7疑惑? いいえ、有罪です!
俊介が玄関のドアを開けた瞬間。
「お兄様。お帰りなさいませ」
「ただいま。お出迎えありがとうございます。和姫さん」
長女の和姫が、三つ指をつき深々と頭を垂れながら、上がり框で俊介を出迎えた。これがいつもの俊介の日常だった。
帰宅すれば、妹達がすぐに走ってくる。
「お兄様。お夕飯のご用意が整っておりますわ。さぞ空腹でいらっしゃることでしょう? 今日もわたくしが、腕によりをかけて調理いたしましたわ」
頭を下げながら言う和姫に、俊介は申し訳なさそうに顔をかきながら、
「あー、すみません和姫さん。晩御飯は食べてきたんですよ……」
「は……? 食べて、きた……?」
光の消えた瞳で俊介を見上げる和姫だったが、その呟きはドタドタと走る音にかき消された。
「お兄ちゃん、おっかえりなさーい!」
4女の美鈴である。彼女は元気よく、土間に立つ俊介のまわりをピョンピョンはねながら、
「もー! 帰ってくるのおっそいよー! 心配したんだからねー?」
「ただいま美鈴さん。すみません、ちょっと色々あって」
「いいんだよ。どうせお兄ちゃんのことだから、どこかで人助けでもしてたんでしょ?」
「いいえ、今日はそういうわけでは……」
「そうなの? じゃあ、なんで帰りが遅れたの?」
「ああ、お友達と喫茶店に行って食事してきたんですよ」
「お、お友達……? お兄ちゃんに……?」
美鈴は呆然とした表情で呟いた。
井川家では、俊介の門限は6時までとなっている。ちなみに、現在の時刻は8時すぎである。それでも、基本的に俊介は学校が終わるとすぐ帰宅するため、多少の門限破りは許されているのだ。
「お兄ちゃんに……お友達……お兄ちゃんに……お友達……」
よほどショックを受けたのか、同じ言葉を何度も繰り返す美鈴。
流石に様子がおかしいと思い、俊介が声をかけようとしたその時だった。
「おかえりなさい、兄さん」
「レ、レイラさん……ただいま……」
数秒前には間違いなくいなかったはずの次女のレイラが、いつの間にか俊介の後ろに立ってニッコリと笑っていたのだった。
「相変わらず神出鬼没ですね、レイラさんは」
「うふふ。わたしがその気になれば、存在感を消すことなんて容易なことよ」
「は、はあ……魔力、ですか……」
「ちなみに魔力とは、兄さんと性行為をすることで補充されるわ」
「なんですかその限定的な充電方法は」
「リア充の世界へ行くためには、あえて不浄の液体を浴びて、身を穢さないといけないの。さあ兄さん。兄さんの欲望のアトモスフィアで、わたしの汚れなき天女の小宮をつらぬいて!」
「すみません、もう何を言ってるのか全然わからないです」
「兄さん、わたしと一発やらない?」
「分かりやすすぎますよ! というか一気に下品な内容になりましたね!」
「ああ、もう。なんでもいいからエッチしてください」
「急にめんどくさくなった上にキャラ崩壊するの止めてもらえませんかね……」
レイラの中2っぷりは、俊介には理解できないものだった。
地頭はいいのだから、その無駄な雑学を全て勉強に向ければいいのに、といつも俊介は思っていた。
「――時に兄さん。1番風呂が沸いているけど、一緒に入らない? なんなら、わたしが背中を流すわ」
一転して、真面目な口調で話すレイラだった。
俊介は数秒考え、申し訳なさそうに、
「すみません。実はこれからちょっと寄るところがあって。先に入っていてもらえますか?」
「え? え? 寄るところって?」
思い切りシドロモドロになりながら尋ね返すレイラ。
「ちょっと服屋さんに。あ、一応聞いておきますけど、『ユニシロ』ってまだ開いてましたっけ?」
「あ……開いてる……と思うけど」
すっかり狼狽しながら、レイラは答える。
「そうですか。それはよかった。明日着ていく服をどうしようかと悩んでいたんです」
「――え? 兄さん、それってどういう――」
レイラがそう尋ねようとした時、リビングの方から、甲高いソプラノボイスが聞こえてきた。
「にーにー、おかえりー!」
5女のましろがとてとてとおぼつかない足取りで俊介の下まで走ってきた。そのまま、ダイブするような形で俊介の膝にしがみつく。俊介は、ましろの体を受け止めると共に、反射的にましろのピンクの頭を撫でた。
「えへへー。にーにー♪ にーにー♪」
くすぐったそうな声で嬉しそうに笑うましろ。
他の4姉妹には兄離れしてほしいと願う俊介ではあったが、ましろに対しては別だ。まだ7歳で、しかも今家には両親がいないのだから、自分が精一杯甘えさせてやらなければ、と俊介は考えていた。
ふいに、ましろは顔を上げて。
「にーにー。あしたは土曜日だから、いっぱい遊べるね! あしたは一日中、ましろといっしょにいてね!」
「あー、すみません、ましろさん。明日は、ダメなんです……」
俊介がそう言うと、ましろは途端に泣きべそをかいた。
「どうしてー? にーにー、ましろのこときらいー?」
「ち、違いますよ!」
俊介は慌ててましろの言葉を否定した。
「じゃあどうしてー? どうしてましろといっしょにいてくれないのー?」
ましろは純粋無垢な瞳を悲しげにウルウルと潤ませながら、俊介に尋ねた。
その表情は、捨てられた子犬を連想させるので……俊介はとても弱かった。
しかし恋華との約束があるので、俊介はきちんと説明することにした。
「すみません、ましろさん。僕は明日、お友達と遊びにいく約束をしているんです。僕はあなた達のことも大事ですけど、友達のこともそれと同じように大切にしないといけないんです。わかりますか?」
「んー。むずかしくて、よくわかんない」
「あはは。そうですか」
首を傾げながら、頭の上に疑問符を浮かべ「うーん」と唸るましろに、俊介は、
「ましろさんのクラスにも、お友達はいるでしょう?」
「えっとーね……さやかちゃんにともみちゃんにあやかちゃん……うん! いっぱいいるよ!」
「その人たちがましろさんとの約束を破ったら、ましろさんはどういう気持ちになりますか?」
「うー……ましろ、なきたくなっちゃう」
「でしょう? 1度交わした約束を破られると、凄く悲しい気持ちになります。だから、お友達との約束はきちんと守らないといけないんです。わかりましたね?」
「うん! わかったー!」
「ああ、ましろさんはえらいですね」
得心したように何度も頷くましろの頭を、ポンポンと俊介は撫でてやる。
そして、他の3姉妹に向き直ると、
「そういうことなので、明日は僕の分のご飯はいりません。家を空けることを心苦しく思いますけど、みなさんで何とかお願いします。いいですね?」
「「「はい……」」」
俊介の問いかけに、和姫、レイラ、美鈴の3人は、呆けたように答えるのだった。