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森の癒し手  作者: S.U.Y
アル
11/22

第十一話 病魔と使徒

 小屋の扉が開け放たれて、中には次々と鴉が舞い降りてくる。そして少年の前で鴉たちは列を作り、少年の手から赤い粒のようなものを嘴で受け取ってゆく。

「一粒ずつ、必ず飲んでね」

 少年が、居並ぶ鴉に声をかける。ぐわ、と鴉たちは口々に答え、顔を上へ向けて一粒咥えたものを飲んでゆく。

「飲み終わったら、他の子と交代するんだよ」

 少年の声に、飲み終わった鴉はばさりと羽根を鳴らして去ってゆく。テーブルの下では、ヴァイスが大柄な身体を所在無さげに縮めていて、その鼻先にいる首を傾げた鴉を見つめている。

「薬の材料は、大丈夫?」

 鴉に投薬を続ける少年が、部屋の隅で調薬鉢をかき回す男に聞いた。

「見える範囲の鴉で全員なら、これで何とか足りそうだね」

 男は視線を調薬鉢へと落としたまま、言った。

「全員集合かけたから、遅刻してくるのがいなきゃこれで全部だよ」

 少年が言うと、鴉たちが一斉に鳴き声を上げた。

「遅刻するような不心得者は、いないってさ。もうひと頑張りだね」

 少年の言葉に男はほっと息を吐き、手を動かす。やがて小一時間程も経つと、最後の鴉が元気よく飛び立っていった。

「お疲れ様、竜にいさん」

 草の敷物の上でへたり込み、丸メガネを外して目頭を押さえる男に少年は声をかける。テーブルの上にある瓶を渡すと、男は礼を言いながら中身を一口飲んだ。

「ありがとう……うん。今年のは、少し甘いね」

「俺にはお酒の味なんてわかんないけど、美味しいってこと?」

 テーブルの上のリンゴを取って齧りながら、少年は聞いた。

「そうだね。良いお酒には、仕上がった。町へ行ったら、売り物くらいにはなるかもしれない」

 そう言って男は、困ったような笑顔を浮かべる。

「町へ、行くの?」

 少年の問いかけに、男は身体を少年へと向けてうなずく。

「さっきの鴉たちに感染していたのは、僕の作った薬をもとに作られた、病原体だ。僕が、始末しなくちゃいけないものだよ」

 男の言葉に、少年は目を丸くする。

「竜にいさん、確か不死の薬の研究してたんだよね? 何で、病気を作ってんのさ」

 少年の言葉に、男は首をうつむかせた。

「不死、というのは簡単に実現できるものじゃないんだ。僕が疑似的にそうなれたのは、竜のおかげだからね。彼女に……竜に出会うまでは、僕は人体のあらゆる薬物反応を研究していた。薬物だけじゃなく、秘孔や、気功による変化なんかも、ね。病原体は、その副産物というわけだね」

 竜のことを口にするとき、男の瞳の中に言い知れぬ寂寥感のようなものが見えた。だが、男はすぐに続きを口にして、それを消したように少年には感じられた。

「つまり、竜にいさんの研究を、悪用してる奴がいるってこと? 鴉を使って、実験して」

 少年に、男はうなずいた。

「偶然、似たような研究をしている者がいる、というだけのことかも知れない。でも、どのみちこれは僕が行かなくちゃいけないんだ」

「鴉を助けるため?」

 少年の問いに、男は首を横へ振る。

「いや、鴉は病原体を運ぶんだ。彼らの残した糞や、彼らに食われた動物の死骸なんかから、病原体はどんどん拡がっていく。生きているもの全員の、脅威になる。事は、森の中だけじゃないと見ていい」

