44聞かない? いいえ、聞きます!
こうして、俊介と奏の「偽装友人」関係は終わった。
泣き疲れた奏は眠ってしまって、結局時間いっぱいまで居座ることになってしまったが。起きた後の奏はスッキリとした顔で、「俊介先輩、恋華先輩と上手くいくといいですね!」と言い残して去っていった。近々、今度は本当の友達として遊びにいこうと約束を交わしながら。
そして、家路につく俊介。時刻は20時を回っていた。夕飯は食べて帰ると言っておいたので、妹達は各自で夕食を済ませた頃だろうか。それとも外出でもしているだろうか。今日の出来事はどう報告したらいいものだろうか。考えながら俊介が自宅のリビングに上がると、妹達は全員そろっていた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
神妙な面持ちで、和姫が声をかけてきた。
「ただいまです。遅くなってすみませんでした、皆さん」
「いえいえ、いいんですのよ。こちらとしても、準備が必要でしたので」
「準備?」
俊介が聞き返すと、和姫の隣に立つレイラが、一歩前に出た。
そして、
「兄さんは、東条奏とデートしてきたのよね?」
「ええ、まあ。デートというか、一応遊びに行くという感じですけど」
「告白されたんだよね?」
その問いかけに、俊介は口をつぐんだ。
レイラは目を鋭くさせながら、低い声色で、
「誤魔化さなくてもいいよ。別に怒ってるわけじゃないから。ただ、結果だけ教えてくれないかな? わたし達の気持ち、兄さん知ってるでしょ?」
「……はい」
真剣な様子のレイラに、思わず俊介も緊張した面持ちで頷いた。
それから今日あった数々の出来事を思い返しながら、
「告白はされましたが、お断りさせて頂きました」
「やったー! あたし達にも、まだチャンスがあるってことだよね!?」
俊介が答えると、美鈴がぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んだ。
「美鈴さん、嬉しそうですね」
「だって、これでお兄ちゃんと奏さんが付き合ったりなんかしたら、あたしたちの負け確定じゃない!」
「それは……そうですけど」
美鈴の喜びようを複雑な心境で見つめる俊介だった。
「そのことを聞くために、皆さんは僕の帰りを待っていたんですか?」
「違いまする」
俊介の問いかけを否定したのは、緋雨だった。
緋雨は意を決したような面持ちで、
「その前にお聞きいたしまするが、俊介兄君は我らのことを、どう思っておりますか?」
「皆さんのことを……ですか?」
「お嫌いでしょうか?」
「そんなことありませんよ!」
俊介は心外だとばかりに首を振った。
そして、熱のこもった口調で、
「皆さんは優しくていい子ですし、目に入れても痛くないほど可愛いと思っています。嫌いになることなんて、一生ありませんよ」
「……ま、まことでございまするか?」
何かを期待するような、すがるような目で、緋雨は問いかけた。
俊介は短く答えた。
「当然です!」
「この、わたくしめも、ですか?」
「『皆さんが』と言ったはずです」
「…………あ、兄君」
緋雨は感極まったように、涙声で呟いた。
緋雨はまだ、自分が俊介に許されていないのではと不安だったのだろう。それが俊介から嫌われてるわけではない、むしろ好感を持たれてるということが分かって、嬉しかったに違いない。
「にーにー。ましろたちね、今日にーにーに、告白するのー!」
「告白?」
唐突なましろの宣言に、俊介はきょとんとしながら聞き返した。
ましろはニッコリと笑って、
「うん! ひとりひとり、にーにーに、すきだよーっていうの」
「……そうですか。それで、皆さん総出で迎えてくれたんですね」
俊介は納得したように頷いた。
今までにも好意を告げられたことは何度かあったが。「告白」という形のものは、意外にも一度もなかった。
他の妹達に気を遣ってのことかもしれないし、単に拒絶されるのが怖かっただけかもしれない。
しかし、俊介にはもう恋華が……。
「皆さん。その件についてですが……」
「お待ちください、お兄様!」
俊介が事情を説明しようとした所を、和姫が遮る。
「その前に、わたくしの話を聞いてください。いいですわね?」
「……はい」
