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森の癒し手  作者: S.U.Y
ヴァイス
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第二十一話 激闘と爪痕

今回は、少しグロ注意となっております。お気を付けください。

 小柄な少女の全身には、黒子のような斑点が浮かんでいた。肌の面積よりも多い大小の黒点が、少女の肌を黒く見せている。その肌の表面からは、黒い体液がじくじくと染み出していた。ヴァイスとベアトリスは、まずは黒い肌へ薬液を塗布することとなった。

「……これで、生きているのが驚きね」

 少女の薄い胸の上へ手を当てて、ベアトリスは驚きの声を上げる。あばらが浮くほどやせ衰えた胸とは対照的に、腹部は不気味に膨れ上がっている。枯れ枝のように細い四肢を擦るように薬を塗るヴァイスが、うなずいた。

「ヴィーの身体は、病魔の巣窟になっている。病魔が繁殖と生存を続ける限り、死ぬことすらできない」

 全身余すところなく、薬を塗り終えた。皮膚表面へと浮き上がっていた黒点が、鎮静化したのか体液の流出は無くなった。

「ここからが、本番だ。病魔の核を叩かねば、ヴィーを救うことはできん」

 言いながら、ヴァイスは少女の頭を軽く持ち上げ、枕を使って固定する。

「脳と、心臓。両方に巣くう病魔の核を、同時に潰すこと。それができれば、あとは投薬を繰り返すだけで病魔を駆逐できる。お前には、心臓の方を任せる」

 ヴァイスの言葉に、ベアトリスは真剣な顔でうなずいて見せる。

「わかったわ。任せて、とは言い切れないけれど、全力は尽すわ」

 ベアトリスの言葉に、ヴァイスは怪訝な顔になる。

「……何よ? さっさと始めないと、こっちが先に終わってしまうわよ?」

「いや……お前が殊勝なことを言うので、少し驚いたんだ、ベアトリス」

 言いながら、ヴァイスは少女の頭頂部に、剃刀を当てる。剃った頭髪に薬液を浴びせると、それは白い煙を出して溶けてゆく。産毛のような、頭髪では有り得ない何かが生えてくる頭皮へ、ヴァイスはさらに薬液を塗り付けた。

「あたしは、自分の実力を過大評価しない。そして、お金のためには全力を尽くす。それだけのことよ。別に、変なことを言ったつもりは無いわ」

 少女の胸へ小刀を当てて、刃を引きながらベアトリスが言う。薄い皮と肉を裂いて、流れてくるのは黒い体液だ。手袋に薬液を染み込ませ、ベアトリスは肉を裂いて固定する。しゅうしゅうと、白い煙と異臭がたちこめた。

「沢山作っておいて、正解だったわね。心臓だけあって、薬液がどんどん無くなっていく」

 黒い体液が、薬液に溶けるそばからあふれ出してくる。その液体の中で、どくんどくんと不気味に脈動する塊があった。

「どこから、手を付ければいいのよ、コレ……」

 沸き上がる蒸気の中で、ベアトリスが途方に暮れたような声を上げる。だが、ヴァイスにしてもそれに構っている余裕などは無い。頭蓋骨に穴を開け、脳の中にある病魔の核を取り除かねばならない。だが、少女の頭髪が器具に絡みつき、邪魔をするのだ。ヴァイスの手も、そのたびに止まる。

