3苗字? いいえ、名前呼びです!
「……ということで、好きな食べ物はパフェ。デラックスチョコレートパフェをおごってくれるなら尚よしだね。誕生日は10月4日でもうすぐなので、プレゼントは忘れないように。身長は165センチ。体重は……ひ、秘密で。ここまでで、なんか質問ある?」
「さも当然のように奢りを要求するのはいかがでしょうか? あと、誕生日プレゼントなんて渡しませんよ。恋人とはいえ偽装なんですから、そこまでしなくていいでしょう」
「むうー……」
頬をリスのように膨らませた恋華に対して、俊介は更に追撃する。
「そもそも、女性というのはどうして体重を言うことをそんなに渋るんですかね? モデルさんとかは体重を非公開にしないじゃないですか。ということは、人に言えないくらい重いということなんですか?」
「そ、そんなことないよ! た、確かに、最近ちょっとパフェの食べすぎで48キロまで増えちゃったけど……あ! あ! 今のなし! 聞かなかったことにして~~~~!」
と、恋華は慌てて両手をブンブンと振った。
……やはり体重を気にしていたのか。
しかし俊介の目測ではあるが、決して太めの体系には見えない。むしろ、もう少し体重を増やした方が良いのではないかと思うほどだ。
「165センチのBMIは、女性だと50~68キロが『標準』だそうですよ。なので、特に気にする必要はないかと。まあ、体脂肪が多いなら別ですが」
「な、なによう! こんな可愛い彼女に向かって失礼なことばかり言っちゃって! 私は別に体脂肪なんて多くないわよ! 今朝計った時も13%しかなかったんだからね……はっ!?」
「……ムキになると、何でも本音を言う癖はなんとかしたほうがいいですね。偽装恋人がすぐにバレます」
「ふ、ふーんだ! いーもん! 学校での私の『演技』は完璧なんだから! こんなこと言うのは、井川君の前だけなんだからね!」
胸を張って自慢する恋華。
確かに、恋華の学校での演技は完璧だった。
俊介でさえ、恋華は清楚なお嬢様だと信じて疑わなかったのだから。人には誰しも表裏があるとはいえ、裏の顔がここまでかけ離れてる人間はそういない。ならば地の部分さえ出さなければ、偽装恋人であることは誰にも見抜けないということになる。
それに恋華は根はしっかりしてるというか、ちゃっかりしている。
それならばこちらで妥協すべきか、と俊介は即座に判断した。
「……瀬戸内さん」
「なんでしょうか、余計な薀蓄ばっかり披露する井川君」
「お互いに、苗字で呼び合うのは止めにしませんか? それだと少しよそよそしいですし。名前で呼んだ方が、恋人という雰囲気は出るでしょう?」
「……え?」
一瞬、何を言われてるのか分からない、といった風にきょとんとする恋華。
「もちろん、イヤじゃなければ、ですが」
俊介が照れくさそうにそう言うと、恋華は慌てて首を横に振りながら、
「う、ううん! そんなことない! じゃあ、さっそく呼ぶね! 俊介君俊介君俊介君!」
「三回も呼ばなくても聞こえてますよ。それじゃあ、これからは名前で呼び合うことにしましょうか。恋華さん」
「……うん! 俊介君!」
名前で呼ばれることがそんなに嬉しいのか。
先ほどの不機嫌さはどこへやら、一転して笑顔になる恋華。
そんな恋華の顔を見ると、俊介は提案して良かったと安堵するのであった。
「……それにしても恋華さん」
「はいはいなんでしょう俊介君」
「まともの話すのは今日が初めてのはずなのに、わりとあっさり名前で呼び合っちゃってますね」
「そりゃあもう、相性だよ」
「そうですね。それもあるかもしれませんが……」
俊介がそう言い渋ると、恋華は身を乗り出して、
「なになに? 言いたいことがあるならハッキリ言いなよー」
「……いえ。その言いたいことがハッキリしないので、考えがまとまったら話します」
「変な俊介君だなあ」
真剣な表情で考え込む俊介とは対照的に、恋華は朗らかに笑うのだった。
俊介の気になることは、1つだった。
俊介は昔、どこかで恋華と出会っているような気がするのだ。あくまで「気がする」だけだが。どうも恋華とは、初めて喋ったような気がしない。それに人見知りな俊介がここまで女性と打ち解けるというのは、今までにないことだ。しかし、俊介はそれを言わなかった。どうしても思い出せないというのもあるが、それ以前に俊介には確信があった。
自分と恋華が、知り合いなどではないという確信が。
「お待たせしましたー」
そうこうしてるうちに、ウエイトレスさんが例の「アレ」を運んできた。
「わあ、きたきた」
「…………なんですか? これ」
俊介はテーブルに並べられた「ソレ」を見て、眉をひそめた。
大き目のグラスに入ったオレンジジュース。しかも、1つのグラスの中には2つのストローが刺さっている。
もう1品は、チョコレートパフェである。通常の2倍ほどの量があり、フルーツが両側に均等に盛り付けされている。明らかに、一人で食べるものではない。極めつけは、生クリームの上にチョコレートソースでハートマークが描かれていることだった。
まさかこんなシックな喫茶店で、こんなバカップル用のメニューが出てくるとは……。俊介は我が目を疑った。
「当店自慢のメニュー。あい♡あいジュースと、カップル専用☆ジャンボチョコレートパフェになりま――――す! それでは、ごゆっくり~~~~」
ウエイトレスはいやらしい、実にいやらしい笑みを浮かべながら、俊介と恋華に向かってわざとらしく会釈をするのだった。