その真剣な口調は、とても拒むことなど出来なかった。
和姫は真っすぐに俊介を見つめると、
「今からわたくし達はそれぞれの部屋におります。わたくし、レイラ、緋雨、美鈴、ましろの順に入室してくださいませ。ひとりひとりお兄様に思いの丈をぶつけます。断るにしても、せめて全員の告白を聞いてからにしてくださいませ」
と、語った。しかし、既に恋華への気持ちを固めた俊介としては、負け戦のようなことを妹達にさせたくなかった。
「和姫さん。皆さん。でも、僕は……」
「――兄さんは、わたし達の気持ちを、裏切るつもりなの?」
低い声を発したのは、腕を組むレイラだった。普段は兄に向けない、冷たい目をしている。
「レイラさん、僕は別に、そんなつもりじゃ……」
「うん、兄さんはそんな人じゃないわよね。わたし達の気持ちを知りながら、告白も聞かないで断るなんてこと、しないわよね?」
レイラは慇懃なほど明るい笑みを浮かべた。その冷淡な笑顔に、慌てて俊介は目を逸らす。すると、レイラは凛とした眼差しで俊介の視線を追いかけ、
「で、どうするの? 10年近く兄さんのことを想い続けてきたわたし達の気持ちを、聞くことさえなく無下にする? 兄さん」
「そっ、そんな……」
俊介はとても言い返すことが出来ずに口をつぐんでしまう。
俊介とレイラの間に、割って入ったのは緋雨だった。
「偉大なる俊介兄君に、大罪人たるわたくしめが、偉そうにどうこうと言える立場ではございませぬ。しかし、この件に関してはレイラ姉君の方が正しゅうございまする」
「緋雨さん……」
「わたくしめ達は、ただ想いを伝えたいだけでございまする。選ばれるにしろ選ばれずにしろ。もちろん、心に響かねば断って頂いて構いませぬ。我ら一同、覚悟は出来ておりまする。決して、不平不満など申しませぬことを、今この場で誓いまする!」
緋雨は、透き通った瞳で俊介のことを見据えながら言った。
「そーだよ! あたし達、どうやってお兄ちゃんに想いを伝えるのか、昨日からずーっと考えてたんだから! 聞いてもらわないと困るよ!」
「にーにー。ましろのこと、きらいなの? だから、こくはく聞きたくないの?」
美鈴、ましろと。5姉妹全員から糾弾され、俊介はたじろいだ。妹達は自信まんまんなわけではない。むしろ、それぞれに不安を抱えている。それなのに、たとえフラレようとも、勇気を振り絞って告白しようとしている。それなのに、自分は――。
「……はは」
俊介は俯きながら、自嘲気味に笑った。
妹軍団が不安そうに見つめる中、俊介はスッキリとした顔を上げて、
「分かりました。皆さんの言うとおりです。皆さんのお気持ちは、誰より僕がよく知っています。その思いに最後まで付き合うのは、僕の義務と言っていいでしょう。皆さんの告白、謹んでお聞きしますよ」
俊介の言葉に、
「……お兄様♡」
「兄さん♪」
「兄君……」
「お兄ちゃん!」
「にーにー?」
和姫、レイラ、緋雨、美鈴、ましろと、それぞれがボーッとした顔で呼び名を呟いた。
いち早く正気に戻った和姫が、俊介に対して、
「お兄様。ひとつだけ申しておきたいことがあるのですが」
「は、はい、なんでしょう?」
ずいっと真面目な顔を近づける和姫に後ずさりながら答える俊介。
真剣な口調で和姫は、
「これだけは約束してくださいませ。心動かされたなら、その人物と付き合うと。もちろん、選ばれる人間はたった一人です。残りは、切り捨てられることになります。しかし、それでもかまいません。問題なのは、誰も傷つけたくないからといって、誰も選ばないことです。もしも、わたくし達の告白がお兄様のお心に届いたならば」
と、勢いよく喋っていた和姫だが、そこで言葉を切った。しばらく間を空けてから、意を決したように、
「――お兄様の恋人に、してください」
今まで見たこともないような儚げな表情で、和姫は呟いた。5姉妹の長女として皆を支えてきた和姫が、初めて見せる弱気な顔である。
「分かりました」
俊介は和姫を傷つけないように、ゆっくりと優しく頷いた。
そして、言った。
「誓いますよ、和姫さん。僕も決めましたから。自分の気持ちに正直に生きると。意地を張ったりしません。遠慮も忖度もしません。もしもあなた達の告白に心動いたなら……その人とお付き合いすると、心の底から誓います」




