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56別れる? いいえ、別れません!

「お兄様とのお付き合いを続けるか、別れるか。選んでくださいまし」


 和姫は、冷酷な2択を恋華に突きつけた。

 恋華はしばらく無言のまま黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「私ね……」


「はい」


「子供の頃、とっても良い子だったんだ」


「はい?」


 和姫は、何を言われてるか分からないとばかりに、きょとんとした顔で聞き返す。しかし恋華は素知らぬ顔で話を続ける。


「昔は幼馴染の男の子と、毎日一緒に遊んでたんだけどさ。1つのおもちゃを、2人で取り合うことがよくあったんだ。でもね、そういう時は、必ず私がその子にゆずってあげたの」


「はあ……それで?」


「でもね、本当に欲しいものだけは、絶対に譲らないの。ちょっと欲しいくらいだったら、いくらでも身を引くけど。私、そういう意味では独占欲が強い方だね」


「すみません……何のお話ですか?」


「――覚悟の話だよ」


 恋華が急に鋭い目つきで、和姫を睨む。先ほどまでの朗らかな笑顔が、まるで嘘のように。その変わり様に、和姫は大きく息を呑んだ。


「で……では。お兄様と別れる気は?」


「あるわけないじゃん」


「……あなた。わたくしの話を聞いていましたの? 緋雨を、わたくし達と同じように考えているのなら、大間違いですわ! 緋雨は、そんな簡単に懐柔できませんわよ!」


 恋華は、真っ直ぐに和姫を見つめながら、


「懐柔しようなんて、考えてないよ。争うつもりもないし。当然、俊介君を諦めるつもりもない」


「な……」


 和姫は、言葉を詰まらせた。それも当然だろう。これだけ緋雨の危険性をじっくりと説明したというのに、恋華はたじろぐどころか、熱意を燃え上がらせている。

 身を乗り出し、和姫は恋華に尋ねた。


「恋華さん。本当にそれでよろしいんですの?」


「なにが?」


「お兄様と、今後も付き合い続けることです。もし、それで取り返しのつかない大怪我を負うことになったとしても――」


「それでも、引かない。私、死んでも俊介君のことは諦めないから」


「……そうですか」


 和姫は、椅子に座り直した。

 そして、穏やかな顔つきで笑みを浮かべると、


「まあ、最初から断られるとは思っておりました。想定の範囲内ですわ」


「ごめんね。私のことを心配してくれる気持ちは、ちゃんと伝わったから」


 恋華も、柔らかな目線を和姫に向ける。そして頬を緩めると――


「ふふっ……」


 どちらかが漏らしたその声をきっかけに、恋華と和姫は同時に笑い合った。

 先ほどの剣呑な雰囲気から、和やかな雰囲気と空気が移り変わった時。

 和姫は、ふと尋ねた。


「それにしても。あなたのその強さは、一体どこから来るものなのでしょうね?」


「わかんない。俊介君にもそれ言われたことあるけど、私は自覚まったくないし」


「……あの、1つだけ聞いても、よろしいでしょうか?」


「ん? なに?」


 恋華が話の続きを促すと、和姫は緊張した面持ちで、


「あなたとお兄様の、本当の関係ですわ」


「本当の、関係?」


「そうですわ。ずっと思っていたのですが、あなたとお兄様は、ただのクラスメイトではありませんわよね? その前、ずっと以前から、あなたとお兄様は出会っていた……。そうではなくて?」


「それは…………」


 それは、の先が、恋華の口からは出てこなかった。

 和姫は、じれったそうに話を急かす。


「どうなんですの? 図星ですか?」


「それはね、和姫ちゃん」


 ようやく、恋華が重い口を開いた。

 恋華がこれほどまで俊介に執着心を抱く理由。

 何かあるはずだ。


 以前、和姫の計略により俊介と恋華の間に亀裂が生じた時、恋華は俊介のことを「俊君」と呼んでいた。その時から、和姫はずっと2人の関係に疑問を持っていた。つまり、過去に何らかの関わりがあったのではないかと。


「実は、私ね……」


 和姫はゴクリと唾を飲んだ。

 ……これで、ようやく恋華の秘密が解ける。

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