30カモさん? いいえ、ゾウさんです!
それから少しして、俊介は徐々にではあるが、落ち着きを取り戻していった。
そして、とりあえずは情報を整理することにした。そのため、近くにあった公園のベンチに座った。
まずはあの観覧車。直径は45.5mで、恋華が『カモさん』と口にした時は、地上およそ30mほど離れていた時だったと記憶している。俊介は自販機で買ったミネラルウオーターを一気飲みしながら考えた。全力疾走でゆだった体に、キンキンに冷えた水が文字通り染みこむようだった。
続いて考える。こういう場合は、三平方の定理で計算できる。目線の高さを30m。地球の半径を6378km、地平線までの距離を求めたい距離とするならば、
(見通し距離は20、74km……約20kmか)
俊介は即座にそこまで計算した。つまり、
恋華は昨日乗った観覧車から、約20km以内の場所にいることになる。しかし、それだけ分かったところで、結局何も分からないのと同じではないか。プロの探偵じゃあるまいし、これだけの情報で正確な居場所までは突き止められない。
しらみつぶしにローラー作戦をするか、とも考えたが止めておいた。あくまで、恋華のヒント『カモさん』を参考にする。恋華は、そこに来いと言っていたのだ。ならば、俊介に分からない場所であるはずがない。
そこで、視点を変えてみることにした。恋華ではなく緋雨ならば、一体どこに彼女を監禁するだろうか。俊介は一生懸命、緋雨の立場になって考えてみた。
すると、少し見えてきた。まず彼女の目線に立つと、犯行はバレたくない。つまり、なるべく人目につかない場所に恋華を連れ去ろうとするだろう。山か。海か。車を運転できないので、あまり遠くない場所がいいだろう。すると、人気のない路地裏、河川敷あたりだろうか。
そこまで推察したところで、閃きが走った。違う、屋外ではない。あの時、電話で話していた恋華の声は、反響していたのだ。それもかなり。走り回る音も聞こえた。つまり、少なくとも走って逃げれるだけの広いスペースがあり、反射する面、床、壁、天井があるということだ。
ということは、コンクリートなどの反響しやすい素材を使ってる倉庫、あるいは工場のような場所にいる可能性が高い。
そこまで割り出せれば、後はスムーズだった。まだまだ先は遠いが。少なくとも、雲をつかむような話ではなくなった。
すぐさまスマホを取り出し、観覧車から20km以内にある工場で検索をかけた。しかし数十件ほどのヒットがかかり、とてもじゃないが全てを見てる時間はない。ローラー作戦を展開しようにも、人手が足りなさ過ぎるのだ。かといって、危険が多いため妹達を巻き込むわけにはいかない。
『すごい、すごい! 川がキラキラ光ってキレー……おっ、カモさんだ! 面白いっ♪』
昨日の恋華の言葉を、正確に思い出してみる。ふと気づいた。間違いではない、『カモさん』の直前に川がキラキラ光って、と確かに言っている。こんなことを見落としていたとは。焦っていたにせよ、うかつだった。
すかさずスマホで検索をかける。この近くには川があって、川沿いには工場もいくつかある。ネオンを灯した工場で絞るならば、3件だ。1つ目は牛のネオンを掲げた食肉加工工場。2つ目はフラミンゴのネオンを掲げたガラスの加工工場。3つはゾウのネオンを掲げたビール工場。しかし、動物ではあるがどれも『カモさん』のネオンではない。
やはり、自分が間違っていたのだろうか。そもそも『カモさん』がネオンサインを指し示しているというのは、自分の憶測でしかない。近くに川は流れているが、カモは生息していないのだ。ならば恋華は、一体何を見たというのか。
「くそっ!」
俊介は、生まれて初めてと言っていいくらい焦っていた。
しかし、何故こんなにも自分は焦っているのか。それは分からなかった。
――偽装の恋人である瀬戸内先輩を、助ける意味なんてあるんですか?
先ほどの、奏の言葉を思い出す。仮に、恋華を無事助け出すことに成功したとして、一体何になるというのだろうか。きっと明日からも、偽装恋人としてよろしくと、そう言われるだけに違いない。
しかし、それでもいいから俊介は彼女を助けたかった。今、恋華は緋雨によって監禁されている。そこで、何らかの酷い仕打ちをうけているに違いない。
「でも……どうしたら……」
俊介は椅子に座ったまま上半身を前方に傾け、スマホを強く握り締めた。しばらくしてから目を開けると――俊介の目に、信じられないものが映った。
「カモだ……」
思わず俊介は呟いた。しかし、なぜ? 今開いてるページは、ゾウのネオンを掲げた工場のはず。決して、カモでは――。
俊介はハッとした。そうだ、逆だったのだ。
あの時恋華は、カモのネオンを見ていたわけではない。水面に反射する、ゾウのネオンを見ていたのだ。
だまし絵、というやつだ。上下反転したゾウの耳は翼に、鼻は顔という具合で、見事なまでにカモの絵に変わっている。あの時恋華は観覧車からカモを見て唯一『可愛い』ではなく、『面白い』と言っていた。それはつまり、このだまし絵のトリックに気づいていたからではないのか。そして、緋雨によって工場にさらわれた時、そのことを咄嗟に思い出した。
「そうか……そういうことだったのか!」
俊介はベンチから立ち上がって叫んだ。さらに検索してみると、その工場はここからはかなり近くにある。走っていけば、おそらく十分とかからないだろう。
スマホを握り締めたまま考える。見ると、和姫からの不在着信が何件かきていた。このことを和姫らに伝えるか――それとも――止めておくか。
俊介はすぐに「伝えない」という結論に達した。行く先にはおそらく、緋雨が待っている。1人とは限らない。何人かと協力してる可能性だってあるのだ。危険が多すぎる。
俊介はスマホの電源を落とすと、その場所へと向かった。自分の推理が合っているという確証はない。だが、違うという裏づけもまたないのだ。つまり重要なのは、自分の考えた結論を信じられるかどうかということだ。そう自分に言い聞かせながら、俊介は夜の街を全速力で走った。




