4余裕? いいえ、緊張です!
「……えっと。これ、食べるんですか? 2人で?」
あい♡あいジュースと、カップル専用☆ジャンボチョコレートパフェを見下ろしながら、俊介は言った。
「そうだよ。こんなの1人で食べてたら、ただの危ない人じゃない」
「……食べづらいですよ。別々に頼めばいいものを」
俊介がそう愚痴をこぼすと、恋華は身を乗り出しながら、
「何言ってるの! カップルなら、ふたりでひとつのジュースを飲む! これはもはや常識! パフェとかもそう! お互いに『あ~ん』をさせあったり、『口に生クリームがついてるよ。僕がとってあげるよ』とかやったり! とにかく、恋人なら絶対やるべきシチュエーションなんだって!」
「へーそうなんですか」
熱弁をふるう恋華に対し、適当に相槌を打つ俊介。
「やっぱりさ~。恋人といえばシェアだよね~。お互いに一つの食べ物を分け合う。一緒に美味しいものを味わう喜びを分かち合う! これぞ、恋人同士のあるべき姿だよ~」
「はあ」
もはや返事をするのも億劫になっている俊介。
そんな俊介の態度を見て、プクッと頬を膨らませながら恋華が、
「なによーう。俊介君はそう思わないの? あ、もしかして。こんな可愛い彼女と間接キッスができるからって、照れてるとか!?」
「いいえ、違います」
確かに美味しいものを分かち合う喜びというのは正論だと思うが、単純に俊介は食べ物のシェアが苦手だった。
自分の分は別で食べたいし、相手も好きなものを自由に食べればいいのではないか。
まして、今日初めて恋人(しかも偽装)になった相手と食べ物を分け合うというのは、流石に俊介も気が引けた。
「このこの~。照れ隠しなんていいから~♪」
「……照れ隠しなんてしてません」
またまた~と恋華は俊介の肩をバシバシ叩いた。
「それじゃあ、早速食べようか。まずはパフェの方から――」
「知っていますか? よく歯を磨く人でも、口腔内に細菌は1000~2000億個ほど存在するそうですよ。さらに食べ物のシェアや飲み物の回し飲みなどで、伝染性単核球症という感染症を患う危険性もあるそうです」
「う……」
スプーンを持ったまま、硬直する恋華。
実際には細菌感染する可能性なんてごくわずかなのだが、あえて俊介は言わなかった。
固まったまま、握り締めたスプーンとパフェを交互に見つめる恋華。
「……や、やっぱり、別々に食べようか」
そう言って先ほどのウエイトレスを呼び出し、小皿と小さめのグラスを用意してもらった。
取り皿に乗せた溶けかけのパフェを口元に運びながら、涙目で恋華は、
「……ぐすっ。1度でいいから、カップルパフェ食べてみかったのになあ」
「え? 今までやったことなかったんですか?」
「ないよ? なんで?」
「いえ、前の彼氏とやってるのかと思ったので……」
「はあ!? 私は今まで男の子と付き合ったことなんて、1度もないよ! 俊介君が初めて! 俊介君が、私の初めての相手なの!」
恋華はバーンと机を叩きながら声を荒げた。
あくまで噂ではあるが、恋華は色んな男と遊んでいて、中には援助交際をしているという悪評まで流れている――まあ、ほとんどの噂は恋華に振られた腹いせに男共が吹聴したデマではあろうが。学校での態度と普段の態度が180度違うと分かった今では、完全なデマと断ずるわけにもいかなかった。
「嘘ですね」
俊介は断言した。
「初めて出来た彼氏と初めてデートしてるのに、緊張どころか汗ひとつかいていません。よって、こういったことには慣れていると考えるのが普通だと思いますが?」
「わ、私、今とっても緊張してるもん」
「ほう。例えば?」
「……………」
スッと。
無言で恋華は両手の手のひらを俊介に向かって差し出した。
そこには、じっとりと汗がにじみ出ていた。
「私、汗は手のほうに出るタチなんですけど?」
ムスッと。
ジト目で俊介を睨みながら恋華は言った。
その視線に、俊介はたじろぎながら、
「そ、それは失礼しました。恋華さんはすごく美人なので、恋人の1人や2人いてもおかしくないと思ったのです。決して、それ以外の他意はありませんよ、ええ」
「へーそうなんだ。俊介君という人は、純真な乙女の心を傷つけておいて、『失礼しました』の一言で片付けちゃうような、失礼な人だったんだ。へー」
まるで弾丸のように。
皮肉を交えながら俊介の態度を糾弾する恋華であった。
「あの、もしかして怒って「怒ってます!」」
……おそるおそる尋ねる俊介に、恋華は食い気味に答えた。
「なけなしの勇気をふりしぼって生まれて初めて男の子に告白して、やっと放課後デートにこぎつけたにも関わらず、カップルパフェは拒否られるわ、他に彼氏がいるとか疑われるわ。これで怒らない女の子がいる? ねえ、いないでしょ?」
「……はあ、まあ」
俊介は曖昧にうなずいた。
危うく勢いに飲まれそうにはなったが、よく考えると恋人とはいえ「偽装」なわけだし、なけなしの勇気を振り絞って告白をしたというが、あれは告白というより脅迫に近かった。
「というわけで、俊介君にはつぐないをしてもらいます」
「は? どうして僕が?」
「乙女心を傷つけたから!!」
「わ、わかりました。お店に迷惑がかかるので声はもっと小さくしてください」
俊介は出来るだけ穏やかに恋華をなだめたつもりだったが、火に油を注いでしまったがごとく、恋華の怒りはエスカレートした。
「大体、彼女の言うことを信じない彼氏がどこにいるの? 私が他の男の子とキスしてるところでも見たの? 見てないよね? それなのに、俊介君は私の言うことよりも根も葉もない噂話を信じるんだ」
ねっとりと、それでいて鋭い恋華の指摘に、俊介はぎくりとする。
まさか噂話の方を信じたとは、口が裂けても言えなかった。
「ねえ、答えて? どうしたら私のこと信じてくれるの? なんなら今ここで制服を脱ぎ捨てて裸になろうか? そして、私が遊んでいるかどうか気が済むまで調べればいいじゃないの。私、俊介君になら全てを見せる覚悟だってあるんだよ!?」
硬く握り締めた手が、ぷるぷると震えていた。
もう疑う余地もない。ここまで自分をさらけ出せる人間が、つまらない嘘なんかつけるはずがない。少なくとも、薄っぺらい根拠なんかより十分信じられる要素だ、と俊介は確信した。
「わかりました。この件につきましては、全面的に僕が悪かったです。このとおり、謝ります。謝りますから、許していただけないでしょうか?」
「いや。許さない」
「……はい?」
「許さないもんぜーったい!」
まさか、ここまで丁寧に頭まで下げて許してもらえないとは、俊介にも想定外だった。乙女の怒りというのは、それほどまでに激しいものなのだろうか。
「俊介君のばか! かば! かばかばかば! 私はふかーく傷ついたんだからね! これは、ジャンボデラックスチョコパフェくらいじゃ済まないよ!」
「……わかりました。何が望みですか? 何でもしますから、言ってください」
「……何でも? ん? 今何でもって言ったよね?」
テーブルの上でドタバタと暴れていた恋華の動きが、ピタリと止まった。しまった。さすがに何でもは言い過ぎたか。俊介は後悔したが、時すでに遅し。
「じゃあ、決めた!」
恋華は椅子から立ち上がり、ピッと俊介の顔を指差した。
そして、こう言った。
「明日の土曜、私と街中デートして! もちろん、俊介君のリードでね!」