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すぐに駆け寄るも、初めて鉄格子が煩わしく感じた。これがなければ、簡単に触れられる距離に、愛する人がいるのに。
「……オーウェン」
「二日ぶりだな。あんたとこんなに離れたのは初めてじゃないか?」
恋人の安堵した表情に内心でホッとする。怒られると思っていたけど、大丈夫みたいだ。
「補佐になってからは毎日一緒にいたものね」
「ああ。毎日が尻拭いの日々だ」
からかう調子すら、心がポカポカとするほど優しい。どうやら自分で思っていたよりも、参っていたらしい。
「……眠れていないのか。疲れてるみたいだな」
鉄格子の隙間から差し込まれた手が、私の目元に触れる。その仕草は優しくて暖かくて、涙が出そうだ。
「だって、ベッドが硬いんだもの。あなたの部屋のベッドが恋しいわ」
「恋しいのは、ベッドだけか?」
ほんの少し意地悪な問いに、体がぞくりと熱くなった。二日も離れていたからか、エメラルドの瞳から放たれる色めいた視線を、いつも以上に意識してしまう。
「あ、当たり前でしょう。……それよりも、聞いてもいい?」
「なんだ?」
あからさまな話題逸らしを笑われる。それでも、聞きたいことがあるのは本当だ。
「ダイヤの10は、ルーファス達になにか、変なことを言ったりしなかった? 例えば、私はあなたの辛さを分かってるわ、みたいな……」
ソフィアの目的がダイヤの攻略対象達の支配だけとは限らない。ルーファス達に会えるのを楽しみにしてる風だったし、もしかしたらハートの国や──クローバーも狙っているかも。
もしも私がこんなところでのんびりしてる間に、ルーファス達が攻略されていたら……。
「……いや? 話し合いは全てキング同士で行われたし、ダイヤの10はダイヤのキングとしか話をしていなかったな。こちらには一度も目を向けなかったよ」
「……そう」
オーウェンの言葉に、強張っていた体から力が抜けた。
もしかしたら、ソフィアもララのようにダイヤの国が好きだったのかしら。私の勘違いだったのかもしれない。
「それが聞けて安心したわ。アリー達がなんだか変だったから、少し心配だったのよ。テディから手紙は受け取ったのよね?」
「ああ。さすがエルザだな。皆さん、すぐに怒気を収めてしまわれたよ」
「どうせ後先考えずに怒ってると思ったわ」
「あんたがこちら側なら、同じように怒っただろ」
ぐうの音も出ない。
「地下牢はさすがに、とは思ったわよ。けどここもいいものよ。あなたが会いに来てくれたから、囚われのお姫様の気分が味わえてるわ」
「……それのどこがいいんだか。俺は、姫君には抱きしめられる距離にいて欲しいと思うよ」
差し込まれた手が背中に回り、抱き寄せられる。間に挟まる鉄格子が冷たいのに、触れられた背中は熱くて──。
「…………あっ」
そっと、オーウェンの手が撫でるように背中を走った。思わず声が漏れて、口を手で押さえる。
「オーウェン……?」
暖かい手は動きを止めない。その度に体がびくりと震えて、そっと大好きな顔を覗き込むも、楽しげで妖しい瞳で見つめられていて、堪えきれない声が指の間から漏れる。その度に喜びを上回る羞恥で体の芯が熱くなった。
「今晩は、ここの硬いベッドで我慢して。俺のことだけ考えて、ゆっくり休め。すぐにこんなところから出してあげますから」
掠れた声が、熱い息と共に耳に届く。それにすら、体が震えてしまう。
「わ、わかった……」
震えた返事に満足したらしいオーウェンは、手をそっと離した。
離れる間際に、そっと愛の言葉を囁いて。
「……こんなこと、しにきたの?」
照れ隠しで睨んだところで、笑顔でかわされる。
熱くなった頰をそっと撫でられた。
「ここから出たら、何かしたいことはあるか?」
「迷惑かけたのに、ご褒美をくれるの?」
「あんたは今回は被害者だろ。迷惑なんてかかってないよ」
頰を撫でる手と逆の手が、鉄格子を掴む私の手に触れる。指が数本だけ繋がって、心が幸せで満たされる。
「じゃあ、またデートがしたいわ。今度はディナーのお店は私が決めるの」
「いいな。次はスペードの国でデートしようか」
「他国は懲り懲りってわけね?」
「バレたか。……今度は、何かプレゼントさせて欲しい。デートの記念になるものを、エルザに贈りたいから」
「それなら、お揃いで何か買うのはどう? あなたへは私が贈るわ」
「ああ、それもいいが……二人の部屋に飾る家具、というのはどうかな」
二人の部屋。
驚いて言葉が途切れた。
「今も毎晩どちらかの部屋で寝泊りしてるだろ。城にある二人部屋に移動させてもらえないか、キングに頼むつもりなんだが……どうかな」
「あ、そ、そう、ね……」
さすがに『そういうこと』ではなかったらしい。それでも、心臓がうるさく騒いでエメラルドの瞳を見つめ返せない。
そんな私に、オーウェンは「それで……」と続けた。
「エルザが、俺と生活していく中で、不満がなければ……あなたに伝えたいことがあるんだ」
触れた指がとても熱くなって、目の奥がじわりと滲んだ。
「……不満なんて、出ると思う……?」
震える声で尋ねれば、オーウェンは「出ないに決まってるが、恋人気分を楽しむのもいいだろ」と本当に楽しそうな笑顔と共に断言した。
目元を優しく拭ったオーウェンは、一転して残念そうな顔になって時計を取り出した。
「……もう戻らないと。また来ます。いや、次は解放される時にと言った方がいいか」
「ええ……来てくれて、会えて嬉しかったわ」
「俺もだ」
別れ際にキスできないのが残念だ。鉄格子を掴む手は全然冷たくならない。
同じことを考えたらしいオーウェンは、自らの指を唇に付けると、それを私の唇にそっと押し当てた。
優しい瞳は、今はこれで我慢だと言っているようだった。
何度も振り返りながら去っていくオーウェンの姿が見えなくなって、そっとベッドに腰を下ろした。
一つ、ため息が漏れる。
……伝えたいこと。伝えたい、こと。だって。
昨夜眠れていない私のために、してくれたことかもしれないけど──。
「眠気が全部吹き飛んだわよ……」
恨めしい声にすらひどく熱が篭って、素直にここに入ったことを後悔した。
ガチャンと大きな音がして、体が跳ねた。
「わっ、あ、あの、も、申し訳、ない……っ」
慌てた様子で倒した槍を拾う若い男に、私は思い出した。
……見張りのダイヤの兵士さんが、いたんだった。
「えっと……ご、ごめんなさい……?」
「い、いえ……」
真っ赤になった青年を前に、恥ずかしいやら申し訳ないやらで居た堪れなくなる。
「……ふふっ」
申し訳ないけど、なんだか可笑しくて笑ってしまった。
真っ赤な顔でこちらを睨む青年に微笑みかける。
「ねぇ。あなた、お名前は?」
この可愛らしい兵士さんとは、少しだけ打ち解けられそうだ。
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