表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

fabella (短編集)

私の幸せ(週末魔導士の場合)

作者: よる

 更紗栞、二十二歳。

 週末に魔導士やってます。


 なあんて言えたらいいんだけども、言ったらどうなるかなんて解りきってるから絶対言えない。


「更紗さん、最近どうしたの?何か悩みがあるのかな?」

「あー、ちょっと疲れが取れなくて」

「……もしかして、ストレス溜まってる?」

「いや、ストレスはむしろ晴らしまくってると言うか」


 平日に溜まるストレスは、週末に魔法をぶっ放す事で解消しているから、その辺りはスッキリしていると断言できる。だけど、さすがに休日なしで働き続けて既に半年。いくら二十二歳と言えど、さすがに体力的にきつくなって来た今日この頃なのである。


「悩みがあるなら相談乗るけど」

「あ、大丈夫です。悩んでる訳でもないので」

「……そう?」


 いい加減二重生活終わらせないと、身体が持たないなあ。

 一日中寝たいけど、ここ半年、まともに掃除も出来てないんだよなあ。


 と、そんな事を考えながらも仕事の手を休める事はせず、きっちりと今日も定時で終わらせた私はさっさと帰宅する為に会社を出た。とにかく平日に出来る事はやってしまわなければ、週末はまるっと異世界に行っている私は本当に何も出来なくなるのだ。

 まとめて週末にというズボラな生活を送っていた私は、ここの所毎日定時で仕事を終わらせて平日に色んな事を片付けるようになった。これはまあ、自分の為にもなる事だから良いのだけれども、やっぱり体を休める日が欲しい。


 自分が住んでいるアパートを見上げてはああと溜息を吐き出した私は、家の中に入って即座に動き出した。夜掃除機を掛ける訳にも行かないので、箒を買って来たし、ついでにコロコロも買った。手軽に床拭きが出来るようにもしたし、常に掛けていれば随分と綺麗に見える事に気付いたのは最近だ。

 そして、毎日食事を作り、朝ご飯とお弁当を確保しているのも最近の話になる。

 ズボラな私は、週末魔導士と言う肩書を手に入れてマメな私に変身した!


 でも、絶対に他人の為にはこんな事出来ないししたくない。

 自分が生きる為に必要だからこそやっているだけである。


「はー。少し眠っとこう」


 やる事を終えた私は、ゆっくりと風呂に浸かって週末魔導士の服に着替えた後、ソファに寝そべった。外を歩いている服で布団に寝るのが嫌だからなんだけど、きちんと洗濯はしている。お蔭で真っ黒だったローブマントは段々色褪せ始めているけれど気にしない。

 やっぱり色落ちしやがったかと、別で洗って良かったと胸を撫で下ろした物だ。


 ふう。

 いい加減そろそろ瘴気を消す作業の効率化を図った方が良いと思うんだけどなあ。まあアイツラには何を言った所で無理だろうなあ、なんて思いながら眠りに落ちた私は、次に目覚めた時には既に異世界にいて、ゲシゲシと蹴られていた訳だ。


「…………なに」

「いい加減起きろっつってんだよ。出立するぞ」

「ああそう」


 世界に溢れた瘴気を消すのは、選ばれた乙女である聖女の役目である。

 その供に選ばれたのは、白銀の髪に青い瞳の完璧美男子シャルーズ。聖騎士らしく高潔な騎士なんて呼ばれてて、確かに剣の腕はあると思う。もう一人の供は、金髪碧眼完璧王子だ。見た目もスタイルもまんま絵本に出て来る王子その物なんだけど、王子じゃない。神祇官と言う肩書らしく、どうやら神殿の偉い人らしい。

 エスタビオと言う名前らしいけど、私には声を掛けて来ないし近寄っても来ないので、関わった事が無いから良く知らない。


 こちらの世界に来る時は何故か必ず朝で、シャルーズに蹴られて目が覚めるのが常である。最初は怒ったし文句も言ったけど、言うだけ体力を無駄にするだけなのでその内諦めた。どうでも良いと思いながら、立ち上がって身支度を整える。

