12
ソフィアはくるりと反転し、アリーの膝へと腰を下ろした。
「わたしの部下は可哀想だった。体をまっすぐ斬られて、たくさん血が出てたわ。あんまりだって思わない? わたしは絶対にスペードの10を許さない。ねぇ、アーノルド。あなたなら分かってくれるよね?」
「も、もちろ」
「ダイヤのキング」
もう我慢出来ない。
私の名指しにアリーはびくりと体を震わせたが、それでも目は決して合わない。
逃がすものか。
「私は以前、あなたと初めてお会いした際に、アリーと名乗っていただきました。しかし、そちらのダイヤの10はあなたをアーノルドと呼ぶ。私はどちらであなたをお呼びすればよろしいのですか?」
「そ、それは……」
ダイヤのキング、アリーは強気な見た目と性格のオネエさんキャラだが、その実、心は主人公への依存エンドが存在するほど、非常に脆く、弱い。自分を認めることができず、また誰にもそんな自分を見せられなくて苦しんでいたところをヒロインに救われて、依存めいた執着を見せるのだ。……それでも、口調や性格が変わるほどの依存は見せなかったけど。
「決まっているでしょう。アーノルドは男性よ。とっても素敵な男の人なの。アーノルドって名前、素敵だわ。絶対にそっちの方がいいと思う」
「……ありがとう、ソフィア。……嬉しいよ」
私の追求から救われたとでも思っているのか、アリーは安堵の表情でソフィアを胸に抱き寄せた。左右の側近達の妬心の炎がこちらにまで伝わるほど熱くなる。
「あなたにひどいことを言うなんて、スペードの10って本当に嫌な人ね。わたしの部下を殺しただけでなく、アーノルドまで傷つけるのだから。……そうだわ! キングへの不敬罪で、処刑してしまいましょう。スペードの国だって、他国とのトラブルはきっと避けたいだろうし、そのためなら10一人の命なんて、安いわよね」
無邪気さの中に見せる本音。
まさか、私を殺すためにこんな大掛かりなことを?
……どうしてそこまで恨まれているんだろう。
心臓の音がうるさく響き、私はどうやら選択を間違えたらしいと悟る。
あそこは、大立ち回りをしてでも逃げるべきだった。
味方のいないらしいここに来ては、いけなかったわ。
それでも、目の前の女を見つめる甘さの孕んだ六つの瞳が、赤や銀、橙でなくて、心の底から良かったと思っている。
もしもこんな状況で、この女が座るのがルーファスの膝の上だったらと思うと、私はきっと数秒と耐えられなかっただろう。──この女を殺してでも、降ろさせるわ。いや、今だってやっちゃっていいかしら。下らないお芝居を見ているようで、気分が悪い。
「それは、出来ない。他国の位を持つものなら、所属国のキングに相談しなければ、俺が勝手に処罰を与えることはできない」
冷静に判断できる頭が残っていたのか、それとも私の殺気に気付いたか。アリーは女の主張を跳ね除けた。こちらに聞こえない音量で何かを囁いているから、言い訳でもしているのかもしれないけど。
「……それでもいいわね。スペードのキングにこちらに来てもらいましょう! クイーンとジャックも来てくれるかしら」
「来るんじゃないですかね。あちらは三人ともこの女に骨抜きだ」
それはあなた達でしょう。と、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
わずかに不快感を表した女はすぐに表情を取り繕い、早く書状を出しましょうとアリーを急かした。
その後ろを、やはりキングを睨むように腹心であるクイーンとジャックが続く。
そっとソフィアが顔だけをこちらに向け、私へと嘲るような勝ち誇るような笑みを浮かべた。
今、ダイヤの国を支配しているのは、アリーじゃない。
あの女だ。あの女が台詞の通りに甘い言葉を囁いて、アリー達を『攻略』し、支配している。
──ソフィアは、転生者だ。
「さようなら。アーノルド」
わざと、心に沁みるように。
ゆっくりと言葉にした。
謁見の間から出るアリーが、ほんの一瞬足を止め、それを誤魔化すように足早に出て行く。
ルーファス達を呼んでくれるのは願ってもないことだけど……まさか、あんな女に攻略されたり、しないわよね……?
ほんの少し前に解決したはずの、私を長く蝕んでいた不安が心の中で暴れ出す。
いいえ、大丈夫。ルーファス達が、あんな女の言葉に流されるわけがないし、私には同じく転生者で、ゲームのストーリーを知るララがいる。
大丈夫。絶対に、大丈夫よ。
兵士に押されて連れて行かれた先で、絶句してしまった。
別の心配事が増えちゃったわ……。
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