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 馬車から飛び降りて、財布を男性に投げつけるように渡す。一目散に城へと走った。

 もう慣れた城の中に入っても、足を止めずに走り続ける。


 いつもならすぐに見つかるのに、今日に限ってどこにもいない!

 あんなに目立つ色なのに、どこにいるの!?


 苛立ちが募り始め、目の奥が熱くなる。


 また私のせいで、エルザさんが──。




 やっと廊下の角から赤い色が覗き、力の限り叫んだ。


「ルーファスさんっ!!!」

「ん? どうした。でかい声、出して」


 エルザさんにダイヤの国に連れて行ってもらって。

 その帰りに人の悲鳴が聞こえて。

 エルザさんが声のした方へと走って行った。

 戻ってきた時には──。


 言わなきゃいけないことはたくさんある。落ち着いて報告をしないと。

 そう思っていたのに、この人の姿を見たら言葉がうまく出てこない。


「わっ私のせいで、エルザさんが……!」


 私のわがままでエルザさんが大変なことになっている。そんなことを伝えて何になるのか。

 わかっているのに、言葉が止められない。


「ごめんなさい……また私のせいだ……っ!!」


 私のわがままで死なせるところだった、あの騒動でどれだけ後悔したか、わかっていたはずなのに。私はまたエルザさんにわがままを言って、迷惑かけて。


「エルザさんが……っ」


 もしも、今度こそエルザさんが死んじゃったら……。




 暗く沈んだ思考は、いつの間にか暖かく包まれていた。

 背中を叩く優しいリズムで、心が落ち着いて、頭の中がはっきりしてくる。

 はっきりしてきて……自分がどこにいるのかを理解し、目の前の温かい場所を思い切り押し除けた。


「なにっすんのよ! この、変質者!!」


 振り上げた右手は容易に受け止められて、私を無遠慮に抱きしめていた男を睨みつけた。


「とうとう、変質者まで来たか」

「もう、本当に訴えますからね!! 弁護士を……!!」


 いつもの調子で怒鳴るが、私を見るルーファスさんの赤い瞳は優しく、取られた手も穏やかに握られていて言葉が出なくなる。なんだかその仕草は『落ち着いたか?』と聞かれているようだった。




「……さて、また私の10が、白の国の客人に何か、迷惑をかけたらしいな」


 ルーファスさんの口調の変化に、やっと見えた周りにたくさんの人が集まっていることがわかった。


「皆、騒がせてすまなかった。どうやらまた10が何かやらかしたらしい。まぁ、いつものことだ」


 集まってきた侍従や侍女達からクスクスと笑いが漏れる。


「さぁ、では苦情でも聞かせていただくとするかな。お客人は私と執務室に……いや、10から受けた被害は、あれの補佐官にも責任を取らさせるか。悪いが、クイーンと5に、私の執務室へ来るよう伝えてくれ。急ぎで頼む。客人との逢瀬を邪魔しない程度にな」


 指示を受けた侍従は笑い混じりに頭を下げて、去って行く。

 小声で「行くぞ」と促され、手を取られたまま歩き出した。




「……すみません、お騒がせしました」


 あんなに人がいるところで取り乱して、また迷惑をかけてしまった。スペードの要職につくエルザさんがトラブルに巻き込まれただなんて、あまり人に知られない方が良かったはずだ。


「構わねぇよ。……エルザは国外か。怪我はしてねぇな?」

「されてませんでした。見た感じは、ですけど」


 ふっと小さく息を漏らす音が聞こえ、ルーファスさんが振り返る。


「お前の怪我だ。エルザの心配はオーウェンにさせる」


 体の、上から下へと赤い瞳が動く。掴まれていない方の手の指先まで見られて、居心地が悪くなった。


「そ、そんな言い方でわかるわけないでしょ。怪我なんか、してませんよ……」

「なら良かったよ」


 再び歩き出したルーファスさんと私の手は繋がったままだ。

 居心地の悪さがどんどんと募り、取り返そうと引っ張っても、離してくれない。


「もう、一人で歩けますから」

「そうか」


 苦情を言えば、拍子抜けするほどあっさりと、手は離れた。

 わずかに汗ばんでいたらしい手のひらが、風にさらされて冷たい。


 自分から言ったことなのに、あまりにもあっさりと離されて、ほんの少しつまらない気持ちに……って何考えてるの!

 生まれた下らない不満を、頭を振って吹き飛ばす。エルザさんが大変な目にあってるかもしれない時に、こんな馬鹿なことを考えるなんて、最低だ。


 執務室につけばソファに座らされ、ルーファスさんが手早くお茶を淹れてくれる。気持ちは焦るが、きっと話はゼンさんとオーウェンさんが来てからだということだろう。




 ゼンさんとオーウェンさんはすぐに駆けつけてきた。今度は落ち着いて、エルザさんに起きたことを説明する。

 しかし最後まで話を聞いた三人は、拍子抜けしたように、一様に安心した表情を浮かべた。


「そんなことなら心配しなくていい。ダイヤのキングとエルザは知り合いだからな。すぐに容疑は晴れて帰ってくるだろ」

「食事でもご馳走になって来ようものなら、お説教ですよ。まったく。ララさんに心配かけて、いつものことながら、もう少し上手く立ち回れないものですかね」

「しかしあの街道で殺人となると、スペードの国も警備を強化する必要があるかもしれませんね」


 もう三人の興味は仕事へと移ったようだった。

 でも言われてみれば確かに、アリーとエルザさんは友達なんだから、殺人容疑なんてかかるわけがなかった。そう思えば、あんなに取り乱したのが、ものすごく恥ずかしくなる。

 ごまかすように、淹れてもらったお茶を一気に流し込み、仕事の邪魔になるからと辞去の挨拶をする。

 ゆっくりしていけよと言う赤い瞳に目を合わせられず、逃げるように執務室を後にした。




 しかし、エルザさんは夜になっても戻らず、翌朝になって、一通の書簡がダイヤの国から届けられた。

ありがとうございました。

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