 聖女はちょっと、浮世離れした感じの人で、ふわふわしててかなり面倒な人だと認識している。だからこそ、私は近寄らないようにしているし、お守りは二人に任せっきり。


「見て、ビオ。今日も太陽は輝いているわ」

「そうだね、サーラ。だけど君の方が輝いているよ」

「うふふ、そうかしら?」

「そうだよ。太陽だって君には敵わないよ」

「まあビオったら。本当の事でも口にしたらいけないのよ」


 そんなやり取りをしているのはいつもの事なので、私はさっさと歩き出す。

 聖女と王子が歩く先に危険がないか、危険があったら取り除くのが私の役目である為だけれど、聖女と王子に高潔の騎士が混じると全然追い付いて来なくなる。

 これがペースを落としている原因で、面倒な事この上ないのだ。

 最初は確かに聖女の奪い合いだったと思う。

 だけど三か月も過ぎた頃だろうか。夜、聖女の為に張られたテントに、三人が仲良く入って行ったのは。


 以来、どうも三人で仲良くやっているらしく、お盛んですねえと離れるようになった。


 面倒なので三人を放置して一人で瘴気を消す事もあった。

 いつまでも起きて来ない三人に焦れて、一人でさっさと先へと進み、そこに在った瘴気を浄化したのだ。それを高潔の騎士に知られたのが一月ほど前になる。


「お前、浄化が使えるのか?」

「そうだね」

「何故言わなかった」

「知らなかったから」

「…………これからはお前が浄化しろ」


 それ以来、瘴気を見付けて浄化するのは私の役目となった。

 なら一人で旅をさせてくれれば良いのに、聖女も王子も高潔の騎士も、それだけは駄目だと言って付いて来る。瘴気を消すのはあくまでも聖女の役目だからと言って、聖女とサンピーしながら一緒にいる。気持ち悪い事この上ない。


 どれだけ三人から距離を置こうとも、週末になって目を覚ますと必ず傍にいると言う寸法だ。仕方なく諦め、その現状を受け入れ、黙々と瘴気の浄化をしまくっている。

 村や町で大歓迎される聖女は、偶にそんな村や町にいる男にも抱かれてる。

 王子と高潔の騎士も他の女を抱くので、爛れてるのねと思いながら私は結界を張って眠りに付く。偶に、男が本気になったり女が本気になったりするみたいだけど、三人共口先三寸で丸め込み、そのまますんなり旅立つのはちょっと見習いたい所だ。


 いや、利用価値があるかどうかは判らないけれども。


 とにかく、週末しかこちらにいない私は、出来るだけこの世界に関わらないようにして生きて行きたいのだ。戻れなくなったりしたら発狂する自信がある。

 冗談じゃない、こんな遅れた文明の世界に取り残されるだなんてゾッとする。


「おい。今日はこの辺で休むぞ」


 そう声を掛けられた私は、軽く振り返ってコクリと頷いて見せた。

 もう少し先に行けばもう一つ浄化する事が出来るのにと歯噛みした私は、夜の内にそこまで行って浄化してしまおうと思い立った。いつも通りに野宿の準備をした高潔の騎士は、三人の食事を作った後テントへと入って行った。


 これがもう半年も続いている事だから、怒りも沸かない。

 魔導士特典でもらったマジックバッグに色々と収納してあるから、別に構わないのだ。バッグの中に色んな物を詰め込んでいるので、私は私専用の食事を摂っている。


 もぐもぐとご飯を食べていたら、どうやら三人がおっぱじめたらしく、聖女の快楽の声が聞こえて来た。今日は随分と早いんだなと思いつつ、ご飯を食べながらその声をBGMにする事にも慣れていた。


『あっ、あん、やあっ』

『声を出すと聞かれるぞ?』

『ん、だ、駄目、やあ』

『サーラが羨ましくて仕方が無いようだね』

『私達にこれ程愛されているのだから仕方がない』


 テントごと凍らせてやろうかと思うぐらいに腹は立つけど、まあいつもの事だ。

 ま、三人で頑張ってくれよと思いながら後片付けを終えた私は、もう少し先にある瘴気の塊まで一人で歩き始めた。既に暗くなって来ているけれども、魔術で明かりをつけられる私は平気で歩く事が出来る。魔物がいるけれど、少し大きめの結界を張ったまま移動している為、全く気にならないのだ。

