38好き? いいえ、まだ分かりません!
「へー。緋雨ちゃんって子、海外留学してるんだ。あったまいー」
俊介の発言を聞いて、恋華の第1声がそれだった。
「私も海外行ってみたいと思ったけどさー、英語って苦手なんだよね。それに何だかんだで文化も違うし。ちゃんと馴染めるかなって不安でやめたんだ。緋雨ちゃんってまだ中学生なんでしょ? すごいなー」
「い、いえ。別に、そういうことじゃないんですけど……」
俊介の話し方は、ついに途切れ途切れになってしまった。
さっきまでは普通に会話していたのに、3女の話題を出した途端に、まるでお通夜でも行われているようなムードである。恋華の目線で言えば、妹の話題を出して何が悪いのかが分からないが。
恋華はふと言った。
「……わかった。もう聞かないよ」
「え?」
「話したくないことなんでしょ? だったら、聞かない」
そう言って、恋華はスタスタと先を歩いた。途中で段差になってるブロックの上に飛び乗ると、両手を垂直に伸ばし、綱渡りのようにバランスを取りながら歩く。
「それにしてもさ」
縁石の上からフッと飛び降りると、再び俊介の隣に立ち、恋華は言った。
「本当に妹ちゃん達って可愛いよね。私は小学生の弟が1人いるんだけど、これがまた生意気でさ。やっぱり妹が欲しかったよ」
「そんなにいいものじゃないですよ。寝込みを襲われたり、お風呂を覗かれたりなんてしょっちゅうですからね」
「愛されてるだけマシじゃない」
恋華は俊介の答えに不満があるように、口をすぼめながら、
「うちの弟なんてさ。生意気で無愛想で自分勝手で……私とは全然似てないんだけどさ。とにかくデリカシーがないの。俊介君の妹さん達と交換してほしいくらい」
「それはお断りします」
「ちぇっ、ケチ。弟だったらブラコンになりようがないし、私は可愛い妹が出来て、お互いにウハウハなんだけどなー?」
「……そういう問題じゃないんで」
そんな会話をしながら、ある家を通り過ぎた来た時だった。
ふいに恋華は、俊介の服の袖を引っ張った。急なことに立ち止まる俊介。すると、恋華は俊介の腕を引っ張り、家の門の前まで連れて来た。
「……どうしたんですか?」
「ここ、私の家なの」
「ああ、ここがそうなんですか」
恋華の家は、赤いレンガの外壁に囲まれた、そこそこ大きな、いかにも「中流家庭」と言った建売住宅だった。
「じゃあ、僕はここで帰ります」
「まだいいじゃない。てか、上がっていかない? 今日はうち、親がいないんだよね。これはチャンスですぜ旦那~~」
「……」
スケベオヤジのような下卑た笑いを浮かべる恋華を、無言で見つめる俊介。
そして、
「あの、最後にもう1つだけ聞いてもいいですか?」
「え? なに?」
「れ、恋華さんは……」
――恋華さんは、僕のこと好きなんですか……?
それは、言葉にはしなかった。
俊介と恋華の関係はあくまで「偽装」で、恋華は俊介のことを「利用」しているに過ぎないのだ。だから、本気で好きになってはいけないのだ。
俊介は言いかけた言葉を飲み込み、不器用に笑いながら、
「さ、最近寒くなってきましたからね。風邪には気をつけてください」
「う、うん」
「じゃあ、僕は本当にこれで」
俊介は踵を返した。
そのまま、足早に自宅に帰ろうとする。
その時。
「俊介く――――ん!」
「……はい?」
俊介が振り向くと、恋華は両手の人差し指を胸の前で合わせ、モジモジしながら、
「明日の朝、俊介君のこと迎えに行くから! そしたら、一緒に学校行こうね! はい、約束しました~! 登校デート決定~!」
「また勝手に決めて……僕はまだ何も言ってませんよ?」
「いいじゃない! 一緒に登校してる人って別にいないんでしょ? 明日から私が毎日一緒に学校行ってあげるから! この幸せ者~~」
「な、何言ってるんですか……まあ、いいですけど。朝は空けときますよ。じゃあ、本当の本当にこれで」
「うん! また明日ねー!」
恋華の声を背中に浴びながら、俊介は歩き出した。
俊介は自分の顔が赤くなっているのを感じた。
そのことに気づくと、ふと思った。
自分は、瀬戸内恋華のことが好きなのかもしれないと。




