13
馬車から飛び降りて、財布を男性に投げつけるように渡す。一目散に城へと走った。
もう慣れた城の中に入っても、足を止めずに走り続ける。
いつもならすぐに見つかるのに、今日に限ってどこにもいない!
あんなに目立つ色なのに、どこにいるの!?
苛立ちが募り始め、目の奥が熱くなる。
また私のせいで、エルザさんが──。
やっと廊下の角から赤い色が覗き、力の限り叫んだ。
「ルーファスさんっ!!!」
「ん? どうした。でかい声、出して」
エルザさんにダイヤの国に連れて行ってもらって。
その帰りに人の悲鳴が聞こえて。
エルザさんが声のした方へと走って行った。
戻ってきた時には──。
言わなきゃいけないことはたくさんある。落ち着いて報告をしないと。
そう思っていたのに、この人の姿を見たら言葉がうまく出てこない。
「わっ私のせいで、エルザさんが……!」
私のわがままでエルザさんが大変なことになっている。そんなことを伝えて何になるのか。
わかっているのに、言葉が止められない。
「ごめんなさい……また私のせいだ……っ!!」
私のわがままで死なせるところだった、あの騒動でどれだけ後悔したか、わかっていたはずなのに。私はまたエルザさんにわがままを言って、迷惑かけて。
「エルザさんが……っ」
もしも、今度こそエルザさんが死んじゃったら……。
暗く沈んだ思考は、いつの間にか暖かく包まれていた。
背中を叩く優しいリズムで、心が落ち着いて、頭の中がはっきりしてくる。
はっきりしてきて……自分がどこにいるのかを理解し、目の前の温かい場所を思い切り押し除けた。
「なにっすんのよ! この、変質者!!」
振り上げた右手は容易に受け止められて、私を無遠慮に抱きしめていた男を睨みつけた。
「とうとう、変質者まで来たか」
「もう、本当に訴えますからね!! 弁護士を……!!」
いつもの調子で怒鳴るが、私を見るルーファスさんの赤い瞳は優しく、取られた手も穏やかに握られていて言葉が出なくなる。なんだかその仕草は『落ち着いたか?』と聞かれているようだった。
「……さて、また私の10が、白の国の客人に何か、迷惑をかけたらしいな」
ルーファスさんの口調の変化に、やっと見えた周りにたくさんの人が集まっていることがわかった。
「皆、騒がせてすまなかった。どうやらまた10が何かやらかしたらしい。まぁ、いつものことだ」
集まってきた侍従や侍女達からクスクスと笑いが漏れる。
「さぁ、では苦情でも聞かせていただくとするかな。お客人は私と執務室に……いや、10から受けた被害は、あれの補佐官にも責任を取らさせるか。悪いが、クイーンと5に、私の執務室へ来るよう伝えてくれ。急ぎで頼む。客人との逢瀬を邪魔しない程度にな」
指示を受けた侍従は笑い混じりに頭を下げて、去って行く。
小声で「行くぞ」と促され、手を取られたまま歩き出した。
「……すみません、お騒がせしました」
あんなに人がいるところで取り乱して、また迷惑をかけてしまった。スペードの要職につくエルザさんがトラブルに巻き込まれただなんて、あまり人に知られない方が良かったはずだ。
「構わねぇよ。……エルザは国外か。怪我はしてねぇな?」
「されてませんでした。見た感じは、ですけど」
ふっと小さく息を漏らす音が聞こえ、ルーファスさんが振り返る。
「お前の怪我だ。エルザの心配はオーウェンにさせる」
体の、上から下へと赤い瞳が動く。掴まれていない方の手の指先まで見られて、居心地が悪くなった。
「そ、そんな言い方でわかるわけないでしょ。怪我なんか、してませんよ……」
「なら良かったよ」
再び歩き出したルーファスさんと私の手は繋がったままだ。
居心地の悪さがどんどんと募り、取り返そうと引っ張っても、離してくれない。
「もう、一人で歩けますから」
「そうか」
苦情を言えば、拍子抜けするほどあっさりと、手は離れた。
わずかに汗ばんでいたらしい手のひらが、風にさらされて冷たい。
自分から言ったことなのに、あまりにもあっさりと離されて、ほんの少しつまらない気持ちに……って何考えてるの!
生まれた下らない不満を、頭を振って吹き飛ばす。エルザさんが大変な目にあってるかもしれない時に、こんな馬鹿なことを考えるなんて、最低だ。
執務室につけばソファに座らされ、ルーファスさんが手早くお茶を淹れてくれる。気持ちは焦るが、きっと話はゼンさんとオーウェンさんが来てからだということだろう。
ゼンさんとオーウェンさんはすぐに駆けつけてきた。今度は落ち着いて、エルザさんに起きたことを説明する。
しかし最後まで話を聞いた三人は、拍子抜けしたように、一様に安心した表情を浮かべた。
「そんなことなら心配しなくていい。ダイヤのキングとエルザは知り合いだからな。すぐに容疑は晴れて帰ってくるだろ」
「食事でもご馳走になって来ようものなら、お説教ですよ。まったく。ララさんに心配かけて、いつものことながら、もう少し上手く立ち回れないものですかね」
「しかしあの街道で殺人となると、スペードの国も警備を強化する必要があるかもしれませんね」
もう三人の興味は仕事へと移ったようだった。
でも言われてみれば確かに、アリーとエルザさんは友達なんだから、殺人容疑なんてかかるわけがなかった。そう思えば、あんなに取り乱したのが、ものすごく恥ずかしくなる。
ごまかすように、淹れてもらったお茶を一気に流し込み、仕事の邪魔になるからと辞去の挨拶をする。
ゆっくりしていけよと言う赤い瞳に目を合わせられず、逃げるように執務室を後にした。
しかし、エルザさんは夜になっても戻らず、翌朝になって、一通の書簡がダイヤの国から届けられた。
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