 ふんふんと鼻歌を口遊みながら歩いて行き、そうして瘴気が溢れ出ている所へとやって来た。


 シュウシュウと音を立てて噴き出している瘴気を見た私は、何となく眉間に皺を寄せてしまう。これだけ勢いのある瘴気は初めて見たぞと思いつつ、いつものように浄化の炎を放った。シュワッと音を立てて瘴気が薄れたけれども、再び瘴気を噴き出し始め、これはマズいかもしれないと少し様子を見る事にする。


 地面を割って、そこから溢れ出るように漏れ出て来る瘴気は、一定の塊になるとやっと噴出が止まった。なんだなんだとじっと見つめていたら、瘴気の塊からコロンと何かが転がり落ち、それは。


「え、何あれ」


 最初は鶏卵程の大きさだったように思う。だけど、むくむくと大きくなっていったそれは、徐々に人の形を取り始め、やがて完全に男性の形になってそこにいた。

 漆黒の髪は闇に溶け、赤い瞳は闇の中で光っている。真っ白なその肌は闇の中でも良く見えて。つまりどう言う事かというと、男は全裸であった。


 しかし、贅肉だらけの身体ではなく引き締まった見事なその身体はまるで彫刻のようで、いやらしさの欠片も無くそこに在った為か、何だか凄いもの見たなと思ってしまう程度である。


「…………そこの者」


 突然向けられた赤い瞳と低い声に、ビクッと体が竦んでしまった。

 阿呆のように呆けていたけれど、さっさと逃げれば良かったと舌打ちをしてしまう。


「先程浄化の炎を放ったのはお前だな?」

「…………そうです」

「ならば貴様が聖女か」

「違います」


 即答した私に男が一瞬固まった後、軽く首を傾げた。


「私は魔導士です。聖女はあっちにいます」

「…………しかし、浄化の炎を放ったのはお前なのだろう?」

「そうです」

「私が知る限り、浄化の炎を花てるのは聖女だけだと思ったのだがな」

「あー、きっと私がイレギュラーな存在だからかなあと」


 たぶん、とてもマズい状況に陥っている事は解っていたけれど、あまりにも現実味が無さ過ぎて、何故か全裸の男と平気で会話を交わしていた。たぶんこれでもパニックに陥っていたのだろうと思う。


「ではお前たちが言う聖女とは?」

「あー、あっちにいますよ。会います?」

「可能か?」

「勿論。案内します」


 そして、全裸の男を引き連れてテントの所に戻った私は、三人が頑張っている声を聞きながらこの中ですと男へ告げた。


「待て。聖女なのだろう?」

「聖女だけど人間ですし。まあ欲はあるんじゃないですかね?」

「……それを抑えるのが聖女では無いのか?」

「さあ?私雇われなんで、詳しい事は知らなくて」


 そして、『あ、あ、いい、いいっ、あああ、いっちゃう、いっちゃうっ』と聖女が声を上げた時、遠慮もせずにテントを開けて全裸男を中へと入れた。

 前から王子、後ろから高潔の騎士と言うサンピー状態で、三人の目がこちらへ飛んだ瞬間に、三人同時に達したらしい。


 ああ、とかうっ、とか、あああっとか、まあそんな声を聞きながら客だよと告げた。


 それからの三人の慌てっぷりに思わず笑ってしまったけれども、聖女が全裸男の股間に釘付けになったのは更に笑ってもいいだろうか。あれで満足しないとか凄いなと、ちょっと感心する。


「お前が聖女?」

「そ、そうです」

「お前が?」


 もう一度聞かれた事でムカッとしたらしい。不満そうに頬を膨らませ、ぷっくりと膨れて見せながら「私が聖女です」と答えた。


「…………お前が聖女だと言うのならば、私に向かって浄化の炎を放って見せろ」

「は?」

「早くするが良い」


 自分を全く褒めようともしない全裸男に苛立ったのか、聖女は意地悪くニヤリと笑うと、確かに浄化の炎を放った。ただし、ひょろひょろと飛んで来て、ポスッと当たって消えてしまったけれども。


