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「和音様、お目覚めの時間ですよ」


 聞きなれたカーテンを引く音とともに視界の端に眩しい光が差し込んできた。私はそれから逃れるように寝返りをうち、フカフカの羽毛布団に頭を潜り込ませた。

 前世も今も変わらなかったことのひとつに、寝起きの悪さが含まれる。

 再度、「起きてください。遅刻しますよ」と優しく声をかけてくれるメイドさんの声すら、もはや私にとっては睡眠導入BGMと変わりがないものだ。

 前世は酷かった……。すでに遅刻決定のタイミングで突然大声でガミガミ大魔神となる口うるさいお母様。そもそも起きられない自分が悪いのだとわかっていても、そんなギリギリに起きてしまったことによる焦燥感とお母さんのガミガミ攻撃とのダブルコンボ。朝は毎日、超絶☆不機嫌でした……。

 そんなことを考えながら私はまどろみの中で意識を揺らしていた。


「あと7分43びょー……」

「妙に具体的ですが、いけませんよ。遅刻してしまいます」


 そう言いながらメイドさん――この声は明美さんだ―― が私の蒲団を揺さぶり引きはがす。明美さんは優しくおっとりした人なのでここまで全て穏やかに事を成してくださるが、メイド頭の妙さんが起こしにくると一変して穏やかな朝が嵐のようになる。「起きてくださいませ!」という言葉と蒲団を引っぺがされることが同時進行で成される。前世のお母さんと違い、妙さんはサバサバとした人だ。嵐のようであるけれど、ガミガミ大魔神にはならず、テキパキとただ私を起こして用意させることのみ遂行していく。うん、ガミガミ大魔神やっぱり良くないね。

 私はもぞもぞと蒲団のぬくもりに包まれたまま、サイドテーブルの置時計をちらりと見た。その瞬間、私はヒュッと冷たい息をのみこんだ。


「ちっ遅刻!!もう遅刻じゃ……っ」

「和音さま?」


 私はサッと血の気が引いていくのを感じながら羽毛布団をはねのけた。時計は7時55分を指していた。始業は8時35分。

 私の屋敷から学校までは車で15分ほど。ご飯はおにぎりかサンドイッチなどを頼んで車で食べるとして、顔を洗い歯磨きして着替えて……20分でいけるだろうか?


「明美さんっドン武田に車で食べられる食事の用意をお願い!」


 因みにドン武田とは芸人の名前ではない。大変渋いお髭をたくわえたダンディーなおじさまで在らせられる料理長の武田さんへの敬意を表して付けたあだ名である。

 私は明美さんの返事を待たずに制服をひっつかみ、部屋に備え付けられた洗面所へと飛び込んだ。

 そう、私は全然聞こえていなかった。背後で明美さんがのんびりと発していた独り言を。


「あら?この時計、いつの間に止まっていたのかしら……」






 音をたてて重厚な我が家の扉を開け放つと、そこにはいつからか見慣れてしまった婚約者殿がおり、驚いたように目を丸くして私をみていた。


「……珍しいな。こんな早起きしてるなんて」

「なにしてるの玄至さんっ遅刻するよ!」

「お前のほうがなに言ってる。今はまだ、朝の7時過ぎだぞ」

「…………えっ?」


 玄至は呆れたように私を見ている。私は目を見開いたまま音もなく、背後に控えているであろう使用人さんを振り返った。そこに立っていた執事頭の安藤さんはなぜか申し訳なさそうに眉根を下げて私をみていた。


「ただいまの時刻は7時10分でございます。……和音お嬢様、お伝えすることが遅れてしまい申し訳ありません」


 折り目正しい安藤さんのお辞儀を眺めながら、私は崩れ落ちるようにその場に伏した。


「ま・じ・で・かああぁぁ……遅刻じゃないのぉ……?」

「左様でございます」

「ちょっと、私、ひとりで勘違いしちゃって……うわっ恥ずかしい!」


 禿げそうなほどの恥ずかしさをごまかすように頭を抱えていると、そこまで体格差のない玄至が私の脇を抱えて引っ張り起こそうとする。


「お前な……仮にも女が地べたに座るなよ……」

「放っておいてよ!私、今なら恥ずかしさで地面に埋まれるよ!」

「はいはい。わかったから、早いところ家の中に入ろうなー」


 玄至は問答無用で私を家の中に引きずり込もうとするが、私は必死で抵抗する。

 家の中には私を見送るべく多くの使用人さんたちが並んで立っているだろうとわかっているからだ。


「放してー!私は天岩戸に隠れて75日引き籠るのー!」

「天照大神はそんな不純な動機で天岩戸に隠れたわけじゃないだろうさ。ほら靴脱げ」


 そんな私の抵抗も空しく、玄至さんはテキパキと私の靴を脱がせ、よく磨かれたフローリングを利用して私を引きずり歩きはじめる。

 視線を感じて周りを見ると、広い廊下の至る所で固まりになっている使用人さんたちは、クスクスと笑いながら私を見ていた。ほら!やっぱり!!

 もちろん、使用人さんたちと仲がいいので、嫌な意味での笑い物にされているわけではないだろうことはわかる。それはわかっているけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。



「いつもすみませんね。玄至さん」

「本当、玄至さんいてくれてよかったわあ!うちのお嬢様ったらそそっかしいったら、ねえ?」

「いつものことです。気にしていませんよ」


 居間近くまで引きずられたところでさすがに観念して自分の足で歩きはじめる。

 ふと、今更ながら疑問に思ったことを口にする。


「……そういえば、玄至さんはなんでこんな早くにうちにいるの?」

「呼ばれたんだよ。お前のお父さんに」

「お父様に?なんで?」

「知らない」

「……へぇー」


 私と玄至は婚約者同士で家同士の行き来も多いけど、こんな朝早くにわざわざ呼び出したことは一度もなかったはずだ。

 どうしてだろう?と首を傾げながら、私は玄至に引かれるまま両親が揃っているであろう居間へと足を進めた。

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