 男の言葉に、少年は白の杖を握りしめる。りん、と杖の先端が鳴った。

「……俺も行くよ、竜にいさん」

 少年の言葉に、反応を示したのはヴァイスだった。テーブルの下から這い出して、恐ろしい形相で少年を睨み付ける。

「……君には、癒し手の使命があるだろう、アル? それにヴァイスも、君に森を出てほしくは無いみたいだよ」

 男に同意するかのように、ヴァイスが小屋の入り口側へと移動して少年を見上げる。少年はヴァイスを見つめ、首を横へ振る。

「俺も、行く。竜にいさんの、相棒なんだ。このまま森の中で待ってるなんて、できないよ。それに、竜にいさんを一人で行かせるのは、なんだか不安だし」

 少年の言葉に、男は苦笑する。

「君に、心配されるのは何だか妙な気分になるね。僕は一応、人間社会で暮らしてきた身だよ?」

「竜にいさんは、どこか抜けてるから。ヴァイス、わかってよ」

 懇願する顔で、少年はヴァイスを見つめる。白狼の瞳が、少年の奥底を覗き込むように見つめ返してくる。そんな中、少年の手にある白の杖がひと際大きく音を鳴らした。

「な、何だよ?」

 同時にヴァイスが身を翻し、小屋の外へと出て行く。驚く少年の前で、男がカバンを手にして立ち上がった。

「どうやら、緊急事態らしいね。僕たちも行こう。彼の、後を追うんだ」

「わかった、急ごう」

 男と少年は顔を見合わせてうなずきを交わし、小屋を出て森へと分け入った。行くべき方角は、白の杖が少年の頭の中へと示してくれる。だから、少年の歩みに迷いは無かった。

 三時間ほどが、経過しただろうか。少年と男は、森の領域外にほど近い地域にまでやって来ていた。高性能な人造人間である少年は息を切らすこともなく、かなりの速度で走り続けていた。追随する男もまた、竜の血により人間離れした体力を見せる。それでも、道中でヴァイスに追いつくことは無かった。

「竜にいさん、あれ!」

 木々の間を指して、少年が叫ぶ。その先に、馬車が横倒しになっていた。細い木々をへし折り、大きな木の根元で倒れた馬車の傍らには、二頭の馬の死骸が見える。

「あそこに、ヴァイスくんもいるみたいだね」

 男が指し示すのは、馬車から少し離れた茂みの奥だった。こちらを見つめて佇むヴァイスの足元に、黒い服の人間が倒れている。その下で、茂みの一つが押しつぶされていた。

「……茂みが、クッションになったんだろうね。馬車から放り出されて、ここへ落ちたんだろう」

 男が駆け寄り、さっと倒れた人間を診る。その人間は、聖職者のようだった。金のロザリオを首に提げていて、黒い服は修道服のようだ。

「坊さんが、何でこんなとこに?」

「僧侶、と言いなさい、アル。事情は分からないけれど、意識を失っている……アル、馬車の外壁から、板切れを持ってきてくれるかい? この人を、載せられるような」

「結構、重労働なんだけど……言ってる場合じゃないよね。わかった」

 僧侶の脈を取り、呼吸の様子を確かめる男を背にして少年は横倒しになった馬車へと駆け寄った。うまい具合に、馬車の扉が外れかかっており、さらには荷物の毛布があった。

「よっと」

 少年は両手で扉を引き千切り、毛布を手に男の元へと戻る。

「これで、ベッドができるよ。寝心地は、保証しないけれど」

 戻ってきた少年に、男はうなずいた。

「うん。それじゃあ、この人を寝かせるの、手伝ってくれるかい?」

「一人じゃ無理そうだもんね。この坊さん、何食ってこんなに大きくなったんだろ?」

 二メートル近い長身の僧侶を、男と少年は二人掛かりで扉と毛布の簡易ベッドに寝かせた。

「アル。僕のカバンから、調薬鉢と小刀を出して。それから、火を熾してほしい」

 矢継ぎ早に出される指示を、少年は素早くこなす。

「竜にいさんって、本当、人使いが荒いよね」

 ぼやきながら、少年は熾した火の周囲に石で小さなかまどを作り、水を入れた小鍋を上にかけた。

「君の力を、信頼しているからだよ……さて、それじゃあ、始めよう」

 男が、僧侶の修道服の胸をはだけた。少したるみのある肉体の腹部に、青いあざのようなものがあった。

「馬車から落ちたときに、打ったのかな?」

 少年の言葉に、男は首を横へ振る。あばら骨の下あたりにあるそのあざへ、男はゆっくりと手を当てた。

「竜にいさん、どう?」

 覗き込んだ少年を押しのけるように、男は調薬鉢を手に取った。

「あまり近づかないほうがいい。君にも、感染するかもしれない」

 鉢を高速でかき混ぜながら、男が言う。その言葉に、少年は後ずさった。

「それじゃ、この坊さん……」

 呻くような少年の声に、男は僧侶の患部を見据えてうなずいた。

「そうだ。病原体の、被害者だよ」

 男の丸メガネの奥の瞳が、糸のように細められる。強い信念を宿した瞳を前に、少年はごくりと唾を飲んだ。少年の傍らで、ヴァイスが男を睨み付ける。ざわざわと、森の木々が揺れて木の葉をざわめかせていた。

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