2手繋ぎ? いいえ、腕組みです!
喫茶店「ブルーアップル」は、学校から歩いて十分くらいの場所にあった。
そのブルーアップルに、俊介と恋華は向かっていた。
腕を組みながら。
偽装とはいえ恋人同士なのだから、少しはそれらしいことをしようと恋華からの提案だった。
「ねえ、井川君。もうちょっとくっついてくれないと。恋人に見えないよ」
「は、はい……」
上半身を思い切りのけぞらせていた俊介は、佇まいを直した。
「しかし、恋人というのはどうしてこんな面倒くさい歩き方をするのでしょうね」
心底嫌そうな顔で俊介が言うので、恋華はムッとした表情で、
「恋人同士と言えば腕組みに決まってるでしょう? 私の胸とかぼよんぼよん当たって、本当は嬉しいくせに。無理しなくていいんだよー?」
「こんな狭い道で腕なんか組んだら、歩きづらいですよ。あなたの胸は弾むほどにはありませんが。それでも通行人の邪魔にもなりますし、咄嗟の事故など機敏に対応できません。手を繋ぐだけじゃいけないんですか?」
「……さりげなく私の胸のサイズをディスった上に、身も蓋もない忠告をありがとう。でもね、女の子は手をつなぐより、腕を組むほうが好きなんだよ? そっちの方が、密着して『あ、私今彼氏に甘えてるんだ』って気分になるじゃない」
「……そんなものですかね」
そんな会話を交わしながら、目的地のブルーアップルまで着いた。
この店はシックで落ち着いた雰囲気と、深煎りのコーヒーを飲ませてくれるため中年層には人気なのだが、反対に若年層はほとんど来ない。なので、クラスメートに聞かれたくない秘密の話をするには、もってこいなのだ。
店内に入ると、香ばしいコーヒーの匂いがただよってきた。とりあえず、俊介と恋華は一番奥の窓際の席に腰掛ける。
「いらっしゃいませ~。あら、恋華ちゃん。お久しぶりね。うふふ……そちらは、ひょっとして彼氏?」
すると、エプロンを着たお姉さんのウエイトレスが、にっこり笑顔で接客をしにきた。
早速ではあるが、俊介と恋華を恋人だと勘違いしたらしい。まあ、男女で喫茶店に来れば普通はそう思われるだろうが。俊介としては、物珍しそうにジロジロと見られるのはあまり好きではなかった。
「いえ、違いま……「そーなの! 今日から私たち付き合い始めたんです!」」
俊介の否定の言葉を、恋華が大きな声で遮る。そうだった。学生ではないから油断していたが、偽装恋人というのは絶対秘密だったのだ。俊介は己のうかつさを反省した。
「そうなの~。恋華ちゃん、告白されても次々にフッてるから、お姉さん心配してたけど。ようやく青春する気になったのね~。それで、注文はどうする? いつもみたいにカフェオレとパフェにする? そ・れ・と・も……アレにする?」
……アレとは何だろうか。酷く意味深な会話だ。
俊介としては、家に帰れば妹が食事の支度をしているはずだし、がっつり食べたくはなかった。
ならば、自分はコーヒーだけにしておこうか。
そんなことを考えていたら、恋華が、
「うん、アレで。もちろん、グラスはひとつだよ?」
「わかってるって。いしし、恋華ちゃんも意外と大胆ね~」
お姉さんはいやらしい笑いを浮かべながら、奥に引っ込んでいった。
一体、何を注文したのだろうか。気になった俊介は恋華に尋ねた。
「瀬戸内さん。さっきのは、一体……」
「え? あ、ああ、この店オリジナルのメニューだよ! 来れば分かるって!」
恋華は、思い切り焦りながら笑っていた。
その態度を見て、俊介は余計不安に思えてきた。
これではどんなとんでもないメニューを食べさせられるか、分かったものではない。
そんな俊介の不安をよそに、恋華は、
「さて。それじゃあ、注文の品がくるまでに、軽く自己紹介を済ませておこうか」
「自己紹介? あなたは僕のこと、よく知ってるはずじゃないですか」
「私はね。でも俊介君は、私のこと詳しくは知らないでしょ? そんなことじゃ、偽装恋人なんか演じ切れないよ?」
「それは……確かに」
「でしょ? だからね、自己紹介。始めるよ?」
恋華は満面の笑顔を浮かべて、
「私の名前は瀬戸内恋華。16歳です。好きなものは……」