クリスマス特別エピソード 恋の華
12月20日。冬休み前の教室にて。井川俊介は深く悩んでいた。
周りの生徒達はもうすっかりクリスマスムード。嫌でも意識させられるのだ。相手がいないわけではない。むしろ、とびきりの美少女と俊介は付き合っているのだ。
ただ、その彼女というのが少し問題なわけで……。
9月の半ば、彼は瀬戸内恋華から屋上に呼び出された。
まだ互いに深く知り合う前だった。
そこで、俊介は恋華に告白された。
しかし、そこは学内でもトップの成績を誇る俊介。すぐに恋華が何か企みを持っていることを看破した。そして、恋華が男子からの告白ラッシュに悩まされていたことを知る。自身は妹達からのアプローチに悩まされていたこともあり、恋華の「偽装恋人」案を承諾した。
偽装恋人というのは、あくまで「仮」の恋人なので、本物の彼氏彼女ではない。なので、恋華とクリスマスを過ごすのか? そして、デートに誘うならどう言えばいいのか? 俊介はそのことで授業内容も頭に入らないほど悩んでいたのだ。
案その1。普通に誘う。
「恋華さん。クリスマスデートしません?」
恋華も俊介にはかなり心を許している様子なので、普通に誘えばOKがもらえる可能性は高い――が、恋華は何を考えているのかよく分からないところがある。恋華にも都合や交友関係もあるだろうし、下手をすれば「ごめん。その日はちょっと……」と断られる可能性もなくはない。
それに、まるで買い食いでも誘うかのようにデートの誘いをするのは違う気がした。まして、年に1度のクリスマスなのだ。ならば、無難な誘い方は女子に対しても失礼なのではないか。もっとこう、クリスマスにふさわしいデートの誘い方があるのではないか。
案その2。ロマンチックに誘う。
「キラキラ輝くクリスマスツリーでも眺めながら、一緒に食事でも行きませんか?」
うん、これはない。俊介は即座に自身の考えを棄却した。まず台詞がクサすぎるし、そもそも自分にはこんなキザなキャラは似合わない。恋華もどちらかと言うと、こんな台詞は嫌うのではないか。
しかし、ちょっと待てよ? ……俊介は考え直した。
バカにするわけではないが、恋華は意外にもロマンチックな一面がある。クリスマスという情緒たっぷりな日に、女の子なら彼氏にロマンチックに口説かれたいと、誰でも思うだろう。思わないか……? いや、思う、はずだ……。ハッキリ言って、わからない。俊介には、今まで恋華以外に女性と付き合った経験がないのだから。ただ、1つの案としてはアリだと思った。
案その3。あえて素っ気無く誘う。
「別にどうでもいいんですけど、よかったらクリスマスツリーでも見に行きません?」
これならどうだろうか。
一見無愛想で、無遠慮で、冷たい印象すら受ける。
しかし、そうした「俺様キャラ」を好きな女子がいることも事実だ。あえて興味がないフリをしたり、やたらクールに振舞ったり。しかし、「俺様系」はどう考えても俊介のキャラではないし、恋華にもM気質はなさそうだった。
なにより興味がないフリをする、ということが1番難しかった。
なぜなら俊介は、恋華のことを――
「さっきから何ひとりでブツブツ言ってるのー?」
「うわ!?」
いつの間にか目の前にいた人物に話しかけられ、俊介は慌てて椅子から転げ落ちそうになった。
相手は、噂の瀬戸内恋華だ。
藍色のサラサラなストレートヘアは1本の枝毛もなく腰元まで垂れている。顔のパーツはとにかく全てがバランスよく整っていて、かつスタイルも抜群で、男性ならば一目見ただけで誰でも惚れてしまうと言われるほどだ。
超高校級の美少女。
それが、瀬戸内恋華なのだ。
その恋華は、俊介のリアクションに目を丸くしながら、
「普通に話しかけただけなのに、どうしてそんなにビックリするかな?」
「あ、ああ。そうですね。少し考え事をしてまして……」
あなたのことを考えていたんですよ、とは流石に言えなかった。
恋華には、そんな自分の一面は見せたくなかったからだ。
「それより、僕に何か用ですか?」
俊介がそう尋ねると、恋華はニコリと微笑みながら言った。
「俊介君。クリスマスって暇?」
「クリスマス……ですか?」
「そう。よかったら、私とデートしない?」
正に、渡りに船だった。恋華を誘うために、わざわざ台詞まで考えた俊介にとっては。まさか向こうから誘いにきてくれるとは、この上なく好都合ではあるが。
