48手遅れ? いいえ、やり直せます!
翌朝。俊介はいつもより早い時間に登校していた。
理由は、恋華と顔を合わせないためだ。昨日は迎えにきた恋華と一緒に家を出て、一緒に学校まで歩いていたのに。今日の俊介は1人きりで登校していた。
校門の前まで歩いたところで、知った顔を見つける。
藍色の艶やかな、サラサラロングストレートをした美少女。
瀬戸内恋華だ。
しかし、雰囲気はまるで違っていた。
いつもは朗らかで笑顔を絶やさないのに、今日の恋華はやたら緊張してるというか、強張った顔をしている。
「……あ! 俊介君!」
恋華は俊介を見つけると、それまでの憂鬱な顔が嘘のように、パアッと顔を明るくした。そして、早足で駆け寄ってくる。
どうやら、俊介のことを待っていたらしい。
「おはよう、俊介君。どうしても話したいことがあったから待ってたんだけど。ダメかな?」
恋華が上目遣いで弱々しく尋ねるが、
「……」
俊介は無視して通り過ぎようとした。
恋華とチャラ男は付き合っていた。
そして、そのことを秘密にして俊介をからかっていた。
……もはや話すことなど何もない。
「ちょ、ちょっと待ってってば!」
恋華を置いて先に校門をくぐろうとした俊介の手を、恋華は咄嗟につかむ。その必死な叫びに周りの生徒達も何事かと足を止める。
しかし俊介は我関せずとばかりに歩き出そうとする。
「ねえ俊介君! お願い、話を聞いて!」
恋華は俊介の腕を引っ張ると、自らの両腕を絡めた。
いわゆる恋人の腕組みのようなポーズだ。
すると俊介は、
「あなたと話すことなんて、もう何もありませんよ。あなたとの関係は終わりです。電話でそう言ったでしょう」
心臓が鷲づかみにされるような圧迫感を、俊介は感じていた。
恋華の泣きそうな顔を見てると。裏切られたと分かっていても、別れを告げる覚悟を決めても、決意そのものが揺らいでしまう。
「だからなんでよ! とにかく落ち着いて? 1回ちゃんと話し合おう?」
「その前に、抱きつかないでもらえますか? そういうのはちゃんとした彼氏とやればいいでしょう」
「やだー! 私は、俊介君がいいの!」
俊介はつかまれた腕を振り払おうとするが、いくら手をブンブン振ろうとも、恋華はスッポンのように俊介から離れない。そのコントのようなやり取りを、周りの生徒達は面白そうに眺めていた。
ハア、ハア、と息を荒くつくと、俊介は尚も手を握ったままの恋華に向かって、
「いい加減に、手を離してくれませんか? 瀬戸内さん」
「せ、せとうちさん? 俊介君、何で急に苗字なんかで呼ぶの?」
あなたが僕を裏切ったんじゃないですか――そう言いかけて、俊介は止めた。恋華がチャラ男と付き合ってることを知ってるのは、自分だけなのだ。それをバラしてしまっては、「恋華は他に彼氏がいるのにクラスメイトに告白をした」尻軽女と見られてしまう。ならば、チャラ男のことは伏せるべきだろう、と。
「――瀬戸内さんのほうこそ、名前で呼ばないでもらえますか? もう、僕とあなたは赤の他人なんですから」
俊介は冷たく言い放つ。周りの生徒達も、この時初めて深刻な状況であることを察したかのように、事態の成り行きを黙って見守っていた。
「そ、そんな……赤の他人だなんて……ひどい……」
恋華は悲しそうな顔を両手で押さえた。両指の間からはしくしくと泣き声が溢れ出ている。
「おい井川! なに瀬戸内さんを泣かせてんだよ! お前ふざけんなよ!」
「女の子を泣かせるなんて、井川君サイテー!」
完全に俊介が恋華を苛めてる構図に見えたのか、ついに周囲からは俊介への罵倒が飛び交い出した。
「い、いや……何も泣かなくても。ね、恋華さん。このとおり、また名前で呼びますから。もう泣かないでください」
周りの野次と、恋華の涙にすっかり動揺した俊介は、恋華の肩に手を置きながら言った。
「今度チョコレートパフェをおごりますから。それで泣き止んでくれますか?」
「ぐすっ……ジャンボチョコレートパフェがいい」
「ああ、はいはい。何でもおごりますから」
「くすん……あと、私の話もちゃんと聞いて」
泣いてるわりには冷静な要求をしているな。
俊介がそう疑い始めたのも束の間。
2人の周りには沢山の野次馬で埋め尽くされていた。登校中のほぼ全生徒が俊介と恋華の一挙手一同を食い入るように見つめている。
すっかり観客も出来上がり、舞台の主役である恋華は言った。
「お願い俊介君……話せば、わかるから……」
「分かりましたよ……話を聞くだけですからね?」
「ほんと!?」
俊介がそう言うのと、恋華が顔を上げるのは、ほぼ同時だった。その顔は涙を流し悲嘆に暮れる表情ではなく、朗らかで快活ないつもの恋華だった。
「やった! じゃあ、放課後空けといてね? 約束破ったら、許さないんだからね!」
ずいっと元気に詰め寄る恋華。
予想はしていたことだが、俊介はため息をついた。
「泣き真似なんて、卑怯ですよ」
「だって。こうでもしないと俊介君、私の話を聞こうとしないんだもん」
「……だからって、こんな注目を集めることしなくてもいいじゃないですか」
ただでさえ恋華は学園のアイドルで有名人だというのに。
そろそろ教師や風紀委員も駆けつけてきそうだ。
「ふーんだ、今さら撤回なんて認めないんだからね! ここにいっぱい証人もいるんだから! ちゃんと、私の話をじっくり聞いてもらうからね!」
そう言い残すと、恋華は校舎の中へと走り去っていった。
「恋華さん……話って、一体……?」
俊介はその後姿を、呆然と見送っていた。恋華が去って興味を無くしたのか、野次馬たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から立ち去っていった。
1人残された俊介は、ぼんやりと考えていた。
――もしかしたら、まだやり直せるかもしれない、と。




