裏道の小さな灯火
太陽があたり一面を真っ白に照らしていた。空は天色にどこまでも、どこまでも広がって、入道雲がもくもくと向こうの山から立ち上る。
「ほら、勝ってみよろ。」
そう太陽は挑発してきた。
ジージーと蝉の声が真下から聞こえてくる。
ああ、うるさいな。勝つさ。勝ってやるよ。
僕は一生懸命に光を放つ。しかしその光も偉大な光に飲まれていった。さっきよりも蝉の声が大きくなった。まるで僕を嘲笑っているかのようだ。
僕の体力はだんだんすり減り、終いには明かりはほぼ見えなくなってしまった。
太陽は真っ白に、やはり僕を照らす。傍から見れば僕は燃え尽きた灰のようなのだろう。
「消えちまえ、消えちまえよ。」
太陽はぎらぎらと鋭い光を僕に突き刺す。
ああ。僕がいる意味なんてないな。ああ眠い。
元から小さい光を、僕はさらに小さくした。
「おおい。しっかりしやがれ。全然見えねえよ。この出来損ないが。」
その怒鳴り声で僕は目を覚ました。
久しぶりの客だ。こんな時にばかり来るもんだから世の中は不条理だ。
「ああ、すまない。今すぐ見やすくしてやる。」
僕はいつも通りに明かりをつけた。しかし、下から舌打ちが聞こえた。
「なんだよ。全然変わっちゃいないじゃないか。全く見えねえよ。まあ、どうせこんなところ誰も通りはしねえからオメエは無意味だな。」
ガハハと大きく口を開けて笑った。ならいちいちここで止まるなよ。無視して行けばいいだろう。そう思わずにはいられなかった。
故意か、過失か。彼は通り過ぎる時僕の足を蹴っていった。僕は将来彼のようにはなりたくないと思った。
僕は道路の管理人。いわゆる信号機というやつだ。僕は白熱電球の信号機で、嫌われものの信号機。どうして嫌われているのか。答えは簡単だ。技術革新で今、街の信号機と言ったらLED電球の信号機が主流だ。家を挟んだ向こうの道路。ここからでも見えるLEDの彼女は眩しく光っていた。たくさんの車たちが彼女の下を通っている。
対してこの道路、僕が立ってるこの道路はとても静かだった。さっき来た彼も約3日ぶりの客だ。30年前はたくさんの若い車が出入りして、夜も眠れないほど賑わっていたのに今となっては一面灰色。目に入るのは錆びたシャッターだけだ。
でもそれは仕方の無いこと。白熱電球の僕とLEDの彼女。その性能の違いは一目瞭然だ。
まず見やすさが全然違う。彼女の合図は今日みたいに太陽が眩しくても見違うことはないだろう。それに加え、彼女は体力がある。息が上がることなく、熱も低いまま、ずっと光っていられるのだ。
僕を見てみろ。太陽が眩しければ、その光が僕の鏡に反射してどの色が光っているかわからない。おまけに僕は体が弱いから光るとすぐに熱を出してしまう。少し光るだけで疲れてしまう。
僕は生きている意味があるのだろうか。こんな寂れた道路に立って、車たちには悪口を言われ。僕に意味なんてない。僕なんか壊されてさっさとLEDに変えられてしまえばいいんだ。みんなもそれで幸せだし、僕も幸せだ。
ああ誰か僕にぶつかれよ。
さっさと僕を殺してよ。
僕はあの頃は良かったなあと、30年前のことを思い出して青い電球に光を灯した。
それから僕は4ヶ月全く変わらない風景をただ眺めていた。季節は冬。その日も雪が降り積もっていた。
雪があたり一面を白濁させていた。日も落ちて街は濃藍に沈み、どんよりとした雲が空を覆っている。赤。青。黄。誰も見てないが光らせない訳には行かない。楽しいことなんて一つもなかった。同じ作業をただ繰り返すだけの日々。そんな今日にうんざりしていた。しかしそんな日常を壊す事件が起きたのだった。