「少し、方法を考えなければ……」

「気脈を閉じることはできる? こいつが、この子の身体を使っているなら、それで動きを止められるかもしれない」

 ベアトリスの提案に、ヴァイスは白の杖へと手を伸ばす。気脈を診る鬼の記憶、そして手指の器用なエルフの記憶を呼び起こす。薬液に鍼を浸し、見極めた点へと打ち込んだ。

「……どうだ?」

 問いかけに、ベアトリスがうなずきを返す。

「うん。黒い体液の勢いが、少し弱まったみたい」

 白い煙が収まり、ベアトリスの眼前に綺麗な心臓が現れた。その脈動は、鍼を打つ前と比べて弱々しいものになっている。

「あんまり、長くはしないほうがいいみたいね。この子自身の、生命力を削るわ」

「……心臓は、どれくらい保つ?」

「よくて、五分かしら」

「希望的観測だな。三分で、ケリをつけよう」

 鬼の剛力とエルフの精密さで、頭蓋骨をくり抜きヴァイスが言った。その先にあるのは、赤黒く変色した脳だった。複雑な皺の刻まれた表皮の所々に、黒い瘤のようなものが盛り上がっている。そのひとつへ、ヴァイスは薬を塗った小刀の先で触れる。白い煙が上がり、瘤はしぼんで丸く浅い穴を脳に穿つ。ヴァイスは別の薬液を取って、そこへ塗った。

「ようやく、ひとつ、か」

 エルフの秘薬の効果を、極限まで高めた水薬によって脳の損傷は瞬く間に塞がった。だが、それは一部だけの事だ。黒い瘤に侵された、赤黒い脳の皮膚のほんの一部が、清浄な灰色のものになっただけだった。瘤は無数にあり、そして残された時間は少ない。焦りが、ヴァイスの手元を狂わせる。

「神様にでも、祈ってみれば?」

 短い言葉が、ベアトリスの口からもたらされる。心臓の周囲にある触手のような黒い血管を、小刀で捌きながらも声を上げる。それがどれほど神経を摩耗させることか、ヴァイスには計り知れないことだった。

「お前は、お前の作業に集中しろ。それから、神を語るな。似合わない」

 軽口を叩きながら、白の杖に意識を集中する。一心に、信仰する心を持つ記憶。助ける、そう信じるために。焦りにざわついていた思考が、急速に落ち着いてゆく。ヴァイスは再び、手を動かし始めた。

「意識を乱されると、こっちも大変になるから言っただけよ。じーさんの信仰も、大したものね」

 言いながら、ベアトリスが心臓へと刃を当てる。そちらはもう、大詰めのようだった。

 ヴァイスは素早く的確に、五つの瘤を処理し終えた。無数に思えた瘤の数も減り、大きなものが一つ残るだけとなっていた。

「……それとも、瘤が合流したのか」

 脳の表面を蠢く瘤が、大樹のように根を張りひと塊となってヴァイスと対峙する。根の一本一本は、脳内の血管でできている。瘤の出す黒い触手と混じり合い、それは縞模様のようになっていた。

「シェラ、俺に力を……」

 祈るように、ヴァイスが白の杖に意識を込める。多数の患者を診てきた、記憶と経験が流れ込んでくる。切ってはいけない場所、切っても良い場所。体感としてそれを理解し、刃先を動かす。根の一本一本を切断し、瘤を脳から切り離してゆく。切除した瘤へ、ヴァイスは手を伸ばす。瘤を摘まんだ指先に、焼けるような痛みが走った。

「ぐっ……最後の、悪あがきか?」

 瘤の内部から、強酸のような液体が滲みだしていた。ヴァイスの指の表面を溶かし、それは神経までに到達しようとする。痛みをこらえ、ヴァイスは何とか瘤を薬液に浸した。白い煙を上げて、瘤は溶けてゆく。それを見守る暇も無く、ヴァイスは水薬を脳の全体へと塗って頭蓋の穴を嵌め直す。それで、処置は完了だった。

 ほっと息を吐き、ヴァイスは顔を上げる。その目の前で、ベアトリスの身体がのけ反るのが見えた。

「ベアトリス!」

 ゆっくりと、スローモーションのように上体が傾き、仰向けに倒れてゆく。どさり、と床に背中を打ち付けたベアトリスは、顔を押さえて呻いた。黒々とした液体が、その肌に転々と散っていて、そこから皮膚の焼けるような嫌な臭いが立ち昇ってくる。

