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森の癒し手  作者: S.U.Y
ヴィエレイア
22/22

最終話 継承と未来

 かつて、その地には森があったという。豊かな自然と、豊富な食料と薬草に恵まれた、理想郷のような土地であった。だが、今はその面影は無く、石造りの街並みが続く都会となっていた。

 巨大な白亜の建物の西に、森の名残である史跡公園があった。洞窟と、一軒の山小屋のある大きな公園は、観光地として多くの人で賑わっていた。

 しっかりと整備のされた公園の小道を、一人の少女が歩いてゆく。少女の手には白い杖が握られ、足元には一匹の年老いた白狼がぴたりと寄り添っていた。

 二匹の小鳥がやってきて、少女の肩へと止まる。少女が指を伸ばせば、小鳥は頭を擦りよせるように甘え、そして再び飛び去って行った。

「随分と、変わったわね。森も」

 少女の上げた声に、白狼がゆっくりと首を少女へと向ける。少女は手を伸ばし、白狼の頭をそっと撫でた。

「あなたも、歳を取ったね、ヴァイス……」

 うっとりと、目を細める白狼へ少女はしんみりと語り掛ける。そよ風が、一人と一匹の側を通り抜け、公園の奥へと抜けてゆく。少女の手の中で、白い杖の先端にある鈴が、りんと音を立てた。

「還る前に、少しだけ……お散歩しても、いいかしら?」

 小首を傾げ、微笑みをもって少女は白狼へと問いかける。応じるように、白狼は低く鳴いて、少女の手から頭を離した。

「ありがとう、ヴァイス。それじゃ、行きましょう」

 白狼の背をひと撫でして、少女は歩き出す。その足は、公園の外へと向いていた。

 多くの人が行き交う石造りの道を、少女と白狼は歩いてゆく。町中に狼などが現れれば騒ぎになりそうなものだが、道行く人は顔も向けない。それどころか、平然と通り過ぎてゆく。人の波を器用に避けながら歩いていた少女だったが、避けきれずにぶつかり、そして通り抜ける。少女が通り抜けた通行人は、ちょっと首を傾げてからまた歩き出す。白狼も、また同じだった。

 少女と白狼の姿は、誰からも見えず、そして触れることは出来なかった。

「すっごく、賑やかになったんだね、外縁の小屋も」

 白い石造りの建物に、木の屋台が所狭しと並んでいる。そんな市場通りに向けて上げる少女の声は、喧騒の中へは届かない。人の多さに辟易してか、白狼は少し不快そうに唸った。

『いらっしゃい、いらっしゃい! 美味しい美味しい、採れたてのりんごだよ!』

 売り子の声に見送られるように、少女と白狼は市場通りを後にする。目指すのは、町の中心にある白亜の巨大な建物だった。

 その建物は、周囲のどの家よりも高く、そして大きなものだった。だが、周りに人通りは無く、静謐とした佇まいでそこに建っている。建物の正面の壁には、赤い十字の紋様が掲げられていた。

「あ、あったよ、ヴァイス」

 建物の敷地に入り、広い庭園を歩く少女が声を上げた。駆け出す少女に、白狼もぴたりつ付いて早足になる。少女が足を止めたのは、庭園の片隅に置かれた銅像の前だった。

 その銅像は、一人の女医を象っていた。白衣を身に纏い、右手に秤を持ち、左手に医学書を持っている。少しきつめの印象を受けるその顔には、眼帯があった。

『ヴァイスヘイム総合病院 初代院長 ベアトリス』

 銅像の下に、そんな文字の書かれたプレートがあった。ぴかぴかに磨かれた金メッキのプレートは、陽光を反射してきらりと輝いている。

 銅像の前に立った少女は、見上げる目を細くした。眩しいものを見るようなまなざしは、銅像を通してどこか遠くを眺めているようだった。

「……もう、五百年も経ったんだね」

 白い杖を掲げるように持ち、少女が呟く。りん、と杖が鳴り、少女の足元で白狼があくびをした。

「大事にされてるみたいで、よかった」

 ふっと、息を吐いた少女がくるりと踵を返す。

「行こ、ヴァイス」

 歩き出す少女に、白狼は身を翻し付き従い、そして一度だけ首を銅像へ向け、低く吠えた。銅像はただ静かに佇み、一人と一匹を見送っているようだった。

「あそこにも、寄って行こうよ」

 公園の奥へと歩く少女の提案に、白狼は低く鳴いて応える。少女が向かうのは、史跡公園の中にある観光名所の洞窟の中だった。町から離れているので、人の姿もまばらであり、少女は誰にぶつかることもなく洞窟の最奥へとたどり着く。

