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Episode 2

 奈央の家に着くとどうやって訪問を知らせるか迷った。

「ピンポンにしようか、忙しくしてるかもしれないだろ? ワンギリじゃ分かんない」

 咲季子にそうだねと同意をもらい、チャイムを押す。

「は~い。玲人? 待って」 

 咲季子もいるぞ。は~い。とやり取りする。

 出てきた奈央はエプロン姿だった。やはりチョコ作りの練習で合っているようだ。ややあって、リビングに招かれる。


「こんにちは」 

 キッチンでは奈央の母さんもエプロン姿だ。

「クッキーにしたの」

「クッキー?」

「お母さんがね。そんなに無理しても意味ないよって。伝えたい気持ちがあるなら飾ったりしないでまっすぐに伝えなさいって、ねっ、お母さん?」

 奈央のお母さんは「えぇ」と言いながらニコッと微笑んだ


「まずね、薄力粉とアーモンド・プードルを振っておくの。バターは常温ね。マヨネーズみたいにしたバターに砂糖を加えて泡だて器ですり混ぜる。覚えてるでしょ?」

 奈央のお母さんはよく家で料理をするらしく、おやつも手作りのお菓子だそうだ。それで奈央自身も少し作れるそうだ。咲季子がいる事もあるのかお母さんは講師役に回ってくれている。奈央が自信持って作れるのはクッキーなのだそう。

「うらやましい。うちもそんなお母さんが良かったな」 咲季子はこぼすけれど、いつもお弁当は綺麗だったように思う。

「そしたらね。卵黄を入れてよくかき混ぜるのよ」

 バニラエッセンスも忘れないでね、と付け加える。

「これに最初に作っておいた薄力粉とアーモンドプードルの振ったものを加えて、ゴムべラでサクッと混ぜる」

 調子が出てきたのか、自己確認なのか、今度は奈央がつぶやく。

 思えば、エプロン姿の奈央を見た事がない。さっきのが初めてだ。女性陣がきゃぴきゃぴしている時、僕は奈央が大人になった姿を想像してみる。


 奈央の性格からしてきっと今と同じようにロゴTやパーカーを着てキッチンに立つだろう。僕と咲季子は夫婦で奈央の家に遊びに来る。空想で僕の左に奈央の旦那の影を映して、「こりゃどうも」とお酒を注いでもらう。

「あんまり、飲ませすぎちゃだめよ。咲季子が介抱するのが大変だから」

 僕が送っていくよ。お酒を飲めないこと君も知ってるだろ、と。

「もう」と言いながら、奈央がキッチン内を往来する。我ながら良いシナリオだ。


 同級生が“女性”になった時を思うと、イケナイ遊びをしたような、気恥ずかしいような感覚になる。そして気付けば2人が大人になっていても、僕は14才のままなのだ。


「そう、粉っぽさがなくなったらひとまとめにするのよね?」

しばらくして「これくらいで良い?」とお母さんに確認し、OKをもらう。

 ここからは大丈夫と言って自信に満ちた顔をする奈央に、お母さんも「お手並み拝見といきましょうか」とにこやかに応戦する。

 休みにはこうして2人でキッチンに立つと言う。立ち位置というのがすでに決まっているかのように、スムーズに、すっぽりと型にはまるようにお互いの息が合う。


「これを半分にして、2つ棒を作る」 

 20センチくらいねとアドバイスされながら使い終わったラップの芯をそれ専用にとってあると、芯を2つ用意する。

「棒が出来たら、芯で覆って形が崩れないようにしておく」 

 できたらをゆっくり言い、慎重に芯の中へ収めていく。これを1時間冷やす。少し凍ったくらいになったら、グラニュー糖をまぶして1センチ大に切りそろえる。それを天板に敷いて、160度で20分焼く。そうすると、クッキーの出来上がりだ。


「美味しい」 

 素直に感想を述べるのは咲季子。でしょっ?と奈央は満足げだ。僕も1つ食べてみると、サクッとしていて口の中に一瞬で崩れていくような甘い食感がする。目を見開いて驚いていると「どうよ、玲人」とはっぱをかけてくる。

「正直うまいよ」 正直、は余計でしょ? あい、すいませんと小刻みに頷く。


「これ、岡田に渡そうと思うんだ」

「うん、絶対受け取ってくれるよ。クッキーも、奈央の正直な思いも」

 そんなもんかな、と思う。だけど誰でもいいから、奈央の良い奴に食べてもらいたい。そう思ったのも事実だ。そして、恋が実らなくても、一生懸命思ってきた事だけは岡田君に理解してほしい。


 その後知ったことだけど、フランスではバレンタインはバレンタインとは呼ばず、Fete des Amoureux (フェット・デ・ザムルー)と呼ぶそうだ。訳せば「恋人たちの祭り」。


 後日、岡田君用に焼き直し、習わしなのか、ハート形の切り抜きを2つ入れた。

僕も自分の恋すらままならないけれど、奈央の恋を見守ろうと思う。僕だって、でしょっ?と見せたあの時の笑顔をバレンタインの後で見たいんだ。


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