 駆け寄ろうとしたヴァイスの前に、ベアトリスの木の手のひらが向けられた。ぎしぎしと軋む音を立てたそれは、手指があらぬ方向へと捻じ曲がっている。

「あんたは、あの子を……」

 掠れた声に、ヴァイスは心臓へと向き直る。開かれた心臓の内部から、蔓のように血管を纏わせた大輪の薔薇の花のような肉塊が姿を見せていた。花弁の中心にある蜜のようなものは、先ほど指を溶かした強酸と同じものだろうか。花びらのように見える内側の花弁を、筒のようにしてそれを飛ばしたのだろうか。ヴァイスの頭に、予測が浮かぶ。

「あと……三十秒……」

 掠れた声が、思考を奪った。痛む指で、ヴァイスは小刀を握り肉塊と対峙する。痛みが、手指を震わせる。ヴァイスはぎゅっと目を閉じ、意識を集中させた。

「シェラ、グレイ、プロスト、アル、ソテロ、そしてベアトリス! 俺に、最後の力を貸してくれ! 命を救うための、力を!」

 白の杖を伝い、温かな意識が流れ込んでくる。痛みも、抜けてゆく。成すべきことを、成すために、命を救うそれだけのために、小刀の刃先は震えることなく花弁の根元に達し、その肉を切り除いた。血管を肉塊から取り除き、薬液に浸す。赤黒い薔薇は、煙を上げて溶けて消えていった。

 ヴァイスは少女の身体に打った鍼を取り除き、心臓へ水薬を塗って傷を塞ぐ。再び鼓動を始める心臓へ、尊いものに触れるように指を這わせ、それから胸の傷口を縫い合わせて水薬を丁寧に塗る。それで、心臓の処置は完了した。

 全ての力を使い果たし、ヴァイスはベアトリスの横へ仰向けになって倒れた。天井を見上げる、人間の視界がそこにあった。見下ろす天使たちの視線が、どこか和らいだもののようにヴァイスには感じられた。

「やった……の?」

 掠れた声に、ヴァイスは寝転がったままうなずいた。もう、身を起こす余力も無い。身体が、青白い光に包まれてゆく。

「ああ、ありがとう、ベアトリス……」

「……お金の、ためよ……ああ、ヴァイス。水薬を、取って頂戴……気を抜いたら、痛みが……」

 ベアトリスの声に、ヴァイスは言葉を返すことが出来なかった。からん、と乾いた音を立てて、白の杖が床へと落ちる。

「ヴァイス……ねえ、どうしたの……?」

 傍らで、痛みに呻く声が聞こえる。瞼の重みを感じながら、ヴァイスは闇へと落ちてゆく意識を、悠然と受け入れた。


 森の奥深くの小屋の中、寝台の上で一人の少女が眠っていた。身体の所々に、黒い斑点が浮き出ている。長い灰褐色の髪には艶も無く、頭には包帯が巻かれていた。やせ衰えた身体は、棒切れのように細い。それでも、少女は生きていた。浅く立てた寝息に合わせ、小さな胸が上下する。意識はまだ戻ってはいないが、ベッドの下でうずくまる白狼にとっては、それでも良かった。病魔の残した爪痕は深く、少女を苛んでいる。だが、最早それは恐れるべきものではない。医術をもって、癒すことの出来るものだからだ。

 小屋の扉が勢いよく開き、白衣の女性が姿を見せる。顔の半分を包帯で隠し、左腕は木目も新しい義手だった。

「投薬の時間よ。ちょっとヴァイス、いつまで寝ているの? 本当に、あなたは図体ばっかりでっかくて、少しもお金にならないんだから」

 そう言って女性は白狼の腹を軽く蹴り、ベッド脇からどかせた。白狼は低く唸ったが、粛々とテーブルの下へと身を潜り込ませる。

「さあて、それじゃあヴィーちゃん、お薬の時間よ。最近、血色が良くなってきたわね」

 眠る少女に、話しかけながら服を脱がせて薬を塗ってゆく。その様を見つめ、ヴァイスは長閑にあくびをするのであった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

ヴァイスのお話は、ここまでとなります。

次回は、最終回です。

最後まで、お楽しみいただければ幸いです。

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