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Last Episode

Scene Nao (奈央視点)


「これ、作ってみたの。食べてくれる?」

 そんな困った風な顔しないでよ。こっちだってこんな事するの初めてなんだよ。岡田は私が差し出したクッキーを受け取った。

「ありがとう」 


 日本の男児とは違う、ありがとう、という言葉も良い慣れてる気がした。それでいて、社交辞令の感じもしない。同級生だけどやっぱりオトナだ。

「迷惑…だったかな? 他の子もみんなあげてたみたいだけど」

「とても嬉しいよ」

「フランスでは違うのかな? フランスのバレンタインは分からないのだけど」

「フランスでは、恋人の祭りと言うんだ。恋人同士だとロマンチックな時間を過ごしたりするから、いろんな女の人が1人の男の人にあげる事はないかな」

「もう1つ、話しておきたい事があるんだ」


 助けて。咲季子たちが近くで見守っているはずだ。だけど声じゃ言えない。どうしたらいいのか分からなくて左手で髪をすいた。こうするとちょっと落ち着く。

 ”そうだ。今ここで何かできるのは私だけだ”。そう自分に言い聞かせる。


 岡田の目を見ただけなのに、それだけの時間がすごく長く感じる。こっちを見ている岡田の視線が永遠まで繋がっているような深さで、その一方で儚い衝撃を残して消えるほんの一瞬の光のような優しさで、私を見ている。


「私、岡田君の…ううん、岡田の事が好きみたい。私と付き合ってほしい」 


 こういうのはストレートに限る。どんなに言葉で飾っても伝えたい気持ちは1つなんだ。息を止めてるわけじゃない。だけどそうしないのは、「いいよ」という言葉で解放されたいんだ。この痛いくらいの気持ちから。同じ痛いなら切ないより愛しさの方が良い。

「大人で、しっかりしてて。自分を持ってる」

 さっきと同じ時間が流れる。岡田の視線に吸い込まれる。私の左右の髪が左にステップを踏んだ。岡田の目の下がほぐれたように見えた。


「そう言ってもらえると嬉しいな。ラフなフランスでしっかりやっていくために、これでもかというくらい気を配って来たよ。でも、気持ちには応えられないかな。誰かを好きになるのはもう少し大人になってからと思ってたんだ。いつか言ったかもしれないけど、フランスでは男女が触れ合いたがる。まだ僕はその準備ができてない。自分に好きな人が出来た時、僕は責任を果たせるようになっておきたいんだ。難しい事だと思う。それでも自分で”もういいだろう”と思う時まで。だからごめん」


 最後、岡田が向けた最後の視線は、またいつかと言ってくれた気がした。岡田はそのまま歩道へと抜けて帰って行った。

 寄宿舎の方を見ると、玲人と咲季子がこっちを見ていた。どうなったって? 私は両手を上に伸ばして、大きくバツを作った。それを見て2人は、玲人はうつむき加減で頭を掻いているし、咲季子にいたっては今にも泣きそうだ。

 泣くな、泣きたいのは私だ。そんな2人が可笑しくてバーカと大きな口で示すと、笑って見せた。そして親指を立ててやった。もうこんなに町はオレンジ色になっていたんだ。それすら気付かなかった。


**

Scene Sakiko (咲季子視点)


 私が髪を伸ばし始めたのは中学に入ってすぐの頃。奈央の影響だ。奈央は出会った小学校の時から快活で、だけど女の子が押さえるべきポイントは押さえてた。誰にも自分の思いを言えるタイプだったけど、中学に上がってからは押しても良い時には押して、引くべき時はちゃんと引いた。計算じゃなく可愛いと思う点が奈央にはたくさんあった。何もしてないのに可愛いなんて卑怯だ。それが悔しくて、少しでも女の子らしくと思って私は髪を伸ばし始めた。


 私は小学校の頃から玲人が好きだった。初恋だ。当時の玲人は泥んこにわざと飛び込むようないたずらっ子で、衝動のままに飛び込んだ後で「ヤベ、母さんに叱られる。んー、まいっか」と大きな笑顔で言うような子供みたいな玲人が好きだった。そんなだからだったのかもしれないけど、私にも優しくしてくれたような気がして、それが”良い子”になって、好きかもになったんだ。


