ワシ、初陣す。
「ヒィィヤッハァァァ!! 食い物を出せェ!!」
「女と家畜もだァ! 老人とガキは殺せェ!」
「逃げろ逃げろォ、ヒィハァ!!」
邸の外に出てみると、そこでは何ともまぁ、分かり易い光景が広がっていた。
一目で盗賊と分かる人相風体の輩が、馬に乗って村に押し寄せてきよる。
剣や槍を振り回し、奇声を上げながら村人どもを追い回しておる。
「ひぃぃぃぃっ、助けてくれぇっ」
「きゃぁぁぁぁっ!」
追い回される村人の方は完全にパニックのようじゃな。
抵抗しようとする者はなく、追い立てられる野兎のように逃げ惑うばかり。
幸いまだ死人は出ておらんようじゃが、盗賊に捕まった女や、血を流して倒れている者もいる。
『今日の彼らは災難ですね……信長様の傍若無人に振り回されたかと思えば、今度は盗賊とは』
「言うとる場合か。行くぞ蘭丸!」
『御意』
ぺしんと背中を叩くと、ケルベロス蘭丸は力強く地を蹴って、盗賊の群れへと躍り掛かった。
「な、なんだァ?!」
「魔王DEATH!!」
突然現れた魔物の姿にビビッた盗賊の脳天目掛けて、刀を振り下ろす。
ズバァッ!! と小気味の良い感触と共に、男の体から鮮血がしぶく。
「ぎゃぁッ?!」
悲鳴を上げて馬上から転げ落ちる盗賊。
のた打ち回る間も与えず、蘭丸の前脚がそやつの頭を踏みつけた。
ぐしゃり。
頭蓋が砕ける鈍い音。
びくんと大きく痙攣して、首を失くした胴体が動きを止める。
「まず一つ」
仲間を殺された盗賊どもの注意が、一斉にワシらへ向く。
「ま、魔物だとォ?!」
「何でこんな所にいやがる!?」
「背中に誰か乗ってるぞ! 何だあのガキャァ?!」
ワシらの正体が分からず混乱しておるようじゃな。
名乗りを上げてやってもよいが、今はそんな場合ではない。
敵が浮き足立っている時は、一気呵成に攻め立てるが吉よ。
「一人は残せよ」
『心得ております』
アォォォォォォォンッ!!
鬨の声の代わりに遠吠えを上げて、盗賊どもに襲い掛かる蘭丸。
ガブッ! ガブッ! ガブゥッ!!
三つの顎が同時に三人の盗賊に食らいつき、肉とハタワタを噛み千切る。
「ぎゃぁぁぁぁあぁッ?!」
「いでぇぇぇぇぇッ!?」
「ぎひぃぃぃぃぃぃっ!?」
汚い悲鳴じゃのう。
縁もゆかりも義理もないが、折角じゃし首は貰ってやるか。
『あっ、ちょっと、信長様?』
ひゅんひゅんずばっ。
蘭丸の背中から飛び降りたワシは、地べたで悶える盗賊どもの首を三つ、ほぼ同時に刎ね飛ばした。
これで残りの数はひいふうみい……全部で10人か。
この調子でさっさと終わらせるかとワシが考えていると、そやつらは少し予想外の動きを見せ始めた。
「お、お前ら落ち着け! あのガキを狙えっ!」
「あのガキが魔物を操ってやがるんだ! 囲んで袋叩きにしちまえっ!」
ほう。意外と判断が早いな、こやつら。
比較的冷静だった者の指示に従い、盗賊どもが一斉にワシの周りを囲む。
烏合の衆かと思いきや、なかなかに連携の取れた動きである。
『信長様っ!』
急いで駆け寄ろうとした蘭丸の動きを、ワシは手で制する。
何も見栄を張ったわけではない。確信があったのだ。
この程度の輩がいくら連携しようと、今のワシの敵ではないと。
前世のワシならこんな無謀は絶対にせんかったじゃろう。
将たる者がたった一人で複数の雑兵を相手にするなど。
ましてや騎上の有利を捨て、わざわざ徒歩にて戦うなど。
だが、今のワシの体にみなぎる力は、その無謀を肯定する。
見てくれはただの幼女でしかないこの体から溢れる力が。
丁度良い。
この"ワシ"の性能、ここで試させてもらうぞ。
「死ねやガキィ!!」
「オラァッ!!」
二手から同時に二人の盗賊が、馬上から剣を振り下ろす。
鈍い。ハエの止まりそうな動きじゃ。
ひょいっ。
軽く体を揺らしただけでそやつらの剣を避けたワシは、そのまま無造作に刀を振るう。
ずばばっ!!
