が立ち上がっていた。ララがやや遅れたくらいだ。
降りてきた美丈夫は嫌な素振りを隠そうとしないルーファスにとろけるような笑顔で話しかけた。
「こんにちは、スペードの皆さん。貴方達もピクニックかな?」
薄く整った口から流れ出る声ですら、うっとりするほど美しい。
しかし皆さんと言いつつその視線はルーファス一人に注がれている。礼儀に外れない程度にぶっきらぼうに、という高度なことをしてのけながらルーファスが応じた。
「ああ。君達もか。ハートのキング」
危うい色気を漂わせるこの美丈夫こそ、ハートのキング。ルーファスと並ぶゲームの正ヒーローで、私の仕込みの協力者だ。
「ええ。ここはのどかでいいね。私達もご一緒していいかい?」
キングに続いてハートのクイーンとジャックも馬車から降りてきた。
ぐぬぬと心の中でルーファスが唸る声が聞こえた気がしたが、あいにく対等な立場である他国のキングからの申し入れを断るだけの口実がこちらにはない。
「……構わない」
結局、不承不承ながらもルーファスは頷いたのだった。
私達の隣に同じく大きなシートを広げて軽食の準備をするハートの国の人達を手伝い、並べ終えた後は食事と会話を再開した。
そっとノエルの横に腰を下ろすと、目ざとくそれを見とがめた人物が憤然と、しかし優雅に近づいてくる。
「こんにちは、ノエル。ああ、あとおまけ」
ノエルに対しては親愛のこもった、私に対してはあまりある敵意を込めて挨拶するこの人はハートのクイーン、レスターだ。
ラベンダー色の髪を三つ編みにして横に流したその見た目はこれまたキングと同じく極上に美しいがキングのたおやかな美しさと比べればこちらは豪華絢爛と言うに相応しいけたたましい美しさだ。派手好きな彼の格好も一躍買っているのだろうが。
この人の服装といったら、髪の色より淡い紫のセットアップの袖口には豪華なフリルがあしらわれていて、中に大きな花柄のシャツを合わせている。同じ生地で作られただろうスカーフとポケットチーフは離れていてもわかるほど煌びやかな金糸で縫い取られた精密な刺繍が端から端までを輝かせていて目にうるさい。ピカピカに磨かれた白の革靴が汚れないかが心配だ。
今日はピクニックだって言ったわよね……ああ、だから花柄なのか……。
「こんにちは、レスター。おまけなんてひどいわね」
「君なんておまけで十分だ。いつもいつもノエルにべったりくっついて。ノエル、この女に何か弱味でも握られてるのなら僕に相談して! すぐに追い払ってあげるからね!」
ふんと鼻を鳴らして言う言葉はいつものことだから、ノエルも苦笑するに留めている。
レスターはゲームでも病的な可愛いもの好きでノエルを追いかけ回していた。ヒロインのことも、なんて可愛い子なんだと気に入って親切にしてくれる人だが、あいにく私は彼の基準では可愛くないらしい。それどころか可愛いノエルに付いた悪い羽虫かというレベルで嫌われてしまっていた。
まったく。どうしてあんなにも嫌われていたのかしらねぇ。
「ノエル、それ美味しそうね」
ノエルが食べているのはゼンが作ってくれた食用の花を沈めた可愛らしいゼリーだ。
「えっ、うん。美味しいよ」
「そうなの。一口ちょうだい?」
隣でまくし立てるレスターの対応に困っていたノエルに口を開けてねだると、やや苦笑しつつスプーンですくったゼリーを口に運んでくれた。
あらほんと、美味しいわぁ。
「なっななな、何をさせてるんだ! こ、この痴女が!」
「なんだか騒がしいわねぇ。ね、ノエル? もう一口ちょうだい?」
「やめろ! 今すぐ僕の天使から離れろ!」
ノエルを抱き寄せて私を押し出すようにして離しながらレスターが喚くが、その瞳の奥に確かな輝きを見た。いいことしたわ。
ありがとうございました。
ブックマーク、評価いただけたら嬉しいです。