家を挟んだ向かいの道路。LED電球の彼女がいる、煌めいたあの道路。その華やかな街からキキーという激しいブレーキ音とドカンという衝突音が聞こえてきた。事故だろうか。いや、ありえない。あの道路を通る車たちは珍しいLED電球を見ようとするため、寝ながら走ることなんてしないし、さらにはゆっくり走る。かっこ悪いところを見せたくないからという理由で酒を飲んで走る車もいない。それに加え彼女の明かりは見やすい。しっかりとした統制がなされ、事故なんて起きるはずがない。では今の音はなんだったのか。
僕は少し背伸びをして向こう側を覗いた。しかしそこにはあるべきものがなかった。
光である。昼夜問わず明るく輝く彼女の光が見えなかったのである。雪は降っているが視界全てが閉ざされるほど酷くはない。ではなぜか。彼女のいつも光っているレンズは真っ白だった。
「雪が私のレンズに付いてしまい、明かりが閉ざされてしまいました。どうか助けてください。」
LEDの彼女はしきりに叫んでいた。
そこで僕の脳裏にとある疑問が思い浮かんだ。
ではどうして僕のレンズには雪がついていないのか。
僕と彼女が立っている環境はあまり変わらない。場所も家を一つ挟んでいるだけ。彼女のレンズに雪がこびり付くなら僕のレンズにも付着してなければおかしい。
ふと、一つのある答えが思い浮かんだ。雪を溶かすのは熱である。LEDの彼女は熱をださない。だから呼吸の乱れなく光ることができた。では僕はどうだろうか。僕は光るとすぐに疲れてしまう。だから嫌われてきた。では疲れとともにやってくるものはなんだったか。
「……熱だ」
ぽつりと呟いた。僕はその時明かりを点けるのも忘れ考えていたため、僕のレンズにも雪がこびりついてしまい、何も見えない。向かいの道路は車の叫び声でまだ騒がしい。
ならばやることはただ一つ。
パチリと赤色のスイッチを入れる。
光れ。光れ。光れ。
じわりじわりと雪が溶けていくのがわかった。ポタポタと生あたたかい水滴が足元に落ちた。
空の星のように細かく車のライトが光っていたがその中で白熱電球は一際明るく輝く。
「ほらよ、オマエに勝ってやったぜ。」
僕は今、銀河系で一番強い。
「こっちです。信号機使えます。」
僕は一生懸命叫んだ。体が燃えるように火照っている。ぐらりと目眩がした。でも気にするものか。僕は足に力を入れて倒れるものかと踏ん張った。色々な光がぐちゃりと混ざっていく。でも僕が見つめているのはたった一点のみだった。
車たちは今日ばかりは感謝の言葉を僕に掛けながら通っていった。僕は初めて仕事をした時よりも30年前のあの時よりも何より今が楽しかった。生きている実感があった。
「僕にもまだやることはあったんだ。そうだ。この世に無駄なことなんてないんだ。僕にも生きる意味はちゃんとある。」
何度も何度も噛み締めるように呟いた。
眩しい赤、青、黄の三色は一晩中、衰えることなく街を照らしていた。ずっと。ずっと……
次の年の夏に、劣化が原因で冬の事件を知らない業者によって白熱電球の彼は撤去されてしまった。そして街には新しくLED電球の信号機が追加されたのだった。
だが、毎年毎年、冬になって雪で信号が機能しなくなると車たちはこう言った。
「こういう時のために彼にはいて欲しかったのだがなぁ」
信号機に限らず無駄な人、ものはないと知って欲しいです。そこにある意味はあります。だから自信を持ってください。あきらめないでください。私のようなジジイなんかの文章を読んでいただき、ありがとうございます。この文章が誰かの希望になれたとしたら、私は幸せです。