 先月、年末だったかもしれない。奈央が岡田君のことが好きだと白状した。それでバレンタインを渡そうかどうか迷っていた。

「あるでしょ? バレンタイン 世界共通認識だよ」

「別に、フランスのバレンタインがどんなのでもさ。奈央が岡田君にアタックするのはいいんじゃないかな」 だから誰がアタックするって言ったのよ、と左の私を見ながら、右にいる玲人の胸に鞄をぶつけた。

「痛って!! 何するんだよ、お前?」

「もとはといえば、あんたがフランスのバレンタインがどうこう言うからよ」

「オレのせいかよ?」

「お前にはやらねぇよ、チョコなんか」

「へっ、いらねぇよ」

 憎まれ口を叩きながら、奈央はそっと照れたように可愛い笑顔を見せてくれる。やっぱり、というふうに私は玲人と顔を見合わせて吹き出しそうになった。


 羨ましいと思った。いつもこんな2人の傍にいたいと思う一方で、いつもと変わらない玲人が、奈央の恋心を知ってもなおそこにいたからだ。それすなわち、私が好きになった時の玲人のままなんだ。私の好きな玲人が奈央に向いているような気持ちに時々なる。


 奈央の想いは岡田君には届かなかった。

 あんなに強く思っていたのにと想定外だった。いや、想定外じゃない。多分奈央はどっちもあり得ることは分かっていた。だから失恋直後でも私たちにおどけられたんだと思うし、あんな事が出来たんだと思う。

”今度はアンタの番よ。上手くやれよ” あの親指のサインはそういう意味だ。私と玲人がここにいる本当の理由をその玲人だけが知らない。

 私は今から玲人に告白するんだ。


 2月最初の日曜日に奈央に呼ばれた。玲人と一緒に岡田君用に作るクッキーの味見をしてほしいと頼まれた。とてもおいしくて優しくて、奈央の岡田君への気持ちもこんな感じなんだろうなと思った。私がクッキーを焼いたらこんな味になるのかな。そしてそれは玲人への想いと似てるのかな。


「今、電話良い?」

 奈央のクッキーを食べた夜、お風呂のあいだにベッドのケータイに奈央からのメールがあった。もちろん良いよ、と返す。髪を整えていると電話がかかってきた。


「アンタはいつ決着つけるの? 玲人のこと」

「あいつは鈍いからね。そろそろ気付かせてやりなよ。

 それとも何? 何もしないで終わる気?」 

 そんな脅さないでよと言ってみる。私だって言いたいけど怖いんだ。手の届かない所に玲人が行ってしまいそうなんだ。奈央に言ってないけど5年生の時に一度断られてるんだよ。


「私、玲人の事が好き」

「嘘つけやい」 

 冗談だと思ったのか、いつもの”まいっか”の笑顔で断られた。本気で告白したのかもよく覚えていない。二の句が継げないで「あっ、うん、ごめん」で終わってしまった。分かったよ。奈央。私も決着つけるよ。だから…。


 私も玲人にはバレンタインプレゼントをあげてきた。いつだって本命だった。だけど今度のは少し意味が違う。機は熟した。私は奈央と同じ戦場の戦士になる。


 岡田君の返事を聞いた奈央も歩道へと出ていく。

「待って、玲人」 奈央を追いかけようとした玲人を引き留める。


「玲人…私、やっぱりあなたが好き」


 バレンタイン

 人が人に愛を告げるはずのその日。 今なお、そうしている人はいるだろうか。

 そして、かつてそれが当たり前だった世代の人たちは、夫婦となり、隣にいるのが当然のようになってももらいたいだろうか。


 私と玲人は夫婦ではないし、世の中は友チョコが主流だ。でも玲人の近くにいる事が今は当然のように思う。

 そんな私だからこそ、今なんだ。


 あなたはいつ、2回目のプロポーズをしましたか?



 


このお話も別のブログで掲載していたものです。甘いお話が好きな読者様に人気のあった作品です。

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