Episode 3
Scene Reiji (玲人視点)
今日は月曜日、バレンタインまで3日だ。朝から太陽が眩しい。
朝のテレビ番組ではバレンタインが特集されていた。画面左上の隅に「バレンタイン de サプライズ」という文字が踊る。「VTRをどうぞ~」と最近人気急上昇の女子アナがVを振る。街頭インタビューに応じた通行人男性が映し出され、画面下に“今までで1番驚いたバレンタインのエピソードはありますか?”とテロップが出ている。
質問中であろう不自然な無音があけると、街のざわめきと共に話し始める。
「高校の時かな…」.
「8年後に男の人からプロポーズしたのって偉いよね? 奥さんすごく嬉しかったと思うよ」
通学路、咲季子は言った。彼女もまたあの番組を見ていたらしい。義理チョコで受け取ったつもりが、その時の女の子にとっては本気チョコで、それが判明した時から自然と付き合うようになった。それで今度は自分から結婚を申し込んだそうだ。
「今は奥さんです」と答えた彼はどこか嬉しいようなはずかしいような表情だった。
咲季子本人はどうするのか、誰かあげたい奴がいるのか聞きたいけれど自分の想いをこぼしてしまいそうで触れられない。何かも間違いでもいい。朝の人みたいに咲季子から幸せが舞い込んで来ないだろうか。
「そういう咲季子はどうするのよ? あげたい奴はいるの? 玲人?」
奈央、ナイス。ナイスだけど、僕の名前は出さなくても良いだろう。最後の審判みたいだ。“秘密にしておくよ”と咲季子はニカッと笑った。
「玲人だって知ったらドキドキなくなっちゃうでしょ?」
素なのか、それとももしかして僕の想いに気付いているか、すごく怖くなった。できれば知っててほしくないと思った。
今年のバレンタインは木曜日だから、部活はない。
「学校の裏にさ、遊歩道あるじゃない?」
あそこで決めようと思う、と奈央は強く口をつぐんだ。別にあの遊歩道に恋愛成就のジンクスはないし、告白の定番スポットというわけでもないだろう。学校以外のどこかに呼び出されると、きっと警戒してしまうだろうし、大体どこか学校内のひと気のない所で渡される事が多い。あの遊歩道はギリギリのラインかもしれない。
「体育館側が良いかな?」 奈央は悩む。
南側には寄宿舎があるし、体育館がある北側も通学路から見えそうで少しいやな気もする。友達に見つかった時は逃げ出したくなるかもしれない。奈央は岡田君を思ってきたこの十か月に決着をつけるように、戦場に向かう戦士の決意と不安のようなものをその凛とした表情の中に隠した。
「なんで俺たちがここにいるんだよ? 岡田君がどんな答えを出すにしてもあいつが教室に戻ってきたら受け止めてやればいいじゃん? 悪趣味だろ」
「だって心配じゃない? 奈央にも見ててって言われてるの。だから大丈夫」
それで僕たちは奈央を陰から見守ることにした。
L字になった遊歩道のちょうど曲がり角に僕たちは隠れている。すでに奈央と岡田君は対峙している。告白を考えればおかしい言葉のはずだけど、奈央が出している雰囲気は戦いを挑む戦士そのものだ。対戦相手である岡田君はちょっと戸惑っているように見えた。
奈央は、春に岡田君を中心としてフランス人女性がどうと話していた時、恋に落ちた。かたくなに否定していたけれど、ついこの間咲季子に見透かされてようやく自分の気持ちを僕たちに認めた。
学芸会の時は合唱曲の日本語の歌詞にレクチャーを入れたり、代わりに音程をチェックしてもらったりしていたし、男女混合で踊る運動会の時には「別の男子とは組めても、岡田君とだけは避けたい」と言っていた。“触れ合う”事が当然のフランスで、それは愛じゃないよと語った岡田君の気持ちを見ていたのかもしれない。
クリスマスの時には、岡田君の家族がフェットというものに誘ってくれた。クリスマスじゃなくても日常の中で思い立った時にするものらしい。本当ならワインとかちょっとした食べ物を皆で持ち寄ってホームパーティみたくするというのがフランス流だそうだけれど、子供たちにそんな事はできない。親たちが同伴で来てくれた。その招待客に僕や奈央が含まれていた事がよく分からないけれど。
正月には近くの小さな神社でお参りをした。おじいちゃんおばあちゃんの家に行く友達も多くて、友達と遭遇するとしても時々だったから、よほど立河のようなアホと会わない限り、僕たちと岡田君家族がいてもみんなにこやかにしてくれた。クラスの女子も振袖姿で手を振ってくれた。
そうして、比較的近い位置から奈央は岡田君への想いを育てたのだ。
我に返る。
ここからは20メートルくらいある。こもって聞こえる程度で、ちゃんとした言葉は聞き取れない。僕は寄宿舎に目をやってみた。高校生の寄宿舎にはまだ気配はなさそうだ。こういう告白のシーンや遊歩道で行われるアレコレを写真に収めてゆすっている奴がいると聞いて僕はそちらも気になっていた。どうやら大丈夫そうだ。
奈央が何か言った後、岡田君はゆっくり手を伸ばして奈央からクッキーを受け取る。その反応を見て少し困ったような顔で一言。それに続けて岡田君が少し長めに話している。やっぱり聞こえない。いつも通りの岡田君に見えた。
手のやり場に困ったように奈央が空いた手で静かに髪をすいた。4,5回すくと、奈央は姿勢を正した。その時が来たんだなと僕には分かった。