「どう? 俊介君、他に用事でもあった……かな?」
答えに窮する俊介を見て、恋華が心細そうに上目遣いで尋ねる。
「え、い、いや、そんなことはないですけど……」
しどろもどろになりながら、俊介は答える。
「じゃあ、決まり! イルミネーション見に行こうね! 約束だよ!」
恋華は俊介にピッと人差し指を向けて、釘を刺した。
まるでお母さんが子供に「約束を破っちゃダメよ?」と注意するような言い方だ。
……まあ、いいか。
俊介は心の中で1人納得した。
恋華とのデートが、楽しみなことに変わりはないのだから――
そして、時間は飛び12月25日。クリスマス当日。
俊介と恋華は、都心部にあるクリスマス・スポットに来ていた。
雑誌やネットで採り上げられただけあって、まわりはカップルだらけで、皆腕を組んだり、スマホでツリーを撮影したりしていた。
それもそのはずである。
とにかく、この場は「綺麗」の一言に尽きるのだから。
広場にはクリスマスツリーが幻想的な光で装飾され、カラフルに光り輝いている。花やダイヤモンドをモチーフにしたオブジェなども設置され、クリスマス気分を盛り上げてくれている。そう、何もかもが美しいのだが――1つだけ問題があった。
「雪……降らないね」
「仕方ないですよ。今年は記録的な暖冬らしいですし」
ベンチに腰掛ける恋華のぼやきに、隣に座る俊介は答えた。今日の恋華は白のコートに白のマフラー、白のスカートと、全身を真っ白にコーディネートしている。可愛らしい顔立ちも相まって、雪の妖精のように見えた。
「雪が降るクリスマスをホワイト・クリスマス。じゃあ、雪が降らないクリスマスを何と言うか知っていますか?」
「……ブラック・クリスマス?」
「違いますよ。グリーン・クリスマスって言うんですって」
「へえ。そうなんだ」
さり気なく雑学を披露する俊介であったが、反応は今ひとつであった。
「それよりさ。せっかくのクリスマスなんだから。プレゼントちょうだい」
「……もう少し風情のある言い方は出来ないんですかね。それに、もらえて当然みたいな言い方はどうかと思いますよ?」
「え? ま、まさか、プレゼントがないとか言わないでしょうね!」
「いえ、持ってきてますよ」
俊介はそう言うと、ポケットからラッピングされた小箱を取り出した。
「これ……私に?」
「他に誰がいるんですか? 開けてみてください」
「う、うん……」
恋華は言われたとおり、包装紙を丁寧に剥がし、箱を開けた。
そこに入っていたのは、真っ赤な薔薇の形をしたブローチだった。
「色々悩んだんですけどね。結局これにしました。赤い薔薇の花言葉って知っていますか? 『熱烈な恋』らしいですよ。『恋』という名がついてる恋華さんにはピッタリだろうと思いましてね」
と、俊介が照れくさそうに言う。
「うん……綺麗。俊介君、ありがとう」
「これでやっと、ちゃんとしたお礼が出来ましたね」
「お礼?」
恋華は首を傾げた。俊介に礼を言われることをした覚えは、ない。
「あなたの弟君――勝君でしたっけ? に騙されて、1度あなたの話も聞かずに別れようとしたことです。ずっと、申し訳なく思っていたんです」
「そんな……それは、もう別に」
恋華は、もらったブローチを握り締めながら言った。
全ては愚弟である勝のせいなのだ。俊介には何の責任もない。
「それに、嬉しかったんです。酷いことを言った僕を信じてくれて。その時、恋華さんって強い人なんだなあって感心したんですよ」
「あ~。あの時は私もテンパッちゃってたからね~。こっちの方こそ、足蹴ったりしてごめんね?」
「いいんですよ。そのおかげで、僕は恋華さんと一緒にクリスマスを過ごせるわけですから」
俊介は、少しはにかむように笑った。
……対照的に、恋華はいびつな表情をしていた。
「ありがとう……」
それだけ言うのが、精一杯だった。
下手に言葉を紡げば、泣いてしまいそうだから。
そうしたら、また俊介を心配させてしまうから。
だから恋華は、必死に涙が出るのをこらえていた。
強い人だと彼に褒めてもらってるのに、弱い部分など見せられない。
「じゃあ、お返しをしないとだね」
ゴシゴシ目をこすると、恋華はそう言った。
「プレゼントあげるから、目閉じてくれる?」
予想外の提案に、俊介は驚きの表情を見せた。
しかしすぐに、
「……サプライズ、てやつですか?」
「そんなようなものだね」
「わかりました」
俊介は頷くと、スッと目を閉じた。