「あ、あれ?えいっ、えいっ!」


 右手を突き出して必死に放とうとするも、浄化の炎らしきものは現れる事は無くなっていて、私達は目を点にして驚いていた。王子も高潔の騎士も、丸出しのまま聖女を抱き締めて慰め始め、今はとても調子が悪いんだ、体調が悪いのではないか、アイツが邪魔をするからなどと言い始め、全裸男と私はテントから追い出された。


「…………本当にあれが聖女なのか」

「まあ、そうです」

「本当にあれが?」

「はい、そうです」


 何故何度も確かめられるのかは判らないけれど、そろそろパニック状態から抜け出している私には、全裸男がいくら彫刻のような体をしているとしてもとてもツラい。勿論、ブツが丸見えなのがツラいのであって、それさえ隠してくれるのであれば眺めていたいほどの美体ではあるのだが。


「…………私は、聖女を迎えるつもりだったのだが」

「そうですか。あれで良ければどうぞ」

「あれはいらない。気持ち悪い生き物だ」

「そうですか、残念です」


 そう言った私に、男の声で「すまなかったな」と聞こえた気がした。視線を逸らしていた私はその声で視線を向けたけれども、そこに全裸男の姿は既に無くなっていた。煙のように消えてしまった男は結局何だったのか解らない。

 解らないけれども、私は今日眠りに付けば日本に戻る予定なので、深く考えたりしない。そうして焚火の傍でシュラフの中へと入り込んで眠りに付いた。


 目覚めたその日は既に月曜。

 いつも通りに起き出して出社した私は、疲れが取れない事を嘆きながら仕事をこなして行く。バリバリ仕事をしていかにして定時で上がるか考えつつ、さっさと自分の仕事をこなして行った。

 毎日そんな繰り返しで、何と言うか潤いが無い。無さすぎる。

 だからと言って聖女みたいに爛れたい訳じゃないので、恋人が欲しいと友人に愚痴ったりはする。


 早く週末魔導士辞めたいと思いつつ、あの調子ではいつ終わるのかさえ判らなくて、いい加減うんざりしているのだ。そろそろちょっと脅しつけてきちんと話をするべきかもしれないと思うので、今度の週末はその予定である。


 そうして、金曜日に眠りに付いた私はいつも通りに異世界で目が覚めた。


「いい加減起きろっつってんだよ」


 ゲシゲシと蹴られて目が覚めると、どうしてこうも腹が立つんだろうと思いながら起き上がり、身支度を整える。そう言えば、私がいない間はどうしているんだろうと疑問が湧いたけれども、それはどうでもいいやとさえ思ってしまう。

 それぐらい、この三人に既に愛想が尽きていた。


「ちょっと話がしたいからそこに座ってくれるかな?」


 そう声を掛けた私をまるっと無視するとは思わなかった。

 ちらりとでも視線を寄こせばまだ可愛げもあったのにと、溜息を吐き出しながら三人にドシャッと水を落とし、濡れネズミにしてからもう一度声を掛けた。そうしたら高潔の騎士がギャンギャン吠えて来たので、バリッと痺れさせて黙らせる。


「座れ」

「嫌よ!」

「座れっつってんだよ、聖女様」


 パリパリと音を立てる雷を両手に出しながらそう言えば、王子が聖女を庇いながらじっと睨みつけて来るが、どうやら文句は無いようである。


「世界浄化の旅は半年で終わるって話だったよな?」

「…………だから何だ」

「もう半年過ぎてるけど。浄化の旅は半分も来てませんが?」

「仕方が無いだろう。浄化すると体に負担が掛かるんだ」

「な訳ねえだろ。私も浄化の炎を使ってるけど、大した消費にはならないよ」

「う、嘘よっ!あれを使うと物凄く疲れるんだからっ!」

「じゃあアンタ聖女じゃないんじゃないの?」

「な、なんですってっ!?」

「聖女は浄化の炎を使えるのが当たり前なんでしょう?それなら、疲れるとかないはずだし。それを見越した旅程が半年だったんでしょう?」

「黙れっ!何も知らないくせにっ!」

「知らなくて当然だろ。無理矢理召喚されて同行させられてんだから。半年って契約だったんだからさっさと解放して欲しいんだけどね」

「さては逃げるつもりだなっ!?」

「逃げたいね。アンタらが真面目に旅をしてくれてれば、もうお役御免になってたはずだろう?契約不履行だ」

「何を生意気なっ」


 ほんっと、うんざりする。


「こっちは平日も働いてんのよ。休みの日に縁も所縁もない世界を救う旅に無理矢理同行させといて、その上サンピーしてあはんうふんな上に契約不履行を怒鳴って誤魔化そうとする。もう信用出来ないからさっさと解放して」

