8会議? いいえ、緊急会議です!
その日の夜。
時刻は夜中の9時。「明日は早いので」と早々に俊介が寝静まったのを見計らって、和姫、レイラ、美鈴、ましろの4人は、またもや暗い室内のテーブルを囲んでいた。上座につく議長役の和姫は、開口一番、
「それではこれより、緊急妹会議を始めます」
と重々しく告げた。
「わたくしたちは、今までお兄様を守るため、お兄様の寵愛を受けるために、この世に生を受けました。今、その前提が大きく崩れつつあります。これは、由々しき事態と言わざるをえないでしょう。そこで、今回の緊急会議に至りました。ここはひとつ、互いの持つ情報は全て開示するべきだと思います。まず、お兄様がわたくしの愛情たっぷりのお夕飯を食べずに、どこかの店で外食をする。こんなことは、今まで一度もなかったことですわ」
「……お友達と、って言ってたよね?」
美鈴は、細い眉毛をしかめて、
「ということは、やっぱり男の子じゃなくて、女の子なのかなあ? だとしたら、イヤだなあ」
「解せないことなら、他にもあるわ」
悲痛な顔をする美鈴の横で、顎の下で両手を組みながらレイラは、
「兄さんは今日、服屋で服を買っていたわ。今までわたしたちが選んだ服しか着ない兄さんが――これは小学生の遠足以来の出来事だわ」
「ふええ……にーにー、あしたはお休みなのに、ましろと遊んでくれないって言ってた……」
いつもはもう寝ている時間なので、寝惚け眼をこすりながら、ましろは不満の声を口にした。
「これらのことを統合すると、導き出される答えは1つとなります」
それぞれの顔を見渡しながら、すーっと息をつき、和姫は真剣な口調で言った。
「「「「デート」」」」
奇しくも、4人の声がピッタリと重なった。
「しかしそうすると、誰と? という問題になります」
そこから和姫は、首をかしげて、
「わたくしが調べた限りでは、お兄様の学校には、お兄様を狙う不届きな輩はいなかったはずですわ。数時間前の会議でも申し上げたとおり、お兄様の携帯にはわたくしたち家族以外のアドレスは登録されていないのですから」
「じゃあ、逆ナンでもされたってことなのかなあ?」
悲しげにうつむきながら美鈴は、
「でも、そんなのイヤだな。昨日今日会った人と急にデートだなんて。お兄ちゃんは、そんな軽い人じゃないよ」
「まだ女と決まったわけじゃないけど」
美鈴の憂慮を、レイラは遮る。
「もしかしたら本当に、男友達と遊びに行くのかもしれないわ。まあ、万が一にもありえないでしょうけど」
そのような会話を、4姉妹は繰り広げていく。
結局のところ、俊介がデートに行くのか否か? そしてデートならば相手は誰なのか? というのが主な疑問点としてまとめられていた。
そしてその疑問を払拭する方法は、ひとつだけだった。
「「「「尾行」」」」
期せずしてピッタリと重なる4人の声。
「そうですわね。相手の容姿が想像できない以上、実際にお兄様を尾行して、確かめる他はありません」
「んー……でも、いいのかなあ。お兄ちゃんのデートをつけるなんて。もしバレたら、怒られるんじゃないかなあ?」
敢然として言い切る和姫に。
美鈴は悄然と反対意見を述べた。
他の3人は俊介のデートを尾行する気まんまんである。こうした会議で唯一の反対意見を出す者は、大体煙たがれるものだが、美鈴もその例に漏れず、
「あら。来たくない人は来なければいいんじゃないかしら」
レイラは赤い瞳を美鈴に向けながら言う。
「確かに、人のデートの跡をつけるなんていけないことよ。そんなことは分かってるわ。でもね。その程度のことを気にしてちゃ、兄さんから異性として愛されるなんて、とても不可能なことなのよ。といっても無理強いはしないから、スズ以外にも良心が咎める人は来なくていいわ」
「馬鹿を言いなさいな。わたくしは行きますわ」
「ましろも行くー」
レイラの言葉に、追随するように覚悟を決める和姫とましろ。
「……え? え? あ、あたしは……」
こうなってくると、美鈴ひとりが仲間はずれを食らったような形になる。
「それじゃあ、スズ以外のこの3人で、明日兄さんのデートを尾行するってことで。異存はないわね?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
強引に流れを取り決めていくレイラに、美鈴は待ったの声をかけるが、
「ええ。わたくしはよろしくてよ」と和姫。
「スズねーねー。おるすよろしくねー」とましろ。
「決定ね。それじゃあ、変装についてだけど……」
と、レイラが和姫、ましろと作戦を立てようとしたところで美鈴が、
「ちょっと待ったー! あたしも行く! 行くってばー!」
リビング中に響き渡るような大声で叫ぶ美鈴。
その前から、わりと普通の声で話してはいたが。
どうもこの4姉妹は、秘密の会議をしているという自覚がないらしい。
「行きたければ、最初から素直にそう言えばいいのよ」
しーんと静まり返った室内で、口を開いたのはレイラだった。
「いい? わたしたちは本気で兄さんを愛すると、誓い合ったはずでしょう? 今は利害が一致しているから手を組んでいるだけで、ここにいる4人だって、いつかは敵味方に分かれるかもしれないの。少なくとも、わたしにはその覚悟がある。骨肉の争いをする覚悟が。だから、みんなも綺麗ごとを言うのだけは止めてね」
その言葉に、返事をするものはいなかった。俊介を誰かに奪われるかもしれない。その恐怖。そして、誰かと戦わなければならないという不安が、少女たちを無言にさせるのである。
「まあ、そういうことですわね。珍しくレイラは正論を言ったと思います」
そう言って、和姫は要点をまとめた。
「わたくしたちと俊介お兄様は、血のつながりがないといえども、兄妹です。それが何を意味しているのか。もう一度よく考えましょう。それでも、お兄様を異性として愛するのか? それとも――」
「ましろは、にーにーの、およめさんになる……」
その言葉を漏らしたのは、ここまでほとんど喋ってこなかったましろであった。とはいっても、彼女はもう眠りこけていて、今のは単なる寝言だったのだが。
あまりのタイミングの良さに、和姫は苦笑しながら、
「そうですわね。今更こんなこと、聞くまでもないことでした。それでは、今回の会議はこれでお開きとしましょう。各自、明日に向けて変装や尾行に役立つものを用意しておくように。以上」