「顎をもう少し上げてくれる? あと、口もちょっと開けてくれると嬉しいな」
「え? あ、は、はい」
俊介の返事に戸惑いが混じる。目を閉じているので、恋華が何をしてくるかは見えないが。
――おそらく、キスをされるのだろう。
というより、それしか考えられなかった。
恋華は小さく息を吸い込むと。
吐息がかかる距離まで俊介の唇に自身の唇を近づけた。
そして。
「えいっ」
口の中に柔らかいものが入ってきた。
甘くフルーティーで、ほのかに酸味があって……。
「ってこれ、チョコレートじゃないですか?」
……目を開けて俊介はそう言った。
「あれっ? チョコ嫌いだった?」
「いえ、好きですけど……そういう問題じゃなくて」
見ると、いつの間にか恋華の手にはチョコレートの包みが入った小袋が握られていた。
「これね。オレンジピールをチョコレートで包んだ『オランジュ』っていうお菓子だよ。この間食べてすごく美味しかったから、俊介君にもプレゼントしたいなって思ったの」
「な、なんて紛らわしいことを……」
期待を裏切る恋華の言葉に、俊介はガックリと肩を落とした。
そんな俊介の反応を見て、恋華は「んー?」としたり顔で、
「私は『プレゼントをあげる』って言っただけなんだけどなー? それとも、何か別のことを期待しちゃったとか? たとえば、キ・ス・と・か♡」
恋華は俊介に顔を突き出してきた。
その愛らしい顔と香水の匂いにドキドキしながら、俊介は答える。
「べ、別に。食べさせるなら、普通に食べさせてくれればいいのにって、思っただけですよ」
「でもさー。それだと面白くないじゃん」
「面白いとかつまらないとか、そういう問題じゃないと思います」
実を言うとキスをされなかったことに不満を持っていたのだが、それを言うと恋華をさらにつけあがらせる、と俊介は黙っていた。
「だってさ、過剰なスキンシップは禁じられてるんだもん」
恋華は寂しげに笑った。
「俊介君の妹さん達にね。今の私は俊介君の『お試し恋人』なんだよ。どこで誰が見てるかも分からないし。だから……ね?」
「まあ……それは分かりますけど」
家で俊介の帰りを待つ妹達のことを思えば、自分だけが恋人とイチャイチャするのは申し訳なくも思う。
俊介の気持ちを知ってか知らずか、恋華はうつむきながらボソリと呟いた。
「ほ。ほんとは私も、キスしたかったんだからね……?」
「はい? 何か言いました?」
思わず俊介は聞き返した。
「う、ううん! なんでもないよ! 悪戯してお茶を濁したところまでは良かったけど、本当は『フツーにキスしとけばよかったなあ』なんて、そんなこと絶対思ってないから! ほんとだよ!」
と、恋華は必死に手を振りながら弁解をした。
……というより、ほぼ本音がダダ漏れだったが。
「……まあ、いいんですけどね。よく考えれば、キスより、形に残る物のほうが」
「よくない! 恋人同士なんだからキスは絶対しないと!」
「いや、どっちなんですか!」
恋華の言うことがサッパリ分からなくなる俊介だった。
――その時。
まるで紙吹雪のように、ほのかに白い光が空から舞い降りた。
俊介と恋華は空を同時に見上げ、「それ」を見た。
「雪だ……」
それまでの暗い空が嘘のように、白い雪のすだれが幾重にも垂れ下がってくる。
周りのカップルからも、「おおっ」という声が上がった。
その気持ちは、俊介にもよく理解できた。
恋人と一緒に見る雪というのは、特別なものなのだ。
「これでやっと、ホワイトクリスマスになったね」
恋華は、視線を俊介へと移した。
「私達、まだ付き合い始めて日が浅いし、そもそも偽装だけど。でも、思い出はいっぱい作ろうね。いつか思い出す時に、楽しくなるような思い出を」
「……そうですね。来年もまた、こんな風にクリスマスを過ごしたいですね」
「過ごそう、過ごそう! ……ていうか、それ俊介君からの告白!? 来年も再来年も一緒にいたい=私と結婚したいってことでいいの!?」
「なんでそうなるんですか!」
「聞いちゃったもんねー! キャー! 俊介君からプロポーズされちゃったー!」
ツッコミを入れる俊介を無視して、恋華は早速積もった雪の上を走り回った。
その姿を見てるだけで、嫌なことも、寂しい気持ちも、全てが和らぐ気がした。
今は偽装でもお試しでもかまわない。
しかし、俊介は思った。
――いつか、恋華と本物の恋人になれたらいいな、と。