「貴様、言わせておけば良い気に」

「大体さあ、私がいない間に少しでも浄化してんの?してないでしょ。してないんじゃなくて、出来ないんだもんね?」


 そう言うと王子と聖女の顔がさっと青褪めた。

 解りやすくて大変宜しいですよ、お二人さん。


「アンタらいらない。帰れ」

「……なにを」

「邪魔。一人で行くから」


 そして、地図を持って歩き出した私は三人をその場に置き去りにし、どんどん瘴気が湧き出ている所へ移動して行っては浄化しまくった。聖女様?という問いかけには違いますときっぱり告げ、聖女ではないので歓待は辞退しますと去り。

 週末だけとは言え、それから二か月後には全ての瘴気の浄化を終えた。


 やっとこれで解放される、これで休日をのんびり過ごす事が出来るとほっとしていたと言うのに、何故私は召ばれたのか。思わず目の前に立っていたおっさんをジロリと睨み付けると、食えない笑みを見せてクツクツと笑われた。


「君の労いをしなくてはと思ったんだが」

「いりません、結構です、私は一日中寝たいんですよ。もう関わりたくないんです」

「まあまあ。美味い食事と酒を用意しているんだ」

「いりません。本当にもう勘弁してよねえ……」


 そう言って長い溜息を吐き出せば、私を召喚したラヒーデ王国の宰相がまたクツクツと笑った。この狸ジジイめと心の中で罵倒しながら、渋々着いて行けば確かに豪華な料理と美味しそうなお酒が並んでいた。


「君のお蔭で世界の浄化が終わった事に感謝する」

「そりゃどうも」

「存分に食べて欲しい」

「んー……、美味しそうだけどいらないです」

「何故?」

「食べたら戻れない気がするから」


 こんな世界はお断りなのだ。絶対に遅れた文明の世界に取り残されて堪るかと、この世界の物を口にしなかった。水だって食料だって日本から持ち込んで、それしか口にしてこなかった。


