ワシ、村に着く。
「ら~ん~ま~る~。まーだ着かんのかぁー?」
『まだ半刻も歩いていませんよ、信長様』
犬になった蘭丸の案内のもと、異世界をさすらうワシ、織田信長(幼女)。
現在はだだっ広い原っぱに引かれた道の上をほてほて移動中である。
「疲れた……足痛い……」
『へばるの早過ぎませんか信長様』
「ワシのせいじゃないわい! この体が貧弱すぎるのがいかんのじゃ!」
この、お人形めいたぷにっぷにでぺったんこの幼女ボディ!
ジジイに片足突っ込んどった前世のワシボディと比較しても、体力がない!
あと歩幅も小さい! 歩きづらい!
そして裸足のせいで足がクソ痛ぇ!
「せめて草履くらい寄越さんかい、気が利かん神仏め! ハゲネズミを見習え!」
『はいはい、愚痴言ってると余計体力使いますよ』
おい蘭丸、軽くあしらうでない。
それだとマジでワシが駄々をこねてるただの幼女みたいではないか。
クッソ、貴様図体がデカくなったからって態度までデカくなっとりゃせんか?
謀反フラグか? おぉん?
『もう少しの辛抱ですから、我慢して歩いてください』
「ぐぬぬぬ……はっ、そうじゃ!」
つれない部下と足の痛みに苦しめられるワシの脳裏に、突如として天啓が閃いた。
いいことを思いついたぞ、ぐふふ。
『うっわ、この人また悪い顔してる』
「ふっふっふ……蘭丸よ、近う寄れぃ」
『? ははっ』
怪訝そうな仕草をしつつも、蘭丸はすぐにワシの前に平伏す。
どうやらワシへの忠誠心までは消えておらんかったらしい。
まんまデカい犬が「伏せ」をしているポーズじゃな。
「よしよし、そのまま伏せておれよ」
『信長様、一体何を……』
「とうっ!!」
『ぐえっ?!』
潰れたカエルのような悲鳴を上げる蘭丸。
「うむ! 思ったより良い乗り心地じゃな! 毛皮がふわっふわじゃ!」
『の、信長様、いきなり背中に飛び乗らないでください……と言うか、下りてください!』
「イヤじゃ。ワシはもう歩き疲れた。ここからは貴様がワシの足となれい」
『いやあの、流石の私も馬扱いされるのには少し抵抗が』
「大差ないじゃろ馬も犬も。同じ四本足の畜生じゃし」
『酷ッ! この人酷ッ! そりゃ光秀様も謀反起こしますよぐふぅっ?!』
「聞こえんのぅ?」
愛刀・実休光忠の鞘で背中をゴリゴリしてやると、ようやく観念したのか蘭丸は大人しくなった。
うむ。物分りのいい家臣は好きじゃよ、ワシ。
「さあ行けい蘭丸号! 疾風のごとく駆けよ!」
『ノリノリですね信長様?! ええいもう、こうなりゃヤケだー!!』
アォォォォォン!! と、高らかと遠吠えを上げて駆け出す蘭丸。
ちいと揺れるが、乗り心地は悪くない。
風景が前から後ろへと飛ぶように流れていく。
「よいぞ蘭丸! おぬしそこらの馬よかずっと速いではないか!」
『ありがたきお言葉!』
蘭丸もだんだんノってきたのか、駆けるペースが一段と増す。
うん、マジで速いなこの蘭丸号。
馬なんぞメじゃないくらい速いぞ?
犬にしてはデカすぎるし、首も三本あるし、やっぱりワシの知る犬とは根本から作りの違う生物なんじゃろう。
普通の動物にこんなデタラメな速度は出せん。
「異世界の生物とは複雑怪奇じゃのう」
『? なにか仰いましたか信長様!』
「いいや、こっちの話じゃ。それよりまだ着かんのか?」
『はっ。そろそろ見えてきてもおかしくない筈ですが……と、噂をすれば』
「おう?」
蘭丸の背中の上から目を凝らすと、遠くにうっすらと建物らしき影が見える。
近づいてみるとそれは、村と呼べる程度の小さな集落であった。
獣避けの木の柵にぐるりと囲まれて立ち並ぶ、粗末な木造の家屋。
造りはかつて南蛮人に聞いた西洋の家屋に似ている気がする。
集落の付近には畑の姿も見えるが、水田は見当たらない。
ここいらでは麦や芋を主食にしておるのか。
「豊かと言うほどではないが、食うに困るほど飢えてもおらぬ。といった様子じゃな」
『そのようです。どうなされますか?』
「まずは村人に会ってみるしかあるまいて。お、丁度人が出てきおったぞ」
見れば畑仕事に行くところなのか、鍬を担いだ粗末な格好の男が歩いている。
ワシは蘭丸の背から降りると、ほてほてとそやつに近付いていく。
「おう、そこのおぬし」
声をかけると、そやつもワシらのことに気付いた。
じゃが、こっちを向いた男はぎょっとした表情を浮かべ、顔が真っ青になる。
「う、うわぁぁぁぁバケモノだぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」
「む?」
「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇっ」
こっちが何かする間もなく、そやつは悲鳴を上げて村の中に逃げていった。
なんじゃい。こんないたいけでぷりちーな幼女を見てバケモノとは。
その首引っこ抜いて盃にしてやろうか。
『あの信長様、あの男は私の姿に驚いて逃げたのでは……』
「む? ああそうか、蘭丸もおったんじゃったな」
振り返ればそこには見上げるほどの図体をした、三つ首の犬のバケモノがいる。
