17我慢できない? いいえ、できます!
「ママ―! 寂しいよう。いっちゃヤだぁ!」
目をウルウルさせながら、ましろは叫んだ。
まだ7歳のましろは、一番母親を欲しているのだろう。いくら俊介や和姫らがいるといっても、両親がいない時間が長く続けば、寂しさも耐えがたいものとなる。
「ましろちゃん……ママさんがいないと、ダメ? 我慢できない?」
「で、できるよぉ……。ましろ、強い子だから……」
全然平気ではない様子で、ましろは答えた。
本当は、ずっと家にいてほしかったに違いない。
麗子は優しく微笑みながら、そっとましろの頭を撫でると、
「えらいわよ~。ましろちゃん~」
その声は慈愛と、暖かさと、申し訳なさが混じったような複雑な声色だった。麗子とて、末っ子のましろは目に入れても痛くないほど可愛がっている。辛くないわけがない。
「母君! わたくしめも、悲しゅうございまする! その、延期には出来ないものですか……?」
涙ながらに訴えかけたのは、緋雨だ。
緋雨は5姉妹1の問題児だ。今までに数多くの事件を起こし、麗子にも沢山迷惑をかけてきた。しかしだからこそ、母親に対する感謝の気持ちは、誰よりも強いのかもしれない。
「あら~、緋雨ちゃん嬉しいわ~。でも、ママさんがいなくなるからって、暴れ放題できるとか考えてな~い?」
麗子は悪戯っぽく笑いながら言った。
緋雨は真剣な顔で、
「違います! わたくしめは、本当に反省いたしました! しかしそれも、こんなわたくしめを見捨てずにいてくれた母君のおかげです! 母君がいて下さらないと、わたくしめは……」
「分かってるわよ~。でも、次やったら勘当だからね~?」
冗談半分、真面目半分といった口調で麗子が言う。
俊介の方を見ながら。
「俊ちゃん。このコのこと、よく見張っといてね~。もし何かしでかしたら、すぐに連絡するのよ~?」
「緋雨さんならもう、問題ないと思いますけどね」
と、麗子を安心させる為に答えてはみるが。
本当は俊介にも、緋雨が本当に改心したかどうかなんてことは分からない。
だから、緋雨が少しでも悪の道に走りそうになったら、全力で食い止める。例え手を上げることになっても。家族一丸となって、緋雨を更生させようと決めたのだ。
例えどれだけ苦労をかけようとも。見捨てることは出来ない。それが家族なのだ。
「俊ちゃん。あなたには、くれぐれもこのコ達のことお願いね。優しくしてあげて、出来る限りワガママも聞いてあげて。でも、どうしても我慢出来ないようだったら、引っぱたいちゃっていいから。緋雨ちゃんに限らず、悪いことをしそうなら、叩いてでも止めて。そして、もし困ったことがあったらすぐママさんに連絡するのよ? いつだって相談に乗るから」
普段の気楽さはどこにいったのか、麗子の表情は真剣そのものだった。
俊介も、こんな麗子を見るのは初めてだ。
「ごめんね。俊ちゃんには、いつも苦労ばかりかけて」
そして凛とした表情を崩し、悲しそうに眉を潜めながら麗子は詫びた。
「そんなことありませんよ。僕の方こそ、お義母さんには感謝してもしきれないくらいです。こっちは大丈夫ですから、お義父さんの所に行ってあげてください」
「俊ちゃんっ……!」
麗子が震える声で呼ぶと、俊介はニッコリと笑って、
「お義母さん。いつも本当に、ありがとうございます」
「うっ、ううっ……」
麗子は俊介の身体を抱きしめながら、大粒の涙を流した。
思えば俊介を孤児院から引き取り養子にしてから、麗子には世話になりっぱなしだった。裕福な家庭、優しい父親、パワフルな母親、愛に満ちた妹。何不自由のない生活だった。もし麗子との出会いがなければ、今生きていたかどうかも怪しい。
だから俊介にとって、麗子が悪いだなんてことは、考えられないことなのだ。
「お義母さん。顔を上げてください。お義母さんが泣いてると、こっちも悲しくなってしまいます」
「そうね……」
俊介から体を離し、ハンカチで涙をふく麗子。そして、
「ごめんね、みんな。もう2度と会えなくなるわけでもないのに。いや~、もう歳かしらね? 涙腺がすっかり弱くなっちゃって、嫌だわ~」
麗子がペロッと舌を出しながらそう言うと、リビングの中に笑いが起こった。
俊介には分かっていた。
これは麗子なりの気遣いなのだと。
永遠の別れではない。すぐに戻ってくる。みんなにそう感じさせるために、あえて普段通りの喋り方をしていたのだ。泣きたいくらい辛いのを押し隠してまで。