二人の盗賊と二頭の馬の首が同時に刎ね飛ばされ、宙を舞う。
「……む。ちと勿体無いことをしたか」
馬のほうは生かしておけば使い道があったものを。
ワシってばうっかりさん☆
「よし、次はもうちょい上手くやるぞ」
「な、なぁぁ……っ?!」
ガキ相手に仲間を瞬殺され、動揺する盗賊ども。
ワシが軽く地を蹴ると、彼我の距離は一瞬でゼロとなる。
ずばばばばッ!!!!
我が愛刀・実休光忠の刃は前世と変わらぬ――いやそれ以上の切れ味で、盗賊どもを斬り捨てていく。
体が軽い。
明らかに育ちきっていない未成熟な体が、まるで羽が生えているように動く。
小枝のような細腕で刀を振り回しても、まったく重さを感じない。
「ば、バケモノ……」
血風を舞い散らかすワシを見て、青ざめた盗賊が呟く。
ふむ、なるほどな。
どうやらバケモノに生まれ変わったのは、蘭丸だけではなかったようじゃな。
「ククッ、ハハハハハハッ! どうした下郎共、もう終いか?」
「ち、畜生っ、なんでこんな村にこんなバケモノがいるんだよッ?!」
「や、やってられるか、こんな相手っ!?」
「あ、この野郎待ちやがれッ!!」
勝ち目がないことを悟ったのだろう。
生き残りの盗賊どもは算を乱して逃げだした。
「馬鹿め。戦は負けて退く時が一番危険なのを知らんのか?」
ワシが手を振って合図を送ると、待機していた蘭丸が敗走する盗賊どもに襲い掛かる。
『恨みはありませんが、主君のご命令ですので!』
逃げる馬の足に一瞬で追いついた蘭丸は、馬上から盗賊を引きずり落とすと、一人ひとりその牙で息の根を止めていった。
うむ。こりゃあもう戦ではないな。ただの狩りじゃ。
「ひぃぃぃぃっ、お助けぇぇぇぇぇっ」
残った盗賊が一人きりになったところで、蘭丸は追撃を止めた。
一人は残せと言ったワシの命令を、ちゃんと覚えていたようじゃな。
「偉いぞ蘭丸。あとで骨をやろう」
『いりません』
逃げる盗賊がどの方角に向かったかを見届けてから、蘭丸は戻ってきた。
その三つ首の口元は屠った輩の血で真っ赤に染まっている。
タダでさえゴツかった見た目が、ますます獰猛になったのう。
前世の頃とはえらいギャップじゃ。
「さて、と」
ワシは刀を鞘に納めると、勿体をつけながら背後を振り返る。
そこには、盗賊に蹂躙されるはずだった村人どもが、恐怖と安堵の入り混じった目でワシらを見ていた。
「しかとその目に焼き付けたか? これが我と敵対した者の末路である」
ニィ、と幼女のツラに悪鬼の笑みを貼り付けて、ワシは告げる。
こやつらの目の前には、討ち取られた盗賊どもの死体がある。
頭蓋を踏み潰された者、ハラワタをズタズタに噛み千切られた者、首のない者、上半身と下半身を泣き別れにされた者――
どいつもこいつも無惨な死に様である。
"見せしめ"としては悪くなかろう。
「この魔王に逆らう者には、誰であれ分け隔てなくこのような死が与えられる」
ワシに歯向かえばどうなるか、この村人どもははっきりと理解したはずだ。
そして同時に――
「そして我に従う者には、誰であれ分け隔てない庇護を与えよう」
――このワシに"救われた"ことも、理解しているはずだ。
「ま……魔王様……」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
「貴女様がいなければ、この村はどうなっていたことか……」
恐怖と恩義はたやすく忠誠に化ける。
村人たちは口々にワシの名を讃え、感謝の言葉を述べる。
これで当分、こやつらがワシに歯向かうことはないじゃろう。
はっきりと力を見せ付けてやった上、村まで救ってやったのじゃからな。
まったく、あの盗賊どもは実にいいタイミングで来てくれた。
感謝してもしきれんわい。
「魔王ノブナガ様、万歳!」
「「万歳!!」」
くくく。よきかな、よきかな。
ワシの異世界天下布武計画の第一歩は、順調な踏み出しのようじゃ。
・歴史人物解説その3
【織田信長②】
色々と破天荒な逸話の多い信長だが、彼には刀剣コレクターとしての一面もあった。
特に彼が愛好したのは鎌倉時代の刀工「光忠」の作で、生前に集めた数は二十数振りにもなったという。
作中の信長が振るう「実休光忠」も彼の光忠コレクションの一振りで、呼び名の由来は彼の前の持ち主である「三好実休」から。
本能寺の変の戦いにおいても実際に振るわれたそうな。