ふむ。異世界ならこんな怪物がいてもおかしくないと思っていたが、やはりこの世界でも蘭丸の姿は異質なのか。
あるいは、知られてはいても怯えて逃げ出すほど危険な生物なのか。
目の前にいきなり熊や猪が現れたら、大抵の人間はビビるじゃろうしな。
「じゃが、それより蘭丸、聞いたか?」
『何をです?』
「さっきの男、『バケモノだ』『助けてくれ』と言っとったじゃろう」
『あ』
言われて蘭丸も気付いたらしい。
「日本語、通じとるな」
『そのようですね……何故でしょう』
「さて。実はここがワシらの知らん日本の何処かなのか、奇跡的な偶然で話す言葉が同じなのか……理由は何でもええわい」
肝心なのは話が通じる、ということだ。
穏便に交渉するにせよ、脅迫して言うことを聞かせるにせよ、これで格段に事を進めやすくなった。
「一からこの世界の言葉を覚えるのもかったるかったからのう。助かるわい」
『あ、ちょっと信長様っ』
蘭丸を引き連れて、ワシは村に足を踏み入れる。
さっきの男の悲鳴で何事かと顔を出した村人どもが、まず幼女のワシを見て首を傾げ、次に蘭丸を見て悲鳴を上げる。
「うわぁぁぁぁっ?! なっ、なんだアレっ?!」
「け、ケルベロスだ! 子供たちを逃がせ!」
「嘘だろ、なんでこんな所に魔物がっ?!」
おうおう、聞いてもいないのにポロポロ情報を漏らしおるわ。
蘭丸のこの姿は「けるべろす」と言うのか。
魔物というのは妖怪やバケモノのことか。あるいは「危険な猛獣」くらいの意味合いかもしれん。
それを見ただけでこれだけ慌てふためくということは、こやつらは今まで魔物を見ることも滅多になく、平和に暮らしてきた、と推測できる。
よし、方針は決まった。
こういう輩は出会い頭にガツンと一発かましてやるのが一番よ。
「静まれッ!!!!」
甲高い幼女ボイスでワシが一喝すると、村人どもの騒ぎはピタリと止んだ。
「我が名は第六天魔王・織田信長。この魔物は我が配下の蘭丸である」
「ま、魔王?」
「魔王だって?」
「あんな子供が……?」
ほう。魔王という単語に食いついてきたな。
よかろう。ならば調子を合わせてやろう。
「そう、我こそが魔王である! 恐れ戦くがいい、弱き者どもよ!」
「う、嘘だ! 魔王は百年前、勇者様に退治されたはずだ!」
「そうだ! 教会の聖女様たちに封印されて、二度と復活してこないって!」
はい、情報ごくろーさん。
勇者に教会、聖女ときたか。この辺は大事そうなワードじゃな。
さあて、まだまだ芝居は続くぞ。
傾奇者やってた時分を思い出すワイ。
「確かに我は一度は敗れた。あの憎っくき勇者によって! だがしかし、我は復活したのだ! 新たなる血肉を纏い、新たなる名、新たなる姿をもって!」
「そ、そんなことが……」
「疑う者は前に出よ! 我が魔王である証拠を示してやろう……我が配下に喉笛を噛み千切られるか、我が一刀の下に首を落とされる覚悟があるならばな!」
しゃきん、とワシは刀を抜く。
身一つで異世界に転生したワシが、なぜか唯一手にしていた愛刀は、幼女の手にもしっくりと馴染んだ。
『ガオォォォォォォッ!!!!』
ワシの動きに呼応して、三つ首の犬が咆哮する。
よいぞ蘭丸、ナイス演技じゃ。あやつらビビッて声も出んわ。
「どうした、誰も出てこぬのか?」
「ひぃっ」
ワシはとびっきり邪悪なスマイルを浮かべて笑う。
幼女のツラでどれだけ有効かは不安じゃったが、幸い効果は覿面らしい。
ゆらぁりと刀を向けただけで、村人どもは腰を抜かしてへなへなとへたり込んだ。
「ククク、それでよい。貴様らの体は本能で分かっておるのだ。目の前に立つ我が真の魔王であるとな」
無論、そんな筈はない。
ワシはただの人間だ。
だが、恐怖で曇った人間の目には、ただの人間も魔王に見える。
恐怖、不安、そして狂気。
こいつを飼い慣らし、利用してこそ戦国の武将よ。
こんな平和ボケした村の連中を掌で転がすくらい、訳はない。
「これよりこの村は我が支配する! この我、第六天魔王による天下統一の足がかりとして、我に併呑されるのだ!」
「そ、そんなっ」
「我に従う者には支配の下での安寧を与えよう! 逆らう者には自由と引き換えの死を与えよう!」
『ちょ、ちょっと信長様?』
黙っとれ蘭丸、今いいところなんじゃから。
ククク、楽しくなってきたぞ。
「どちらの道を行くか、今、ここで選べ! 選べぬとあらば……」
最後にワシは声を張り上げるのではなく、ドスの利いた低い声で告げた。
「鏖殺するのみぞ」
村人どもが揃って恐怖で凍りつくのが見て取れる。
チョロいもんだ。
こんなに楽勝だとは思っとらんかったぞ。
もはやこやつ等に冷静に頭を巡らせる余裕はあるまい。
一人、また一人と村人が平伏し、頭を垂れていく。
死にたくなければ従うしかない、と思い込んでいる。
哀れよな。
一頭の犬と一人の幼女の口車に乗せられて、反抗する気概さえ見せんとは。
ワシの目の前には、恭順の姿勢を見せる村人共がずらっと並んだ。
ワシの人生でもこんなにチョロい侵略は初めてじゃわい。
さて。
そんじゃまあ、こいつらから絞り取れるものを絞り取るとするかね。