「なるほど。気が付いていたのか」

「やっぱりかっ!アンタ本当に狸だねっ!」

「それは褒め言葉かな?」

「そうですよ、勿論です」

「そうか、それは嬉しいね」


 ふふふ、あははと笑い合いつつ、絶対にコイツだけは信用しないと最初に思った通りだと頷いてしまう。迂闊に信用すると危険が危ないのだ。


「旅の途中でね、魔王と会わなかったかい?」

「は?」

「魔王、魔界の王だよ」

「そんな御大層な方には会わなかったですよ」

「おかしいな、君に会ったと聞いたんだけれどね」

「会ってませんよ。他の方でしょうね」

「んー、でも、聖女の所に案内してくれた本物の聖女だと」

「ぶふっ、何ですかそれ。本物の聖女、笑える」

「おかしいなあ、そう言っていたんだけれどなあ。この子で間違いないですよね?」

「え」


 宰相の言葉に顔を見上げ、その視線の先を見るべく振り返ればそこに、あの時の全裸男が佇んでいた。あ、今日は服着てるんだとそんな事を思ってから、宰相へと視線を投げる。


「彼がね、君にどうしても会いたいと」

「いや、知らない人ですけど」

「間違いない」

「い、いやいや、間違ってますよ、きっと他人の空似ですね。世の中には似てる人が三人いるって話ですからね。間違えても仕方が無いですよ」

「はて、この世に異世界人が三人もいたかな?」

「黙ってろよオッサン!」


 思わず宰相の脇腹に迷いも無く拳を捩じり込んだのは、私が悪い訳じゃない。ぐふっと変な声を出して頽れたけど、それも自然の摂理であって私のせいじゃない。


「やはり君だ」

「うわ、ちょ、止めて、近寄るなっ!」

「何故拒絶する?」

「するだろ普通っ!なに、なんなのっ!?」

「あの時私は言ったはずだ。私は聖女を迎えるつもりだと」

「だから私は聖女じゃないって言ったでしょ!?」

「君が聖女だ」

「違うっつうの!」

「ならば私に浄化の炎を放てば良い」

「は?」


 右手首をがっしりと握られたまま、ぶんぶん振ろうが引っ張ろうがビクともしない。ジロリと睨み上げ、それはもう遠慮なく浄化の炎を放ってやった。


「ああ……、やはりな」

「え、ちょっと」


 私の右手首を捕らえている男は、浄化の炎でドロドロと溶け始めてた。


「ぎゃああ、グロは嫌っ!グロいのは苦手なのおおおっ!」


 そう叫びながら暴れたけど、握られたままの右手首から男の手が離れる事は無く、気が付いたらドロドロに溶け始めてた男は、元の通りに彫刻みたいな顔に戻ってた。


「え、あれ?なに、なんなの?」

「嫌なのだろう?」

「あ、当たり前でしょう?だって肉が融けるとか見たくないでしょう、普通!」

「そうなのか。今後気を付けよう」

「今後があって堪るかっ!放してってばっ!」

「宰相、それでは約束通りに貰い受けて行く」

「ええどうぞ」

「ちょっと!何人の事勝手に売り渡してんのっ!」

「約束をお忘れなく」

「ああ。便宜を図ろう」

「テメエ、このクソジジイッ!」


 全てをかなぐり捨てて悪態を吐いた私は、その後一瞬の間にどこか知らない所へと移動していた。あれだ、転移の魔術だと理解はできるけど、何故私がと思ってしまう。


「……とりあえず、名を教えてくれないか?」

「花子山田」

「ハナ?」

「そうよ」


 それから、週末の度に何故か私は魔王に召ばれるようになり、やがて魔王が日本へ来るようになり。いつしか『恋人です』と紹介できる男になった所で、両親に紹介した。彫刻みたいな見た目の魔王に、私の家族は全員が絶句し、ロボットみたいな動きになったのは笑う所である。

 魔王はいつの間にか日本で会社を立ち上げ、かなり稼ぎまくった後、あっさりと別の人に会社を譲り渡していた。私と過ごせるだけのお金があればそれで良いって、真面目な顔で宣っていた。


 恋人ですと紹介してから三年半。

 日本で結婚式をした私に、魔王は彫刻みたいな顔を蕩けさせた。


「栞、君のその姿だけで融けそうだ」

「ちょ、融けないでよねっ!」


 魔王の妃の名前はハナ。

 それが世界中に浸透している名前だ。


 だけど、二人きりの時だけ魔王は栞と呼ぶ。

 他の誰にも絶対に知らせない名前を、蕩けそうな顔をしながら呼ぶ魔王に、私も二人だけで呼び合う名を呼ぶ。


「ジン。愛しているわ」

「栞、俺も愛しているよ」


 初めて会った時から予感があった。

 絶対にこの人に関わったらいけないと言う、そんな予感が。


 文明は遅れているし、食べ物だって日本ほど恵まれている世界ではないけれども。

 ジンは私の為に、週末を日本で過ごす事にしてくれている。

 そんな時は買い物に行ったり、デートをしたりもするけれど、二人でのんびりとごろ寝をする事が多いのだ。一日中、二人でゴロゴロとしているのが、とても幸せだと思う今日この頃。


 いくらお給料が低いからと言って、週末にバイトをしようとしてはいけないのかもしれない。バイト情報誌に小さく乗っていた、『魔導士募集中』などと言ういかにも怪しい文面に釣られてはいけないのだろう。

 面白がってアクセスすると、いきなり異世界に飛ばされ、魔導士として召喚されたせいで確かに魔導士になってしまうのだから。異世界ってのは、不思議で厄介で迷惑な存在なのだ。

 良いように利用され、挙句の果てにポイっと国の為に売られてしまう。


 だから、私はただ運が良かったのだと思うのだ。


「あ、動いた」

「なんだとっ!?」


 少し大きくなってきたお腹の中で、ジンと私の子供が育っている事が嬉しい。

 私のお腹に耳を当て、そっと目を閉じるジンを見下ろし、その綺麗な漆黒の髪を撫でながら微笑むのが、今の私の幸せである。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