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23キス? いいえ、おでこにです!

 それは突然の発言だった。

 布団の上に横たわるレイラは、俊介にキスをするようお願いをしたのだ。


「兄さん、わたしのこと嫌い?」


 俊介の沈黙をそう解釈したのか、レイラは不安そうに尋ねた。


「そ、そんなことありませんよ!」


 思いのほか声が大きくなってしまった。しかし病人の前だと気づき、俊介は再び黙る。だがなぜ、レイラはこのタイミングで自分にキスをせがんだのか。俊介には皆目見当もつかなかった。


「ただ……今は安静にしていた方がいいですよ。唾液を通してウイルスに感染する恐れもあるわけででしてね。伝染性単核球症という病気が……」


 俊介は長々と説明しようとすると、レイラは、


「わたしのこと、嫌いでもいいの」


 その口調は、凍えそうなほど冷静で、俊介はびくっと言葉を呑んだ。

 レイラはそんな俊介に構わずに、


「ただ、今日だけでいいの。今だけでいいから、わたしを愛してほしい」


「今日だけって……」


「兄さんは、瀬戸内恋華のことが好きなんでしょ? 今はまだ『お試し恋人』期間中だけど。それが終わったら、兄さんは……きっと……」


 レイラは、最後まで言いきらずに言葉を濁した。俊介がその顔を覗き込むと、レイラは無表情で、どんな感情でいるのか分からなかった。


「わたし、瀬戸内恋華のこと、嫌いじゃないよ」


 レイラが俊介を見つめながら言う。

 俊介は目のやり場に困り、視線を泳がせた。


「でもね、だからって諦めきれないの、兄さんのこと。兄さんはわたしの初恋の人だし、7年間も想い続けてきたから。意地悪いって思うかもしれないけど」


「……意地悪くなんか、ないですよ……。悪いのは、僕の方です」


 7年前、初めてこの家に来た時のことを、思い出す。

 あの頃からレイラは、自分を思い続けてきたと言っている。その初恋の人が、自分を差し置いて彼女なんて作ったら、一体どう思うだろうか。


 レイラの心境は察するに余りある。俊介は、レイラに対して謝りたい気持ちで一杯だった。そんな純真な少女の気持ちを、身勝手な理由で騙し、傷つけてしまったのだから。


 後悔に苛まれる俊介に、レイラは優しく声をかけた。


「兄さんは、何も悪くないよ」


「……でも、僕は……」


 レイラの声が優しければ優しいほど、俊介の自責の念は深くなっていった。


「僕、レイラさんのこと好きですよ」


「え? ほ、ほんと? 兄さん……?」


「はい。たらればの話ですけど。もしもこういう出会いじゃなく、普通の男女として巡り会っていたとしたら。僕はレイラさんと付き合っていたんじゃないかなって、そう思います」


 それは、紛れもない俊介の本心だった。

 その言葉に、レイラは白い頬をポッと染めて、


「……その言葉が本当なら、キスしてほしいな……」


「レイラさん……本気ですか?」


 レイラは俊介の問いには答えずに、目を閉じた。

 

「レイラ……さん」


 俊介は、多少ためらいながらも、顔を近づけた。

 閉じられたまぶたには、つけ毛かと思うよな長い睫毛が生えており、真っ直ぐに通った鼻は寸分の歪みもなく整っている。極めつけはぷっくらとして、柔らかそうで肉付きのいい唇だ。


 俊介は、思わず唾を飲んだ。

 そのことには気づかれないよう、努めて冷静な声で、


「いきますよ。いいんですね?」


「兄さんとなら、わたしは地獄に落ちたって後悔しないわ」


「そうですか。じゃあ、キス……しますよ」


 俊介のその一言で、閉じていたレイラのまぶたがピクンと動いた。


「うん、して。でも、優しくしてね? だってわたし――初めてだから」


「は、はい」


 俊介はレイラ以上に緊張しながら返事をした。

 義理とはいえ兄である自分が、妹のファーストキスを奪う――そんなことをしていいのか? そんなことを思いながら。


 パニック状態のまま、俊介はレイラに覆いかぶさるような形で、顔を近づける。

 レイラの唇まで、あと数センチというところまで迫った時――


「すぅ~、すぅぅ~~」


「レイラさん?」


 思わず俊介は顔を離した。

 見ると、レイラは深く寝入っており、静かな寝息を立てている。どうやら、はちみつ湯を飲んで暖まり、体温が上昇したことによって、眠気が働いたらしい。


 これなら、キスはしなくていいんじゃないか?

 俊介は頭の中でそう考えた。誰だって、寝てる時にファーストキスは奪われたくないだろう。レイラは、自分を初恋の人だと言った。だったら、なおさら。


 しかし、約束をしたのだ。今だけはレイラを1人の女性として愛し、そしてキスをすると。眠っているとはいえ、このまま約束を反故にするような真似をしていいのか。


 俊介は考えに考えた。その結果――


「……失礼します」


 俊介はレイラの前髪をかきわけた。

 続きは起きてる時に。今はこれで我慢してください。そう思いながら。


 俊介はレイラのおでこに、軽くキスをした。

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