 縄が張られ、立ち入りを禁止されたその一角の壁面、そして天井には美しい天使が彫られていた。ほう、と歓声を上げる人の列を抜けて、少女は縄張りを超える。そっと手を伸ばすのは、磨き上げられた床面。

「……もう、病魔の名残も無くなった。天使たちのお陰かしらね?」

 にっこりと、少女は半円の囲いを形作る天使たちへと視線を動かす。背後で、子供のものらしい声が聞こえてくる。

『へえ、あのおっさん、こんなの作ったんだ。俺には、さっぱりわかんないけど。竜にいさんは、どう?』

 聞こえてきた単語に、少女はさっと振り向いた。白衣を着た男女に連れられた、少年の姿がそこにある。

『僕にも、さっぱりだね。まあ、芸術的ではあるんじゃないかな?』

『もう、先生。こういうのは、心の洗濯になるんですよ。綺麗なんだから、それでいいじゃないですか』

 そんな会話を交わしながら、親子連れらしいその一団は去ってゆく。

「あ……」

 手を伸ばした少女が、微かな声を出した。だが、彼らが振り向くことは無かった。少女の足元へ、白狼が身を擦りよせてくる。

「……うん。そうだね。元気そうで、良かった」

 白狼の背に手を置いて、少女は後姿を見送った。

 洞窟を出て、少女と白狼はさらに公園の奥へと進んでゆく。木々が拓け、やがて見えてくるのは一軒の小屋と、小さな物置と、そして小屋の側に佇む墓標のような岩だった。

「ただいま、皆」

 岩の表面を撫でて、少女は杖を立てかけ座り込んだ。りん、と杖が鳴り、うっすらと光を放つ。淡い蛍火のような光は、木々の間から漏れる陽光に溶けて、消えた。

 白狼が、少女の膝元へ歩み寄り、身を丸くして伏せた。白狼の首を、労うように少女は撫でる。

「ありがとう……プロスト、グレイ、シェラ……それから、ヴァイス」

 少女の呟きに、白狼が物憂げに低く唸る。

「うん……色々、あったね、ヴァイス。私と、あなたで始まって……森に、色んなものがやってきた。病魔も、魔物も……本当に、永かった……」

 力なくうなだれた白狼の頭を、少女は抱き上げ、膝へと乗せる。ぐったりと閉じていた白狼の目が、少しだけ開かれた。

「もう、大丈夫……みんなが、繋いでくれた、癒し手の心は……ちゃんと受け継がれて、未来に……」

 すう、と少女の姿が薄れ、岩肌に透けてゆく。顔を上げた少女の視線には、白亜の建物が映っていた。

「だから、還りましょう、ヴァイス……森の、化身……私の、半、分」

 掠れる声で語り掛ける少女だったが、膝の上の白狼はもう、息をしてはいない。ふっと、安らぎのような表情を浮かべ、少女の姿は完全に消え失せた。

 木漏れ日に照らされて、墓標の下には白狼の死骸が残った。それを見守るように、岩に立てかけられた白い杖が陽光を照り返していた。

 ざわり、と木の葉を揺らし、風が吹き抜けてゆく。どこか遠くで、獣の鳴き声が響いていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

お付き合いいただいた読者様、感想、レビューを下さった赤城きいろ様。ポイント評価、ブックマークをくれた皆々様方のお陰で、完結まで書き続けることができました。

本当に、ありがとうございます。

お楽しみいただけたのでしたら、幸いです。

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